林静一

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林 静一(はやし せいいち、男性、1945年(昭和20年)3月7日[1][2] - )は、満州営口生まれ[2]、日本のイラストレーター漫画家アニメーション作家[2]。 日本アニメーション協会会員[2]国際アニメーションフィルム協会会員[3]。日本イラストレーション協会会員。ACFA会員[1]中野区立第九中学校卒業[2]

ロッテの梅味キャンディー『小梅』のキャラクター「小梅ちゃん」のイラストレーションや、同棲生活をテーマにした漫画『赤色エレジー』で知られる。女性美の表現について「現代の竹久夢二」と評される[4]。画家、実写映画の監督、アニメーション作家として多才な活動を見せている。

略歴[編集]

  • 1960年の中学校卒業後、デザインスクールへ進学[2]
  • 1962年にアニメ制作会社東映動画アニメーターとして入社[2]、同期には宮崎駿芝山努がいる。「天才アニメーター」と謳われた月岡貞夫の班で東映動画初のテレビアニメ狼少年ケン』(1963年)などを担当。現在の1ヶ月で1話を作るテレビアニメに対して、『狼少年ケン』は1話を1週間で描く厳しいスケジュールだったという。
  • 『狼少年ケン』では高畑勲とも仕事を共にする。高畑の初監督となるアニメ映画『太陽の王子 ホルスの大冒険』にも準備段階から携わった。
  • 1965年、『太陽の王子 ホルスの大冒険』の制作が一時中断となったために林は東映動画を退社[5]。私生活では何をするにも一緒だったという先に退社していた先輩の月岡の誘いで、アニメ制作会社・ナック(現・ICHI)の設立に参加した。 日本テレビの番組『すばらしい世界旅行』のアニメーション部門も担当。
  • 1967年漫画雑誌ガロ』に漫画処女作『アグマと息子と食えない魂』を発表して漫画家としてデビュー[2]。自主製作アニメーション『かげ』を発表。
  • 1968年、アニメーション作品『かげ』を草月フィルム・アート・フェスティバルに出品[2]
  • 1969年、アニメーション作品『かげ』をドイツ実験映画祭に出品。
  • 1970年、代表作『赤色エレジー』をガロに連載。翌年、同作をモチーフにしたあがた森魚の歌「赤色エレジー」がヒットし、上村一夫の漫画『同棲時代』と並んでその時代の風俗を象徴する作品となった。 『林静一作品集』を青林堂から出版。 アニメ『10月13日の殺人』を草月実験映画祭に出品。
  • 1971年、アニメーション作品『鬼恋歌』を製作し、東京アニメーションフェス ティバルに出品。
  • 1972年、紀伊国屋画廊にて個展を開催。京都藤井大丸にて『あやかし幻視行』作品展開催。
  • 1973年、劇映画『夢にほほよせ』の脚本、監督を担当。ATGさそり座にて上映。
  • 1974年より、ロッテキャンディ『小梅』のCMアートディレクションを担当。国内外のCF賞を多数受賞した。
  • 1976年NHKで劇画作品『花に棲む』がドラマ化。
  • 1978年パルコ渋谷店にて『林静一の世界』展を開催。(その後、千葉、岐阜、大分などでも開催し、「サンリオ美術賞」も受賞した。)
  • 1984年、『イラストレーター10』(集英社刊)に、木版画『ひぐらし』を発表。(アダチ版画研究所にて制作)
  • 1985年、埼玉県立近代美術館にて開催の『日本の実験映画25年展』に、アニメーション作品を出品。
  • 1987年、ポンピドゥー・センターにて開催の『前衛の日本:実験映画展望1955 - 1977』に、アニメーション作品を出品。
  • 1988年、銀座マリオンにてアニメ映画『源氏物語』の原画展を開催。 O美術館にて開催された『アニメ進化論ー日本の実験アニメの現在』にアニメーション作品を出品。
  • 1989年、新宿「絵夢」画廊にて個展開催。同年から1992年まで、電通ギャラリーにてアニメーショングループ展を開催。
  • 1990年、銀座ラ・ポーラにて、『絵と書と花で綴る雅びの世界「源氏物語」原画展』を開催。『第三回・広島アニメーション国際フェスティバル』にて、第一次審査委員を務める。 京都版画院にて、木版画『さつき』を制作。
  • 1991年、吉祥寺東急にて「源氏物語と雅びの世界展」を開催。
  • 1992年、銀座ラ・ポーラにて『ショート・カット原画展』を開催。 安西水丸ら5名と共に、六本木にてグループ展を開催。
  • 1994年2月、横浜美術館での「戦後日本の前衛美術」にて、アニメーション作品『かげ』を上映。西武カルチャーセンターにて、イラスト・漫画の講座をはじめる。
  • 1995年、目黒美術館、朝日新聞社協催、「戦後文化の軌跡、1945 - 1995」展に、漫画、ポスター作品を出品。3月より京都大丸店をかわきりに、4月・大阪心斎橋大丸、5月・東京大丸ミュージアム、6月・下関大丸と、巡回で個展を開催。 同年7月、東京新聞東京中日スポーツ共催の『まんが50年展』に、漫画作品『赤色エレジー』を出品。『世界』(岩波書店)に、「なつかしさの原景」を一年間連載する。
  • 1998年、原宿にて『第一回家族展』を開く。
  • 2000年、広島国際アニメーション・フェスティバルのポスター、シャツ、チケットのイラストを担当。 『第二回家族展』を銀座みうら画廊にて開催。
  • 2003年イマジカ制作の連句アニメ作品『冬の日』の制作に参加。
  • 2004年2月、ロッテ『小梅』30周年記念CFを制作。
  • 2009年、同年公開の映画『美代子阿佐ヶ谷気分』に出演し、『ガロ』編集長の長井勝一をモデルにした編集長役を演じる。

