トニー・レヴィン
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トニー・レヴィン(Tony Levin、1946年6月6日 - )は、アメリカ合衆国マサチューセッツ州生まれのベーシスト。
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[編集] 来歴
- 幼少より兄の影響もあって音楽に親しむ。10歳からベースを始め、その頃はクラシック畑を歩んでいた。
- クラシックからジャズ、フュージョンシーンへの転向はイーストマン音楽大学時代のルームメイトで名ドラマーであるスティーブ・ガッドの紹介によるものである。
- 1971年、名ヴァイブ奏者、ゲイリー・バートンのカルテットのメンバーとして初来日している。
- 当初ニューヨークのスタジオ・ミュージシャンとして活躍し、初期フュージョンの名盤にもいくつもその名を見ることができる。またロック方面ではポール・サイモン『時の流れに』、ジョン・レノン&ヨーコ・オノ『ダブル・ファンタジー』などにその名を刻んでいる。また、ピーター・ガブリエルのバンドでも活躍。
- 1981年から1984年にかけてキング・クリムゾンのメンバーになりその卓越したプレイで世界的に名を知られるようになる。特に1984年に出されたアルバム『スリー・オブ・ア・パーフェクト・ペアー』に収録されている楽曲「Sleepless」でのスラッピングは驚異的で、かのヴァン・ヘイレンも早速コピーしたらしいが、これはディレイを使った特殊奏法であることをのちのインタビューで述べている。
- 80年代後半は、ピーター・ガブリエルやアンダーソン・ブラッフォード・ウェイクマン・ハウを初め様々なミュージシャンとの共演で、その人気を不動のものにした。
- 1990年代に再々結成されたキング・クリムゾンにも参加。スケジュールの都合で、『The ConstruKction Of Light』(2000年)と『The Power To Believe』(2003年)には参加していないが、現在は再びキング・クリムゾンに籍を置いている。
- 2005年から2007年にかけて、"Tony Levin Band"を率いヨーロッパなどを回る。ライヴではピーター・ガブリエルやキング・クリムゾンのナンバーなども演奏。メンバーはトニー(b,vo)、ジェシ・グレス(g,vo)、ジェリー・マロッタ(d,vo),ピート・レヴィン(key,vo)、ラリー・ファスト(key)。ちなみにピートはトニーの兄弟。
- 2008年夏に行われたキング・クリムゾンのギグにも参加。
- 自身はジャズ・プレイヤーではない、と語っているが、近年のRachel Zのソロ・アルバムでは全編、エレクトリック・アップライトベースによる、完全なジャズ奏法を披露している。
- 2009年2月、スティーブ・ガッド,ウォーレン・バーンハート,マイク・マイニエリとともに、70年代に結成していた幻のクロスオーバー・バンドであるL`image(リマージュ)の再結成ライブが行われた。春には来日公演も実現し、東京JAZZへの出演も決定している。
[編集] 奏法
弦を叩くようにして演奏するスティック(チャップマン・スティック)と呼ばれる特殊な弦楽器を使うことでも知られる。 自らが発案した、人差し指と中指にドラムのスティックの様な物を装着し弦を叩いてベースを演奏する「ファンクフィンガーズ奏法」、スラップ奏法などを操る。左手のフィンガリングも個性的で、タメの効いたダイナミックなスライドなど独特のテクニックを持つ。
[編集] 音楽性
その演奏スタイルはきわめてオーソドックスであり、ベースの王道をいくものである。しかしながら、そのフレージングや音色は非常に個性的であり、ボトムを支えながら、その音楽のスタイルを決定づけ、そしてアーチストを主役としてをきちんとサポートしながら、自分の色も出せる稀有なミュージシャンといえる。特に有名なトニー印のフレーズとしてあげられるのはピーター・ガブリエルの「Sledge Hammer」、キング・クリムゾン「Elephant Talk」、ポール・サイモン「Late in the Evening 」、Arista All Stars「ROCKS」など。一般的にはプログレッシブ・ロックのイメージが強いが、テリー・ボジオとスティーヴ・スティーヴンスとのトリオ、「Bozzio Levin Stevens」や、ドリーム・シアターのメンバーとのプロジェクト「リキッド・テンション・エクスペリメント」など、ハード・ロック界にもその名を轟かせている。