フォリナー
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| フォリナー | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出身地 | ニューヨーク |
| ジャンル | ロック, ハードロック, アリーナ・ロック |
| 活動期間 | 1976年 – 現在 |
| レーベル | ワーナー・ミュージック/アトランティック・レコード |
| メンバー | |
| ミック・ジョーンズ トム・ジンベル ケリー・ハンセン ジェフ・ピルソン マイケル・ブルースタイン |
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| 旧メンバー | |
| イアン・マクドナルド ルー・グラム アル・グリーンウッド エド・ガリアルディ リック・ウィルス ジョニー・エドワーズ アンドリュー・ピーターズ ブルース・ターゴン マーク・スクルマン ロン・ウィクソ ブライアン・ティシー デニー・カーマッシ ジェフ・ジェイコブス ジェイソン・ボーナム |
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フォリナー(Foreigner)は、1977年にアメリカでデビューしたロック・バンド。イギリス人とアメリカ人が混在するという、当時では珍しいメンバー構成で、そうしたことから「フォリナー(=外国人)」と名付けられた。
ハードロックやアメリカン・プログレ・ハードのジャンルに分類されるが、その莫大なレコード売上から産業ロックの代表的な例として挙げられることも多い。
音楽的な実権はギタリストのミック・ジョーンズが握っており、ルー・グラムの叙情的なヴォーカルが大きな特徴だった。結成初期はハードなロック色の強い演奏も見せていたが、後期になるとキーボードを前面に押し出したソフトなサウンドに徐々に変貌を遂げていった。
1970年代後半から1980年代終盤にかけて、ロック音楽市場に巨大な存在感を放ち、多大な成功を収めた。
目次 |
[編集] 現在のメンバー
- ミック・ジョーンズ - Guitar, Piano, Keyboard & Backing Vocal
- バンド唯一のオリジナル・メンバー。イギリス人。元スプーキー・トゥース。
- トム・ジンベル - Saxophone, Guitar & Backing Vocal
- 1995年に加入。
- ケリー・ハンセン - Vocal。元ハリケーン。
- 2005年に加入。
- ジェフ・ピルソン - Bass
- マイケル・ブルースタイン - Keyboard
- 2008年に加入。
[編集] 元メンバー
- エド・ガリアルディ - Bass & Backing Vocal
- イアン・マクドナルド - Guitar, Keyboard, Saxophone, Flute & Backing Vocal
- アル・グリーンウッド - Keyboard
- ルー・グラム - Vocal & Percussion
- デニス・エリオット - Drums
- リック・ウィルス - Bass & Backing Vocal
- 1979年に加入、1992年に脱退。イギリス人。元スモール・フェイセス。
- ジョニー・エドワーズ - Vocal & Guitar
- アンドリュー・ピーターズ - Drums
- ブルース・ターゴン - Bass & Backing Vocal
- マーク・スクルマン - Drums & Backing Vocal
- ロン・ウィクソ - Drums
- ブライアン・ティシー - Drums
- デニー・カーマッシ - Drums
- 2002年に加入、同年に脱退。
- ジェフ・ジェイコブス - Piano, Organ, Keyboard & Backing Vocal
- ジェイソン・ボーナム - Drums
- 2005年に加入。2008年に脱退。ジョン・ボーナム(レッド・ツェッペリン)の息子。
[編集] バイオグラフィー
- 1976年 ミック・ジョーンズとイアン・マクドナルドがオーディションを行いアメリカ人3人をスカウトし、フォリナーを結成。「スーパーグループ誕生」と話題になった。
- 1977年 1stアルバム『栄光の旅立ち』が300万枚を売り上げ、早くも人気バンドの仲間入りを果たす。
- 1978年 2ndアルバム『ダブル・ヴィジョン』が500万枚を売り上げる。シングル「ダブル・ヴィジョン」が全米第2位(2週連続)を記録。ドナ・サマーの「マッカーサー・パーク」にNo.1を阻まれる。
- 1979年 音楽性の相違からベースのエドが脱退。リック・ウィルスが加入。3rdアルバム『ヘッド・ゲームス』は300万枚を売り上げる。
- 1980年 4thアルバム『4』の製作開始。この製作中にイアンとアルが脱退しバンドは4人編成となる。同時期に隣のスタジオではダリル・ホール&ジョン・オーツが『プライベート・アイズ』の製作を開始していた。ダリル・ホールの回想によると「あの時期はあまりにも忙しかった。だけどハッキリと覚えているのはエレクトリック・レディ・スタジオでフォリナーが『4』を製作していた事だ。僕らが『プライベート・アイズ』を製作したのと同時に彼らも製作をスタートさせていたんだ。ところが製作中にイアンとアルだけがスタジオに来て、2人が帰ると他の4人がやって来てアルバムを製作という事が繰り返された。そのうちイアンとアルはスタジオに来なくなった。まあ脱退したって事は後で知ったけどね・・・。それから僕らがアルバムを仕上げ、1年間のツアーに出て、次のアルバム『H2O』を製作する為にスタジオに戻って来てみると彼らはまだスタジオでアルバムを製作していたんだよ(笑)。それから僕らが『H2O』を仕上げてロードに出ても、まだ『4』を製作していたね。結局、彼らの方が僕らの約15倍ものレコードを売り上げる事になったけど」
