トッド・ラングレン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
トッド・ハリー・ラングレン(Todd Harry Rundgren、1948年6月22日 - )は、アメリカのペンシルベニア州アッパー・ダービーに生まれたミュージシャン。一般的にはロックンロール、ソウルなどのジャンルに属するアーティストとされるが、ジャンルにとらわれない幅広い音楽活動を行い、非常に多くの作品を発表している(ただ、主に70年代の楽曲においてはビートルズからの大きな影響が指摘される)。
美しく切ないメロディを作り出すメロディメーカーとしてだけでなく、XTCやバッドフィンガー、グランド・ファンク・レイルロード、ジェシ・ウィンチェスターやザ・バンド、さらにはホール&オーツなど数々の有名バンド・アーティストのプロデュースを行ったプロデューサーとしても、さらには1970年代という早い段階から、自分ですべての楽器を演奏しヴォーカルをとる自宅録音を行うなど、マルチプレイヤーとしても知られている。 1980年代後半から1990年代前半にかけては高野寛、レピッシュなど、日本のアーティストのプロデュースも手がけたこともある。現在はハワイに在住し、今なお精力的に音楽活動を続けている。
古くからマッキントッシュの熱狂的ファンであり、アップルコンピュータのコマーシャル映像やイベントなどに登場したこともある。
目次 |
[編集] ディスコグラフィ(ソロ作品のみ)
[編集] アルバム
- ラント Runt (1970年)
- ラント:ザ・バラッド・オブ・トッド・ラングレン Runt - The Ballad Of Todd Rundgren (1971年)
- サムシング/エニシング?(ハロー・イッツ・ミー) Something/Anything? [(1972年)
- 魔法使いは真実のスター A Wizard A True Star (1973年)
- 未来から来たトッド Todd (1974年)
- 未来神 Initiation (1975年)
- 誓いの明日 Faithful (1976年)
- ミンク・ホロウの世捨て人 Hermit of Mink Hollow (1978年)
- バック・トゥ・ザ・バース(未来への回帰・ライブ) Back To The Bars (1978年)
- ヒーリング(トッドの音楽療法) Healing (1981年)
- トッドのモダン・ポップ黄金狂時代 The Ever Popular Tortured Artist Effect (1983年)
- ア・カペラ A Cappella (1985年)
- Nearly Human (1989年)
- Second Wind (1991年)
- No World Order (1992年)
- the Individualist (1995年)
- Up Against It (1997年)
- With a Twist (1997年)
- One Long Year (2000年)
- LIARS (2004年)
- ARENA (2008年)
[編集] ベスト版
- Free Soul - The Classic of Todd Rundgren (1998)
- Go ahead.Ignore me - The Best of Todd Rundgren (1999)
[編集] 代表曲
- I saw the light (1972)
- Hello,It's me (1973)
- A Dream Goes On Forever(1974)
- Can we still be friends(1978)
[編集] ヒストリー
- 1948年 6月22日、ペンシルベニア州アッパー・ダービーに生まれる。
- 1967年 地元のローカル・バンド、ウッディーズ・トラックストップ(Woody's Truckstop)を脱退
- 1967年 ナッズ (Nazz) を結成する。
- 1968年 デビュー・シングルに続き、ファースト・アルバム"Nazz"リリース
- 1970年 ナッズ解散。ボブ・ディランのマネージャー、アルバート・グロスマンに見いだされ、ベアズヴィルのエンジニアとして働く。
- 1970年 3月、ジャニス・ジョプリンのアルバム'Pearl'のプロデューサーに起用されるが、ジャニスと衝突して降板。
- 1970年 9月、初のソロ・アルバム"Runt"アンペックス・レコードよりリリース。
- 1971年 6月、ソロ第2作""Runt: The Ballad of Todd Rundgren ""リリース
- 1972年 3月、初の2枚組である"Something/Anything?"発売。シングルカットされた"I Saw The Light"がヒット。ニューヨークに自身のためのスタジオを新築する。
