ジョン・エントウィッスル

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ジョン・エントウィッスル
1976年 トロント}
基本情報
出生名 ジョン・アレック・エントウィッスル
出生 1944年10月9日
イングランドの旗 イングランド ロンドン チジック
死没 2002年6月27日(満57歳没)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ネバダ州 ラスベガス
ジャンル ロック
ハードロック
アート・ロック
ポップ・ロック
職業 ミュージシャン
作曲家
音楽プロデューサー
編曲家
映画プロデューサー
担当楽器 ベース・ギター
ギター
ボーカル
ピアノ
トランペット
フレンチ・ホルン
ハーモニカ
ハープ
活動期間 1962年 - 2002年
共同作業者 ザ・フー
公式サイト The Ox

ジョン・アレック・エントウィッスルJohn Alec Entwistle, 1944年10月9日 - 2002年6月27日)は、イギリスのミュージシャン。ザ・フーベーシストソングライター

彼はその「リード・ベース」と称されるプレイで、ノエル・レディングクリス・スクワイアスティーヴ・ハリスゲディー・リービリー・シーンといった、同世代及び後のベーシスト達に大きな影響を与え、ロック界を代表するベーシストの一人と見なされている。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

大ロンドン西部のチジック(Chiswick)で生まれる。1960年代初頭に、彼は学校の友人であったピート・タウンゼントジャズディキシーのデュオを結成し、その後タウンゼントと共にロジャー・ダルトリーのバンド、デトゥアーズに加入する。バンドは、後にザ・フーとなった。なお、ザ・フーが成功する以前、エントウィッスルは税務署員であった[1]

ザ・フー[編集]

エントウィッスルは、ザ・フーの多くの曲でベース・ギターの演奏とバッキング・ボーカルを務め、いくつかの曲ではフレンチ・ホルンなどの別の楽器を演奏している。また、ソングライターとして、「トリック・オブ・ザ・ライト」「ハド・イナフ」「デンジャラス」といった、フーのいくつかの代表曲を作曲した。これらはダルトリーがリード・ボーカルをとったが、「従兄弟のケヴィン」「マイ・ワイフ」「ボリスのくも野郎」「ヘヴン・アンド・ヘル」「905」のように、エントウィッスル自身が歌う場合もあった。「ボリスのくも野郎」で聞かれるような、ホラー映画を思わせる低い声が特徴である。

エントウィッスルの作った楽曲は、多くの場合タウンゼントの内省的な作品とは相容れない物であり、フーでは採用されないことに不満を持った彼は、1971年に『スマッシュ・ユア・ヘッド・アゲインスト・ザ・ウォール』をリリース、これがフーのメンバー初のソロ・アルバムとなる。

[編集]

2002年、ラスベガスで急死した[1]。同地で、ザ・フーの北米ツアー初日を控えていた。ベーシストの代役は、ウェールズ出身のピノ・パラディーノ(タウンゼントのソロ作にも参加している)が務めた。

ラスベガスの検屍官は、コカインの摂取による心臓発作が死因であると断定した。血流中のコカイン量はそれほど多くなかったが、心臓の既往症によって損傷を受けていた冠状動脈が、コカインによる影響で致命的な発作に結びついたと考えられた。

なお、彼は高級娼婦にフェラチオされている途中で死んだ。それについてタウンゼントは、「うらやましい死に方だ」と語った。[要出典]

エントウィッスルは、グロスタシャーストウ=オン=ザ=ウォルドにある聖エドワード教会に埋葬された。

音楽スタイル[編集]

愛称は「The Ox」。ザ・フーのステージは、ボーカルのダルトリーがコードを持ってマイクを振り回し、ギターのタウンゼントが手を風車のように振り回したりジャンプしたりしながらプレイし、キース・ムーンが派手なアクションでドラムスを叩く、といったように、激しいパフォーマンスで知られたが、エントウィッスルは3人とは対照的に、ステージの向かって左方にたたずんで黙々とベースを弾き続けることで知られた。初期のザ・フーは、ステージの最後でギターやアンプ、ドラム・キットなどを滅茶苦茶に壊すパフォーマンスで有名だったが、当時からエントウィッスルだけは涼しい顔でベースを弾いていた。

しかし、そのベース・プレイは、「マイ・ジェネレーション」に聞かれるように、ギターの代わりにオブリガートを主張し、さらにメロディを奏でる特異的なものであった(タウンゼントのギターはリズム・カッティングやコードに徹している)。

ビル・ワイマンは、エントウィッスルのことを「私生活では最も静かな人物であるが、ステージ上では最もやかましい人物である」と語っている。更に、バンド仲間やファンから「Thunderfingers」「Big Johnny Twinkle」と呼ばれていた。

エピソード[編集]

  • レッド・ツェッペリンのバンド名とファースト・アルバムのジャケットのアイディアは、自分が最初に考えたものだ、と主張した。それに対し、ジミー・ペイジは、キース・ムーンから得たアイディアだと語っている(ムーンがエントウィッスルから聞いた話をそうだと言わずにペイジに伝えてしまった可能性はある)。
  • エントウィッスルの何百にも及ぶギターやベースのコレクションは、死後、相続税対策のため、息子のクリストファーによって、ロンドンのサザビーズで競売にかけられた。ピーター・フックや日本の俳優の中村梅雀が、オークションでいくつか落札している[要出典]
また、ストウ=オン=ザ=ウォルドに所有していたエントウィッスルの大邸宅と多くの所有物は、皮肉にも、彼のかつての職場である租税検査官の内国税収入に応じた課税要求に応じるため、売り払われた。

ディスコグラフィ[編集]

  • スマッシュ・ユア・ヘッド・アゲインスト・ザ・ウォール - Smash Your Head Against the Wall (1971)
  • ウィッスル・ライム - Whistle Rymes (1972)
  • 死後硬直 - Rigor Mortis Sets in (1973)
  • マッド・ドッグ - Mad Dog (1975)
  • トゥー・レイト・ザ・ヒーロー - Too Late the Hero (1981)
  • The Rock (1996)
  • キング・ビスケット・ライヴ - King Biscuit Flower Hour Presents in Concert (1996)
  • Left for Live (1999)
  • So Who's the Bass Player? The Ox Anthology (2005)

脚注[編集]

  1. ^ a b The Who bassist Entwistle diesbbc.co.uk

外部リンク[編集]