- 1981年 同年発表の4thアルバム『4』は1500万枚を売り上げる記録的な大ヒットとなりビルボード・アルバムチャートで10週連続No.1を記録し、翌年のアルバム年間チャートでは第3位を記録した。その中からシングル・カットされた名曲「ガール・ライク・ユー」が大ヒットするが、同時期にヒットしたオリビア・ニュートン=ジョンの「フィジカル」とダリル・ホール&ジョン・オーツの「アイ・キャント・ゴー・フォー・ザット」にチャート首位の座を阻まれ続けた。皮肉な事にアルバムが1位に輝いた期間もシングルが2位に泣いた期間も同じく10週間であった。ちなみに、「ガール・ライク・ユー」はキャッシュボックスとラジオ&レコーズでは1位を独走した。
- 1982年 5thアルバムで初のベストアルバム『ベスト・オブ・フォリナー』をリリース。
- 1984年 6thアルバム『プロヴォカトゥール(煽動)』をリリース。
- 1985年 前年にリリースされたシングル「アイ・ウォナ・ノウ」が初のシングルチャート全米No.1(2週連続)を獲得、この年の年間チャートでも第4位を記録。それまで6週連続No.1を記録していたマドンナの「ライク・ア・ヴァージン」を引き摺り下ろしての全米No.1獲得。しかし、この時期から売れ線狙いのバラードを優先させるバンドに対し徐々にファン離れが進んで行く。そして、このバンドの姿勢に不満を露わにしていたのがヴォーカルのルーであった。
- 1987年 7thアルバム『インサイド・インフォメーション』をリリース。この時期、バンドは事実上の解散状態にあった。その最大要因はバラード路線を突き進むミックとバラードを嫌ったルーとの不仲が深刻なものになっていたから。
- 1990年 遂にボーカルのルーが脱退。代わりにジョニー・エドワーズが加入。
- 1991年 8thアルバム『アンユージュアル・ヒート』を発表するが、ヒットには至らなかった。
- 1992年 ルーがバンドに復帰。9thアルバムで2枚目のベストアルバム『アンド・ビヨンド(ベスト・オブ)』をリリース。
- 1995年 10thアルバム『Mr.ムーンライト』を発表。
- 2002年 デビュー25周年記念コンサートを行った。
- 2003年 ルーが再び脱退。
- 2005年 ケリー・ハンセンが新ボーカリストになる。
- 2006年 米Sony BMGの企画『Extended Versions』シリーズとしてライブアルバムがリリースされる(日本未発売)。ルー・グラムにそっくりなケリーのヴォーカルやバックの丁寧なコーラスなど、初期のナンバーを忠実に再現しようとする手堅い演奏が聴かれる。ドラムのジェイソンに因んだと思われる『ジューク・ボックス・ヒーロー』から『胸いっぱいの愛を』に続くメドレーも聴かれる。
[編集] アルバム・ディスコグラフィ
- 1977年 栄光の旅立ち Foreigner (4位)
- 1978年 ダブル・ヴィジョン Double Vision (3位)
- 1979年 ヘッド・ゲームス Head Games (5位)
- 1981年 4 4 (10週連続1位)
- 1982年 ベスト・オブ・フォリナー Records (10位)
- 1984年 プロヴォカトゥール Agent Provocateur (4位)
- 1987年 インサイド・インフォメーション Inside Information (15位)
- 1991年 アニュージュアル・ヒート Unusual Heat (117位)
- 1992年 アンド・ビヨンド(ベスト・オブ) The Very Best And Beyond (123位)
- 1995年 ミスター・ムーンライト Mr.Moonlight (136位)
注。順位、売り上げは全てビルボードを参照。
[編集] シングル・ディスコグラフィ
- Feel Is Like The First Time:衝撃のファースト・タイム(1977年6月18日付・全米4位)
- Cold As Ice:つめたいお前(1977年10月22日付・全米6位)
- Long, Long Way From Home (1978年2月18日付・全米20位)
- Hot Blooded:ホット・ブラッディッド(1978年9月9日付・全米3位)
- Double Vision:ダブル・ヴィジョン(1978年11月18日付・2週連続全米2位)
- Blue Morning, Blue Day (1979年3月3日付・全米15位)
- Dirty White Boy (1979年10月27日付・2週連続全米12位)
- Head Games (1979年12月22日付・2週連続全米14位)
- Woman (1980年3月22日付・2週連続全米41位)
- Urgent:アージェント(1981年9月5日付・4週連続全米4位)
- Waiting For A Girl Like You:ガール・ライク・ユー(1981年11月28日付・10週連続全米2位)
- Juke Box Hero (1982年4月3日付・2週連続全米26位)
- Break It Up (1982年6月26日付・2週連続全米26位)
- Luanne (1982年8月14日付・2週連続全米75位)
- I Want To know What Love Is:アイ・ウォナ・ノウ(1985年2月2日付・2週連続全米No.1。同年年間チャート第4位。バンド唯一の全米No.1シングル。)
- That Was Yesterday (1985年5月4日付・全米12位)
- Reaction To Action (1985年6月29日付・全米54位)
- Down On Love (1985年9月14日付・2週連続全米54位)
- Say You Will:セイ・ユー・ウィル(1988年2月20日付・全米6位)
- I Don't Want To Live Without You:ウィズアウト・ユー(1988年5月28日付・全米5位)
- Heart Turns To Stone (1988年8月6日付・2週連続全米56位)
- With Heaven On Our Side (1992年12月19日付・全米103位)
- Until The End Of Time (1995年5月6日付・全米42位)
注:順位、売り上げは全てビルボードを参照。