- 1973年 ""Something/Anything?""からのシングルカット曲 "Hello, It's Me"がヒットしビルボードチャートで5位となる。
- 1973年 プロデュースを手がけたグランド・ファンクのアルバム""アメリカン・バンド""が全米2位の大ヒット、同名のシングルは全米1位に。
- 1974年 2月、5枚目のソロ・アルバム""Todd""(邦題:未来から来たトッド)リリース。
- 1974年 6人編成のバンド、Todd Rundgren's Utopiaを結成する。この後の数年間、このバンドでのライヴ活動を積極的に行なう。
- 1975年 Todd Rundgren's Utopia名義のライヴ・アルバム""Another Live""リリース。
- 1976年 バンドを4人編成に縮小、名義も""Utopia""に改める。その"Utopia"を率い初来日。
- 1976年 6月、脱退したジョン・シーグラーに代わり、カシム・サルトンがオーディションによりユートピアに加入。
- 1977年 2月、アルバム""RA""(ユートピア)リリース。イギリスのアルバム・チャートで27位まで上昇。
- 1979年 ユートピア再来日
- 1980年 自宅に強盗が入る被害を受ける。犯人の1人は"I Saw The Light"を口ずさんでいたという
- 1983年 ベアズヴィル・レコードを離れる。
- 1985年 ユートピアとしての最後のオリジナル・アルバムとなる""POV""リリース。
- 1986年 プロデュースしたXTCのアルバム'""Skylarking""'リリース。XTCのアンディ・パートリッジとの確執が話題になるが、このアルバムのヒットによりXTCを救うことになる。
- 1988年 ソロとして初来日、バックバンドなしのMIDIを駆使した文字通りの「ワンマン・コンサート」を行う。
- 1989年 ソロ・アルバム『ニアリー・ヒューマン』リリース。ワンマン・レコーディングからホーン隊、女性コーラス隊などによる12人編成のビッグ・バンドに方向転換。女性コーラスの中の一人は、後にトッドの奥さんとなるMichele Gray。
- 1990年 1月、ビッグ・バンドを率いて来日。このときの東京公演がビデオでリリースされる。
- 1990年 ビッグ・バンドによる2枚目のアルバム『セカンド・ウインド』リリース
- 1991年 ビッグ・バンド編成で再来日。
- 1992年 ユートピアを一時的に再結成し来日。5月3日から15日にかけて東京、大阪などで公演を行う。この再結成は日本限定であった(来日直前にサンタ・クララで1回の公演を行った記録あり)。また、同時期に来日していたチープ・トリックの東京公演に飛び入り。
- 1992年 5月後半から10月にかけて、リンゴ・スターの「ヒズ・オール・スター・バンド」に参加し、北米・ヨーロッパをツアー。ソロ・パートでは""Bang The Drum All Day"などを披露。このときのメンバーは他にジョー・ウォルシュ、デイヴ・エドモンズ、ニルス・ロフグレン、バートン・カミングス、ティモシー・シュミット、ザック・スターキー(リンゴの息子)など。
- 1993年 再びワンマン・レコーディングの形に戻り『ノー・ワールド・オーダー』をリリース。「インタラクティヴ」と銘打った、リスナーによる編集などが可能なCD-I盤も出すが、CD-Iという一般には普及していない特殊なハードウェアが必要であったために、さほど話題にはならなかった。
- 1993年 トッドと3人の女性ダンサー("TR-i Girls"(Michelle Gray, Melanie Macbee and Millie Madjidi))という編成で来日。観客参加のインタラクティヴ・ショーを行うが、大阪公演は機材のトラブルで中止となる。
- 1995年 6月、普通のバンド編成で来日。東京、大阪で来日公演。メンバーはジェシ・グレス(G)、ラリー・タッグ(B)、プレイリー・プリンス(D)、John Ferenzik(Key,G)ら。テンキーをキーボード代わりに使うパフォーマンスを見せたが、大阪公演では上手く作動せず演奏中に叩き壊す。
- 1999年 再びリンゴのオール・スター・バンドに参加。2月から3月にかけて北米をツアー。このときのメンバーは、ゲイリー・ブルッカー、サイモン・カーク、ジャック・ブルース、ティム・キャペロ。
- 1997年 新曲の発表をインターネットを通して行なう。
- 2000年 5月から8月にかけて、カシム・サルトン(B)、トレイ・サバテリ(D)の3人("Power Trio")で北米をツアー。
- 2001年 アラン・パーソンズ、ジョン・エントウィッスルらと"A Walk Down Abbey Road"と称するビートルズのトリビュート・バンドを結成。6月から7月にかけて北米を回る。11月にはこのプロジェクトでの来日公演も実現。
