バッド・カンパニー

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バッド・カンパニー
Bad Company
基本情報
出身地 イングランドの旗 イングランドロンドン
ジャンル ブルースロック
ハードロック
活動期間 1973年 - 1982年
1986年 - 2002年
2008年 - 2009年
レーベル スワン・ソング
アイランド
アトランティック
共同作業者 フリー
モット・ザ・フープル
キング・クリムゾン
テッド・ニュージェント・バンド
フォリナー
ザ・ファーム
クイーン+ポール・ロジャース
公式サイト www.badcompany.com
メンバー
ポール・ロジャース
サイモン・カーク
ミック・ラルフス
旧メンバー
ボズ・バレル
ブライアン・ハウ
リック・ウィルス
ロバート・ハート
デイヴ・コールウェル
ジャズ・ロクリー
  

バッド・カンパニー(Bad Company)は、1973年イギリスで結成されたロックバンド。日本での略称は「バドカン」。
フリーポール・ロジャースサイモン・カーク、元モット・ザ・フープルのミック・ラルフス、元キング・クリムゾンボズ・バレルによって結成され、アメリカを活動の拠点とし活躍した。1974年のデビューから1982年までに6枚のアルバムを発表し、その多くがアメリカでプラチナム・セールスを記録するという成功を収めた。
1982年にポール・ロジャースが脱退してからは、メンバー・チェンジを繰り返しながら、活動を続けていた。
1999年2008年にそれぞれオリジナル・メンバーを中心とした再結成が行われている。

目次

[編集] 歴史

1974年、彼らはレッド・ツェッペリンが設立したレコード会社「スワン・ソング」(本国=英国でのリリースはフリー、クリムゾンの流れで、スワン・ソングの社長のピーター・グラント(兼Zepのマネージャー)の薦めもあり「アイランド」)からデビュー・アルバム『バッド・カンパニー』を発表する。先行シングル「キャント・ゲット・イナフ」は全米5位、全英15位のヒットとなり、アルバムは全米1位、全英3位を獲得。売り上げはアメリカだけで500万枚、全世界で1200万枚を超える大ヒットとなった。

1975年には2ndアルバム『ストレート・シューター』を発表し、米英ともに3位を獲得するヒット作となり、アメリカでは200万枚を売り上げた。本作からは「フィール・ライク・メイキン・ラヴ」が全米10位、全英20位とヒットしている。また、本作の発表にあわせて、1975年3月3日には日本武道館にて、最初で最後の来日公演が行われた。

1976年には3rdアルバム『ラン・ウィズ・ザ・パック』を発表。全米5位、全英4位を獲得し、アメリカでは100万枚を売り上げている。

ここまでバッド・カンパニーは順調にヒットを飛ばしてきたが、1977年に発表した4thアルバム『バーニン・スカイ』は、当時のパンクブームに押されてか、全米15位、全英17位とやや伸び悩み、アメリカでのアルバム・セールスも50万枚にとどまった。デビュー以来ほぼ休みなく活動していたバンドは、ここでいったん活動休止している。

1979年には、前作から2年ぶりの5thアルバム『デソレーション・エンジェル』を発表。よりアメリカナイズされた作風が受けて、先行シングル「ロックンロール・ファンタジー」がアメリカでミリオンセラーを記録し、アルバムも全米3位、全英10位とヒットし、アメリカでは200万枚を売り上げた。しかしバンドは、ここでその流れを断ち切るかのように、再び活動を休止している。

そして1982年には前作から3年ぶりに6thアルバム『ラフ・ダイアモンド』を発表。しかしこの頃になるとメンバー間の人間関係は非常に悪化しており、アルバム自体もやや散漫な出来となり、全米26位、全英15位とヒットには至らなかった。結局ポール・ロジャースは本作をもって、バッド・カンパニーを脱退。オリジナル・メンバーの作品としてはこれが最後の作品となった。バッド・カンパニーとしての活動はここでひとまず休止した。一般的に日本でバッド・カンパニーというと、ここまでの時期を指すことが多い。

ポールはソロ活動の後、ジミー・ペイジザ・ファームを結成し、他メンバーは、1986年に元テッド・ニュージェント・バンドのブライアン・ハウをボーカリストとして加えてバッド・カンパニーとして再始動する。この新生バッド・カンパニーは途中でボズ・バレルが脱退したものの(フォリナーからリック・ウィルスが加入)、ポール在籍時とはうってかわって、ボン・ジョヴィフォリナーのようなアリーナロックに近いものに様変わりしてしまった。

