桜井賢

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

桜井賢
基本情報
出生名 桜井賢
出生 1955年1月20日(54歳)
血液型 A型
学歴 明治学院大学中退
出身地 日本埼玉県秩父市
職業 ベーシスト
担当楽器 ベース
共同作業者 THE ALFEE
  

桜井賢(さくらい まさる、1955年1月20日 - )は、日本のバンド『THE ALFEE』のメンバーである。埼玉県秩父郡荒川村(現:秩父市)出身。血液型A型。明治学院高等学校卒、明治学院大学中退。メンバー唯一の既婚者。ベース担当。

趣味は貯金将棋野球手品(マジック)。テニスF1好きでもある。実家は株式会社櫻井太傳治商店。

目次

[編集] 略歴

明治学院高校在学中の1970年、同級生とフォークグループ「コンフィデンス」を結成し、サイモン&ガーファンクルなどのコピーを歌っていた。1972年に、山野楽器で催されたビクター音楽産業主催のフォークコンテストにコンフィデンスとして出場し優勝する。その会場で、ソロで出場していた坂崎幸二(のちの幸之助)に出会ったことが現在のアルフィーの原点である。コンフィデンスには、後に坂崎、高見沢俊彦(桜井と同じ高校出身)が加入し、アルフィーの母体となった。

1974年にアルフィーとしてデビューするとき、美声を買われてデビュー曲のリードボーカルを担当する予定だったが、高見沢が加入すると、急遽高見沢がリードボーカルの曲に変更され、予定されていたデビュー曲はB面となった。

また、本来はドラマー志望であったが、デビュー後に、グループとしての音楽性を広げていく過程で必要に迫られてベースを始めた。初期には曲によっては12弦ギターを担当していたこともある。ベースは青春の記憶をリリースした頃に始めたと、コンサートのMCで言っている。

爆風スランプのベーシスト、江川ほーじん脱退後、不在期間のテレビ出演などに際し、ベースを担当した事がある。

フジテレビでの生番組中で感電したことがある。これは桜井が使用していたアンプが漏電していて、スタンドマイクの高さを調整している時に、右腕がベースに触れてしまった為に起きてしまったらしい。高見沢と坂崎は桜井のネックレスから火花が飛んだのを見たらしい。

ジャケットやテレビではサングラスをかけ素顔を見せないが、デビュー初期のシングルジャケットでは、素顔を見る事ができる。(オフィシャルホームページで公開中)ツアーには、5,6本のベースを持っていく。また、高見沢ほどではないが、桜井自身も変形ギター(ベース)の持ち主であり、F-1マクラーレンホンダギターや王将ギターなどを持っている。エルヴィス・プレスリーの顔が描かれているギターもある。しかし、基本的にはフェンダー・ジャズベースをメインのベースギターにしており、これだけはどうしても外せないらしい。

他のメンバーとは異なりソロでは音楽活動をしていない。THE ALFEEとしての夏イベを休止した際、高見沢俊彦坂崎幸之助はソロライブや和幸などの活動をしていた。しかし、桜井は公に姿を見せていなかったため『森田一義アワー 笑っていいとも!』に坂崎幸之助が出演した際に彼を心配していた。

秋ツアーで『夏なにをしてすごしていたのか?』という弄られ方は、昨年同様に今年も行われた。

[編集] 演奏技術

歌に比べて、ベースプレイに関してはあまり触れられていないが、変拍子や高速ナンバーでも安定したプレイをしており、ピック弾きやスラップ奏法に加え、ジャズ風なアプローチもしているため、プロのベーシストとしては至って平均的なレベルだと思われる。ヴォーカルを取りながらの安定した演奏は評価が高い。また、ベース演奏の基礎は坂崎から教わったものである。

[編集] 楽器

メインで使用している楽器はフェンダージャズベースであり、その後使用しているESP(Navigatorブランドも含む)のベースにおいてもジャズベースが基本となっている。初期にはベースを志すきっかけとなったクイーンジョン・ディーコンに憧れて塗装を自ら剥がしたプレシジョンベースを使用していたが、ネックの細さから来る弾きやすさや、独特のトーンが決め手となり、ジャズベースがメインに落ち着いている。スペアやチューニングの違い(曲によって半音下げチューニングの物がある)等を含めても、毎回のツアーで持ち出すベースは8本にも満たない事が多い。

基本的にアンプにダイレクトに繋いでいて、エフェクターは使用していない。かつてはRolandのベースペダルを使用していたこともあるが、現在はそれらも無く、ライブでの彼の足元は非常にすっきりしている。またボリュームやトーンのコントロールも基本的に全開で、アクティブサーキットを搭載したベースであっても、基本的なセッティングが決まったら、それからは全く動かす事がないため、テープで固定されている。近年の彼のベースにはボリュームがひとつだけの物や、またはそれらが全く無いダイレクト出力となっているものがある。

それ以外にもミュージックマン・スティングレイや5弦ベースなども使用しているが、近年はあまりステージでそれらを見る機会は少ない。また「罪人たちの舟」の途中のカデンツァ部分などでフレットレスベースを使用しているため、ライブでそれを再現する為にESPが製作したダブルネックベースを使用している。重量バランスを考慮してヘッドレスベースとなっていて、上側のネックがフレットレスとなっている。電気系コントロールはそれぞれのネックが1ボリュームのみとなっている、極めてシンプルな物となっている。

アンプはトレース・エリオットを使用している。独特の癖があるアンプとされるが、彼は独特のトーンを気に入り、長年にわたって愛用している。日本で始めてトレース・エリオットを使用したアーティストのひとりとされている。