しかしその一方でアーティ・トラウムらのアルバムへの参加でもわかるように、アメリカン・フォークシーンでも重要人物であり、その音楽性の幅広さは尋常ではない。他のセッション・ミュージシャンと比較してもそのジャンルを超えた活動は驚異的であるといえる。プログレ、フュージョン、ロック、フォークといった音楽ジャンルのそれぞれのオリジネーター達からこぞって競演を要請されており、そこでトニー印ともいうべき名プレイを残している(たとえばプログレであればYES:正確にはABWH、キング・クリムゾン、ピーター・ガブリエル、ピンク・フロイド、フュージョンはブレッカー・ブラザーズ、マイク・マイニエリ、ロックはジョン・レノン、ルー・リード、フォークはポール・サイモンというように)。テリー・ボジオとスティーブ・スティーブンスが最初のミーティングで誰をベースにするか、というドリームリストを作った際に、最初に名前が挙がったのがトニーであるとインタビューで述べている。
[編集] 使用機材
ミュージックマン・スティングレイ、チャップマン・スティック。スタインバーガー(NSデザイン)・エレクトリック・アップライト及びチェロ。 リミッターを深く効かせたサスティーンの長いサウンドが特徴的。また独特のビブラート を駆使し、どの楽器を使っても「トニー・レヴィンの音」を感じさせる深い重低音という共通点がある。
[編集] その他の活動
スタジオ・ミュージシャンとしては前述のジョンを始めルー・リード、アリス・クーパー、アート・ガーファンクル、トム・ウェイツ、ジェームス・テイラー、近年はデヴィッド・ボウイの『ヒーザン - heathen』などジャンルの枠を超えた活躍を見せている。日本においても野口五郎、西城秀樹、渡辺香津美、黒沢健一、高野寛、大貫妙子らのアルバムやツアーに参加しており、馴染みの深いミュージシャンである。
[編集] ソロ
自身のソロ作品もリリースしており、世界中でレコーディングしたという「WORLD DIARY」や洞窟の中でレコーディングされた「FROM THE CAVES OF THE IRON MOUNTAIN」、アコースティック色の強い「WATERS OF EDEN」など実験精神に富んだ多彩な作品を精力的に発表している。
[編集] エピソード
- 長年にわたりスキンヘッドに口髭がトレードマークであるが、1977年ピーター・ガブリエルの初めてのソロ・ツアーの時には「ヒゲ無し・頭髪あり」だった。
- ピーター・ガブリエルのソロ・デビュー(1977年)から今に至るまでアルバム及びツアーにベーシストとして起用され続けている。レヴィンがキング・クリムゾンのメンバーとして活動していた時期には、ガブリエル側とクリムゾン側がレヴィンのためにスケジュールを調整していたという逸話もある。
- 自著によると、ジョン・マクラフリンからマハビシュヌ・オーケストラへの参加要請の電話が来たが、電話を受けたのが義母だったため、名前を聞き取れずそのままにしてしまったと述べている。
- トリノオリンピック(2006年)での開会式で演奏するオファーをピーター・ガブリエルから受けたが、レコーディング・セッションの予定が入っていたために断ってしまった(ガブリエル側からは「イタリアでの演奏」としか言われず、オリンピック開会式であることをトニーは知らされなかった)。
- これだけビッグ・ネームとなっているにも関わらず、自身のバンドの移動はバンに楽器を積んで自分たちで運転して全米のライブ・ハウスを回る。時にはバイクで合流したりもする。バイクはハーレー・ダビッドソンに乗っている。
- 自身のホームページを10年以上続けており、自分自身で日記を書いてまめにアップしている。また写真撮影が趣味で、キング・クリムゾンの写真集も出版しており、自身のサイトには日記形式でツアーやレコーディングの様子を撮影した写真が多数掲載されている(演奏中にも客席や他のメンバーを写している)。
- エスプレッソが大好物
[編集] ディスコグラフィー
(ソロまたはソロに準じるもののみ)
- WORLD DIARY (1995)
- FROM THE CAVES OF THE IRON MOUNTAIN (1997) ※「Steve Gorn, Tony Levin, Jerry Marotta」名義
- WATERS OF EDEN (2000)
- PIECES OF THE SUN (2002)
- DOUBLE ESPRESSO (2002) ※「TONY LEVIN BAND」名義
- RESONATOR(2006)
- STICK MAN(2008)
[編集] 外部リンク
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