その後ブライアン・ハウに変わって、無名の新人であるロバート・ハートを新たにボーカリストとして起用。ロバート・ハートの声はポール・ロジャースを彷彿とさせたが、サウンドはやはりブライアン・ハウ在籍時のようなアメリカン・サウンドを引き継いだものだった。

さらに1999年、ロバート・ハートを解雇し彼らは急遽オリジナル・メンバーにて再結成を果たす。そしてオリジナルメンバーとしては17年ぶりに新曲も収録したベスト盤を発表し、北米ツアーを行った。しかし早くもミック・ラルフスとボズ・バレルが脱退。オリジナルメンバーはポールとカークの二人になりながらも、96年加入のデイヴ・コールウェル(g)とポールのソロバンドで活躍していたジャズ・ロクリー(b)と共に2001年からツアーを行い、ライヴ盤とそのDVDを発表した。ポールはこのまま再びバッド・カンパニーとしての活動を活性化させていく可能性も示唆していたが、その後はソロ・アーティストとしてツアーを行うなどして、バッド・カンパニーとしての活動は2002年以降停止していた。

2005年、ポールはクイーンとコラボレートし、ツアーで「キャント・ゲット・イナフ」などバッド・カンパニーの代表曲も数曲披露した。以降もポールはクイーンとのコラボレートを続けながら、並行してソロ活動を精力的に行っている。加えて2006年にオリジナルメンバーのボズ・バレルが亡くなったこともあり、バッド・カンパニーとしての活動再開の可能性は低いともいわれていた。

2006年にはオリジナルメンバーのバンド初となるライヴアルバム『ライヴ・イン・アルバカーキ76』が発売される。これはミック・ラルフスの秘蔵テープを音源化したものだったが、ポール・ロジャースのマネージメントからクレームがつき、発売と同時に廃盤、回収されてしまったため、現在高値で取引されている。 また、2007年にはポール・ロジャース在籍時の初期6作品が、日本限定で紙ジャケにて再発され、全作品がオリコンチャート入りするほどの売り上げを記録した。

2008年には、大方の予想を裏切ってオリジナル・メンバーの3人が集結し、一夜限りの再結成ライヴを行い、成功を収めた。これはBad Companyの名を語った偽バンドがツアーに出るのに対抗してのことだという。この成功を受けて、2009年にはドゥービー・ブラザーズとともに再結成ツアーを行うことも発表している。

[編集] ディスコグラフィー

[編集] 第一期-オリジナルメンバー在籍時

  • Bad Company - バッド・カンパニー (1974) 全米1位、全英3位
  • Straight Shooter - ストレート・シューター (1975) 全米3位、全英3位
  • Run With the Pack - ラン・ウィズ・ザ・パック (1976) 全米5位、全英4位
  • Burnin' Sky - バーニング・スカイ (1977) 全米15位、全英17位
  • Desolation Angels - ディソレーション・エンジェル (1979) 全米3位、全英10位
  • Rough Diamonds - ラフ・ダイヤモンド (1982) 全米26位、全英15位
  • 10 from 6 - ベスト・オブ・バッド・カンパニー (1985) (ベスト盤)
  • Live Albuquerque Nm Usa 1976 - ライヴ・イン・アルバカーキ76 (2006) (復刻ライヴ盤)

[編集] 第二期-ブライアン・ハウ(Vo)在籍時

  • Fame and Fortune - フェイム・アンド・フォーチュン (1986)
  • Dangerous Age - デンジャラス・エイジ (1988)
  • Holy Water - ホーリー・ウォーター (1990) 全米35位
  • Here Comes Trouble - ヒア・カムズ・トラブル (1992) 全米40位
  • What You Hear Is What You Get: The Best of Bad Company - ベスト・オブ・バッド・カンパニー・ライブ (1993) (ライヴ盤)

[編集] 第三期-ロバート・ハート(Vo)在籍時

  • Company of Strangers - カンパニー・オブ・ストレンジャーズ (1995)
  • Stories Told & Untold - トールド・アンド・アントールド (1996)

[編集] 第四期-オリジナル・メンバーによる再結成以降

  • The Original Bad Company Anthology - バッド・カンパニー・アンソロジー (1999) (ベスト盤) 全米1位
  • In Concert: Merchants Of Cool - バッド・カンパニー イン・コンサート 2002 (2002) (ライヴ盤) 全米114位

[編集] 外部リンク