- 2002年 9月、ソロで来日。ブルーノート東京他で公演。サポートはジェシ・グレス。
- 2005年 エリオット・イーストン、グレッグ・ホークスらが結成した"NEW CARS"に参加を拒否したリック・オケイセックの代役として参加。その他のメンバーとしてカシム・サルトン、プレイリー・プリンスが加わり、5人中3人が本人も含めて"トッド人脈"で占められることとなった。
- 2006年 9月、ソロでカナダ・ツアー。この時のバックはトニー・レヴィン(B)、ジェシ・グレス(G)、ジェリー・マロッタ(D)。
- 2008年 4月、ソロで来日。バックバンドはカシム・サルトン(B)、ジェシ・グレス(G)、プレイリー・プリンス(D)(サルトンとプレイリーは""New Cars""のメンバーでもある)。
- 2008年 6月、ハワイのカウアイ島でトッドの還暦祝いが盛大に開催される。このイベントは事前にインターネットで告知され、キャンプ形式でファンも参加できるように取り計らわれた。
- 2008年 9月、アルバム『ARENA』をリリース。
[編集] 主なプロデュース作品
- Badfinger:""Straight Up""(1971)
- Grand Funk:""We're American Band""(1973)
- New York Dolls:"New York Dolls""(1973)
- Grand Funk:""Shinin' On""(1974)
- Hall & Oates:""War Babies""(1974)
- Steve Hillage:""L""(1976)
- Meat Loaf:""Bat out of Hell""(1977)
- Tom Robinson Band:""TRB Two""(1979)
- Patti Smith:""Wave""(1979)
- The Tubes:""Remote Control""(1979)
- Cheap Trick:""Next Position Please""(1983)
- XTC:""Skylarking""(1986)
- レピッシュ:""KARAKURI HOUSE""
- 高野寛:""Cue""(1990)
- 高野寛:""Awakening""(1991)
[編集] エピソード
- エアロスミスのヴォーカリスト、スティーヴン・タイラーの娘で女優のリヴ・タイラーの育ての親である。リヴはトッドの元ガールフレンドでモデルのビビ・ビュエルとスティーヴンとの間に生まれたが、当時ドラッグ依存が激しかったスティーヴンの元を去ったビビはリヴを連れてトッドのもとに戻り、トッドはリヴが自分の娘でないことを承知の上で引き取った。その後ビビはトッドと別れるが、トッドはリヴを自分の娘として養った。リヴが成長してスティーヴンの娘であることを知り、スティーヴンも自分の姓を名乗ることを勧めたために、リヴ・"タイラー"となった。
- エリック・クラプトンがクリーム時代に使用していたサイケ・ペイントを施されたギブソン・SGを所有していた。クラプトンの説明によると、このギターは1968年にクラプトンから歌手のジャッキー・ロマックスに渡り、1972年にトッドがロマックスから500ドルで入手したとのこと。トッドはステージなどで使用した後レプリカを作らせて実物は保管していたが、2000年にサザビーズ・オークションに出品し150,000ドルで落札された。最近のインタビューで「ずっと後になってジャッキーから、あれは貸してただけだから返せと言われた」と語っている。XTCのデイヴ・グレゴリーはアルバム""Skylarking"のレコーディングの際、このギターを使わせて貰った。
- XTCのアルバム""Skylarking""のプロデュースに当たっては、バンドの旅費、宿泊費など一切込みの15万ドルで引き受けた。レコーディングは主にトッドの所有するUtopia Sound Studiosで行われたが、トッドとアンディ・パートリッジの衝突や、パートリッジの態度に耐えかねたコリン・モールディングが脱退を宣言してスタジオを飛び出すなど、トラブル続きであった(コリンはトッドの説得によりスタジオに戻る)。
- 1989年にリリースされたアルバム""Nearly Human""のジャケットに見られる手形の指の数は、オリジナル盤は6本だが、日本では5本に修正されリリースされた。
- 息子のRex Rundgrenはアメリカのマイナー・リーグでプレーする内野手であり、Randy Rundgrenもミズーリ州の大学で野球をやっている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- TR-i公式サイト(英語)
- The Todd Rundgren Connection

