グレッグ・レイク

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
グレッグ・レイク
Greg Lake
2005年}
2005年
基本情報
出生名 Gregory Stuart Lake
出生 1947年11月10日(66歳)
出身地 イングランドの旗 イングランド ドーセット州プール
ジャンル プログレッシブ・ロック
職業 シンガーソングライター
担当楽器 ベースギター
活動期間 1965年 - 現在
共同作業者 ユニット・フォー
ザ・タイム・チェックス
ザ・シェイム
キング・クリムゾン
エマーソン・レイク・アンド・パーマー
エイジア ほか

グレッグ・レイクGreg Lake1947年11月10日 - )は、イギリス出身のボーカリストベーシストギタリスト作詞家作曲家

略歴[編集]

1965年に初めて組んだバンド、ユニット・フォーを皮切りにザ・タイム・チェックスなど多くのローカルバンドで徐々に有力ギタリストおよびヴォーカリストとして頭角を現し、1967年ザ・シェイムに助っ人参加しデビュー・シングルを残した(この時期バンドのローディに1週間ほどロバート・フリップがいた)。翌1968年にはザ・シャイリムスのシングルに参加した後、ユーライア・ヒープの前身バンド、ザ・ゴッズに参加しライブで活動していた年末、ロバート・フリップに誘われてキング・クリムゾン結成に参加した。

1969年にデビューを飾ったプログレッシブ・ロック・グループ、キング・クリムゾンにおいてはベースボーカルを担当。デビュー・アルバムの『クリムゾン・キングの宮殿』とセカンド・アルバム『ポセイドンのめざめ』に参加した後、1970年エマーソン・レイク&パーマー(ELP)を結成。同バンドの人気上昇とともに、グレッグ・レイク自身も世界的な知名度を獲得していった(詳細はELPの項目を参照)。

1980年にELPが解散した後、ソロや他のミュージシャンとの活動を行い、1983年には一時的にエイジアのメンバーとなってカール・パーマーと合流し、伝説的な武道館公演を行っている(この公演の模様はライブ・ビデオ「エイジア・イン・エイジア」に収録されている)。

その後、しばらくソロ・アーティストとしての活動を行なっていたが、ELPを再結成させて、ワールド・ツアーを敢行。

2001年には、リンゴ・スター&ヒズ・オール・スター・バンドのアメリカ・ツアーに参加。「クリムゾン・キングの宮殿」と「ラッキー・マン」を歌った。

2010年にELPの同僚であるキース・エマーソンとのコンビで北米ツアーを行い、その後にこのコンビで来日公演も予定されていたが、キース・エマーソンの病気によりキャンセルとなった。同年7月にはロンドンでELPの再再結成ライヴを1度だけ行なっている。今後のELPとしての活動は本人が否定している。

音楽性[編集]

レコードにはプロデューサーとして彼のクレジットがあるが、キース・エマーソンのインタビューによると、「グレッグがこだわったので譲っただけ。楽曲の半分以上を書いて、アレンジも含めサウンドの中心である自分自身が、最もプロデューサー的役割を担っている」といったような主旨の発言もあった。

ELPのメンバーの中では、最もロック・ミュージックに影響を受けたメンバーである。エマーソンの演奏力がずばぬけていて、ベース奏者としては過小評価されている[要出典]が、キング・クリムゾンのリーダーであるロバート・フリップと、若い頃に同じクラシック・ギターの先生に教わり、ほぼ実力が均衡していたといわれる。また、クリムゾン離脱表明後のセカンドアルバムでグレッグでは無くピーター・ジャイルズがベースを担当したのは、フリップ曰く「スタジオに入って初見でベースが弾けるため」とレコーディングでの合理性を説明している。

ベースに関しては、ロック的な奏法とジャズ風のベース・ランニングとを使い分けられた。ピック弾きであり、オルタネイト・ピッキングの名手である。

外部リンク[編集]