ワイヤレスシステムはEX-PRO、ケーブルはCustomAudioJapan、弦はダダリオまたはESPをそれぞれ使用している。

[編集] 容姿の変化

デビュー当時は長髪にしていた。また、素顔を見せておりも伸ばしていない。その後、3年余りの容姿は不明だが、1979年再デビューしたときにはサングラスをかけ、上唇の上の髭を伸ばすようになっていた。同年の末には髪を中央で分けるようになった。翌年、「桜井は角刈りにするといい」という酒の席での高見沢の冗談を真に受けて角刈りにした(その際、リリースしたシングル『冬将軍』のジャケット写真と実物が全く違う見た目となったため、宣伝担当者から相当強く叱られたらしい。その為、当時のアーティスト写真や次作シングル『無言劇』のジャケットなどではニットキャップを被っている彼の姿を見ることが多い)。1982年頃からは再び髪を分けるようになり、次第にオールバックになっていった。

1994年夏頃からはそれまで剃っていた顎鬚もみ上げを伸ばすようになった。その後の髪型は、オールバックか中分けである。

1990年頃から、高見沢坂崎が髪を染めるようになっても桜井は黒髪で通してきた。しかし、最近は少し白髪が混じるようになっている。

メンバーの中で最年長に見えるが、実際は他の2人より9ヶ月遅く生まれている。

また、3人兄弟の次男として生まれたが、現在3人とも髭を伸ばしている。

[編集] エンターテイナー

一般には「歌専門の人」「サングラス」「強面」との渋いイメージが強いが、実はメンバー内では「いじられ役」であり、学生時代の成績の事では、ほかの二人から公衆の面前でよくいじめられている。MCの盛り上げ役である。

また桜井本人だけでなく父親もユニークなキャラクターのようで、坂崎がレギュラー出演していた「所ジョージのオールナイトニッポン」では「桜井の父」というネタコーナーが設けられていた。その内容は「桜井の父は、座布団で鶴が折れる」、「桜井の父は、スイカをむいて食べる」、「桜井の父は、鼻の穴に足の親指が入る」といったものである。その後、このコーナーは坂崎がオールナイトニッポンを担当するようになってからそのまま受け継いでいる。

コンサートツアーのアンコールではいろんなキャラクターに扮し、爆笑を誘う。彼の身を削った笑いは、ファンの中で評価が高い。

[編集] キャラクター一覧

  • 「ハッピーおじさん」法被と黄色いヘルメットを着用、ピースサインを出し『はーっぴー』と叫ぶ。
  • 「ヒッピーおじさん」1999年登場、ヒッピーの扮装、怪しいTシャツを売りつける、レゲエが好き。
  • 「ホルちゃん」2001年登場、メンバーの高見沢が『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』で闘牛に挑戦し、ギタリストの命である左手人差し指を骨折した際に登場、牛の着ぐるみを着て、自家製(笑)の牛乳進呈にて骨折の早期回復を願った。
  • 「このえ・へい」通称「このえちゃん」、2003年登場、ロンドン・バッキンガム宮殿近衛兵の扮装、ぜんまい仕掛けで動く。背中のぜんまいの巻き具合で動きが変わる。
  • 「花火師まさる」1997年登場、強風で夏のイベントに於いて特殊効果の花火が使えなかったために秋ツアーでスクリーンに花火を打ち上げた、ちなみに春は火消しだった。
  • 「花櫻じじい」1998年登場、枯れ木に花を咲かせましょう、とスクリーン内の枯れ木にいろんな花を咲かせた。
  • 「周富富」シェフの出で立ち、中華なべを持って登場、料理は腰が命と力説した。
  • 「海の家のおじさん」実家である櫻井太傳治商店の別館主人として登場、麦藁帽とアロハ、親友の"かやまゆうぞう"からもらったウクレレがトレードマーク、沢田研二が好き(ちなみに1999年12月の武道館公演では加山雄三が突然ステージに登場し共演した。桜井一人だけがそれを事前に全く知らされていなかったため、ステージでひとり唖然としていた)。
  • 「マサルティンバンコ」得意のマジックショー、縄抜けが得意。
  • 「ペペロンチーノ」(パバロッD)3大テノールの一人、ルチアーノ・パヴァロッティのパロディ。持ち歌は「オー・ソレ・ミオ」と「タイタニック愛のテーマ」。ステージ上でマジックを披露しながら「オー・ソレ・ミオ」を歌う事もあった。
  • 「カネヤン」指揮者カラヤン最後の弟子、カラヤンの死後弟子入りした?という。ホルストの『木星』を指揮する。
  • 「フレディー」(フレD)フレディ・マーキュリーのパロディ、クイーンのナンバーを熱唱するが、声質も近くて本物を彷彿とさせる。
  • 「エルビス」サングラスにもみ上げ、ヒラヒラ衣装。
  • 「ジャイアンツおやじ」短命に終わる。
  • 「国定忠D」Dシリーズはコーナー後に演奏される「D.D.D!」と言う曲の前振りに使われた。
  • 「源治」2000年夏のイベントのVHSビデオパンフレットに登場。幻の秩父原人

[編集] 櫻井太傳治商店とのかかわり

ブレイクする前、実家が経営する櫻井太傳治商店でアルバイトをして生計を立てていた。現在でも、THE ALFEEとしての活動が休みのとき店に顔を見せることがあるという。桜井太傳治商店のホームページでは桜井が兄弟と並んで立っている写真を見ることができる。尚、会社の名前の「さくら」という字は旧字体「櫻」なので本名は櫻井賢ではないかと考えられる

[編集] 外部リンク