かぐや姫 (フォークグループ)
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かぐや姫(かぐやひめ)は、1970年代に活躍したフォークグループ。
「神田川」や「赤ちょうちん」、「妹」などのヒット曲に加え、「なごり雪」や「22才の別れ」といった作品も生み出した。メンバーは、リーダーの南こうせつ(ギター)、山田パンダ(ベース)、伊勢正三(ギター)の3人で、それぞれが作詞・作曲およびリードボーカルを担当する。
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[編集] 略歴
1970年、南こうせつ、森進一郎、大島三平の3人で『南高節とかぐや姫』(第1期かぐや姫)としてデビュー。代表作は「酔いどれかぐや姫」など。よみうりテレビ『全日本歌謡選手権』にも出場し4週勝ち抜いたが次の週の挑戦を辞退(ちなみに4週目勝ち抜きの放送で、三谷謙が10週勝ち抜きのグランドチャンピオンを達成。三谷は芸名を「五木ひろし」に変えて再デビューした)。シングル3枚とアルバム1枚を残し、1年間の活動ののち解散。「酔いどれかぐや姫」「変調田原坂」はオリコン100位以内に食い込む。なお「酔いどれかぐや姫」は準レギュラーとして出演していた『桂三枝のさかさまショー』(よみうりテレビ)の番組中またはエンディングで3人が十二単(じゅうにひとえ)姿で演奏していたものである。「変調田原坂」からグループ名が『南こうせつとかぐや姫』に変更された。理由は南高節が「なんこうぶし」と読まれたためという説が有力である。
1971年9月、メンバーを交代して『南こうせつとかぐや姫』(第2期かぐや姫)を結成、シングル「青春」でデビュー。吉田拓郎らの協力を得て制作されたファースト・アルバム『はじめまして』は、5万枚を売り上げる。
1972年3月、テレビアニメ「海のトリトン」(ABC)の主題歌として、シングル「海のトリトン」を『須藤リカ/南こうせつとかぐや姫』名義で発売。番組のオープニング(最初の6回まで)またはエンディング(7回以降)で、須藤リカとかぐや姫がこの曲を歌う実写映像が使われた。
1973年9月、シングル「神田川」を発売。深夜放送のリスナーから支持を得て、シングル・カットされたこの曲は、最終的に160万枚を売り上げる自己最大のヒット曲となる。この年NHK紅白歌合戦に出場の話が来るが歌詞の中の『クレパス』が商標なので『クレヨン』に変更してくれといわれて拒否。このため出場を辞退した。「神田川」に続くシングル「赤ちょうちん」(1974年)から、グループ名を『かぐや姫』に変更。
1975年4月12日での東京神田共立講堂で行われた解散コンサートを最後に、解散 。南こうせつと山田パンダはソロ、伊勢正三は風として、音楽活動を継続する。最後の2枚組アルバム『かぐや姫フォーエバー』は、オリコンLPチャートのトップ100に186週ランクインを記録した。
1975年8月2~3日、再結成。吉田拓郎、山本コウタローらとともに、静岡県掛川市で12時間のオールナイトコンサート「つま恋コンサート」を行い、5万人(警察発表では6万人)の観客を集める。南こうせつと山田パンダはソロ、伊勢正三は風としても出演。
1978年4月、アルバム『かぐや姫・今日』を発売し、期間限定の再結成。翌5月、再結成コンサートを全国で行う。パンダの誕生日(5月13日)には横浜スタジアムで行われた。
1999年8月8日、「南こうせつ サマーピクニック ドリーム」で再び顔を合わせた3人は、同年の紅白歌合戦にもかぐや姫として出演し、翌2000年から2001年にかけて、再結成コンサートツアー「ベスト・ドリーミン」を全国で行う。2000年10月には、新曲マキシングル『青春の傷み』を発売。これ以降、各自がソロ活動をしながらしばしば再結成することとなる。
2005年8月6日、戦後60年を記念して広島市で再結成コンサート「ヒロシマ60」を行う。
2006年8月、各メンバーの故郷である福岡県飯塚市(山田)と大分市(南・伊勢)で「ふるさとライブ」を行う。
2006年9月23日、吉田拓郎の呼びかけで再結成、静岡県掛川市で「つま恋2006」を行う。9時間半のコンサートに、日本各地から35,000人のファンが集まった。詳しくは「吉田拓郎」の「つま恋2006」の項目を参照のこと。
[編集] 第1期かぐや姫ディスコグラフィー
[編集] シングル
[編集] アルバム
[編集] その他
レコード化はされていないが、出身地大分県のテレビ局OBS大分放送で放送される天気予報のジングルがある。スポンサーは地元酒造会社の八鹿酒造で、現在でも放送されており、大分県民には馴染み深い曲となっている。
[編集] 第2期かぐや姫ディスコグラフィー
[編集] シングル
- 青春 / 山椒哀歌(1971年)
- 田中君じゃないか / 離婚歴三回(1972年)
- 僕は何をやってもだめな男です / ひとりきり(1972年)
- 僕の胸でおやすみ / アビーロードの街(1973年)
- 神田川 / もういいじゃないか(1973年)
- 赤ちょうちん / この季節が変われば(1974年)
- 妹 / 夏この頃(1974年)
- 青春の傷み / 街並 / 愛をつかもう(2000年)
[編集] アルバム
- はじめまして(1972年)
- かぐや姫おんすてーじ(1972年)
- かぐや姫さあど(1973年)
- 三階建の詩(1973年)
- かぐや姫LIVE(1974年)
- かぐや姫フォーエバー(1975年)
- かぐや姫・今日(1978年)
- Best Dreamin'(2000年)
- ベスト・ドリーミン コンサート(2000年)
[編集] かぐや姫解散コンサートで録音された声について
前日談 南こうせつが司会を勤めていたラジオ番組に、難病にかかったファンの女の子からの葉書がきて、コンサートに行く前に自分は死んでいるだろうという内容のもので南こうせつは涙ながらに励ましたということだ。後日その子の友達という人から葉書が来て、死が告げられたという。
1975年4月12日での東京神田共立講堂で行われた解散コンサートを録音した音源に「わたしにもきかせて」という声が入ったということが、別のラジオ番組での放送でコンサートの音源を流したことで噂された。また、その声を逆回転して再生すると「わたしもそこにいきたかった」と聞こえることで、難病にかかったファンの女の子と照らし合わされ話題になった。しかし奇跡体験!アンビリバボーで、前日談での女の子の話は嘘情報ということを取り上げられた。そしてその声は、ラジオでの葉書をモチーフにした悪戯とみなされている。現在はコラムニストの竹内義和がマスターを所有。
稲川淳二の怪談ライブDVD『生き人形』で、南こうせつがこのテープを聴いた時の様子が語られている。
[編集] 関連項目
[編集] 関連リンク
- The Kaguyahime Homepage(非公式かぐや姫ホームページ)
- The Himepedia(かぐや姫事典)