受賞歴[編集]

  • 『林静一の世界』展 (1978年パルコ渋谷店にて)
    • サンリオ美術賞

作品リスト[編集]

漫画[編集]

  • アグマと息子と食えない魂(1967年
  • 巨大な魚(1968年
  • 赤とんぼ(1968年)
  • 山姥子守歌(1968年)
  • 花散る町(1968年)
  • 林静一作品集(1970年
  • 赤色エレジー(1970年)
  • ふりしきる(1971年
  • 桜色の心(1971年)
  • かえるのゴムぐつ(1986年
  • オツベルと象(1987年
  • PH・4・5グッピーは死なない(1987年)
  • 憂欝なモモ子(1989年)
  • 夢枕(カラー漫画、1993年

画集[編集]

  • 紅犯花(1970年)
  • 儚夢(木版画集、1971年)
  • 心景美人画(1976年
  • 儚夢(1978年
  • ジャパニーズウーマン(1981年
  • ウーマンズハート(1981年)
  • 林静一の世界(1982年
  • 恋文(1983年
  • ひぐらし(1984年
  • 源氏物語(1987年
  • ショートカット(1992年
  • ねえ、キッスして。(1995年
  • 小梅ちゃん 初恋すとおりい(2004年、女優・市川実和子との対談も掲載)
  • 淋しかったからくちづけしたの―林静一傑作画集 少女編 (2005年

絵本[編集]

  • つるのおんがえし(1977年
  • かえるのアパート(1982年
  • ねこのしゃしんかん(1983年)
  • おるすにしつれいします(1984年
  • いちばん優しい花(1984年)
  • しゃしんかんのメリークリスマス(1984年)
  • 雪女(1994年
  • マッチうりのしょうじょ(1995年

著書[編集]

アニメーション[編集]

  • かげ(1968年)
  • 10月13日の殺人(1970年)
  • 鬼恋歌(1971年)

みんなのうた[編集]

  • 赤い山 青い山 白い山(1974年)
  • 赤い花白い花(1976年)
  • 苺の花嫁さん(1977年)
  • かな かな かな(1978年)
  • 早春賦(1979年)
  • 雨のてん・てん(1985年)
  • わたしの人形(1986年)
  • お誕生日おめでとう(1988年)
  • 卒業前 ~10日で100の出来事~(1989年)
  • ふるさとのない秋(1990年)
  • ピアノとわたし(1991年)
  • 思い出・おにぎり(1992年)
  • スマイル~SMILE~(1993年)
  • ふるさとの五月(1995年)
  • あの頃のなみだは(1997年)
  • 菜種時雨 ~natane shigure~(2003年)
  • おばあちゃん もしかして(2005年)

その他[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 林静一, PROFILE, 心象花
  2. ^ a b c d e f g h i 『映像メディア作家人名事典』(1991) p.473
  3. ^ ASIFA-JAPAN 会員情報, 国際アニメーションフィルム協会日本支部
  4. ^ “現代の竹久夢二”/丸亀で「林静一展」開幕 2012/04/22 09:26 四国新聞社
  5. ^ このため(作品の完成まで、東映動画に在籍していなかったため)林は、同作のスタッフとしてはクレジットされていない(大塚康生・著『作画汗まみれ 改訂最新版』(2013年・文春ジブリ文庫、P.306)より)。

外部リンク[編集]