ビル・ワイマン

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ビル・ワイマン
Bill Wyman 2009.jpg
基本情報
出生名 ウィリアム・ジョージ・パークス
出生 1936年10月24日(77歳)
出身地 イングランドの旗 イングランド. ロンドン, ルイシャム
ジャンル ロック
ブルース
職業 ミュージシャン
担当楽器 ベース, ピアノ, ヴォーカル, ギター
活動期間 1962年 - 1993年,
1997年 - 現在
レーベル ヴェヴェル・レコード, Koch International, ローリング・ストーンズ・レコード, BMG
共同作業者 ローリング・ストーンズ, リズム・キングス, クリフトンズ
公式サイト www.billwyman.com
著名使用楽器

Framus Star Bass
Vox Teardrop bass
Fender Mustang Bass

スタインバーガー

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ビル・ワイマン(Bill Wyman, 1936年10月24日 - )は、イギリスのロックミュージシャン。ローリング・ストーンズの元メンバー。元の本名はウィリアム・ジョージ・パークス(William George Perks)だったが、英空軍時代の友人リー・ワイマンの姓を芸名として使用、1964年6月に改姓届けを出し、以後ワイマンが本名になる。1963年から1991年まで、ストーンズのベーシストだった。

経歴[編集]

ロンドン南部シデナムで生まれる。10歳から13歳までピアノを学び、その後独学でベース・ギターを習得した。ストーンズへの加入は、彼がアンプを所有していたからだと云われる。ストーンズに於いて最年長であった彼は、「サイレント・ストーン」と呼ばれた。初期においてはコーラスも担当していたが、1965年以降はほとんど参加しなくなった。ワイマンは作曲も行うが、彼の作品がストーンズの楽曲として採用されることはほとんどなく、ほぼ唯一の例外がアルバム『サタニック・マジェスティーズ』収録曲の「イン・アナザー・ランド」である。この曲は、リード・ボーカルをワイマンが担当し、スモール・フェイセススティーヴ・マリオットがコーラスで参加している。ストーンズの楽曲でワイマンが作曲したものとしては他に「ダウンタウン・スージー」があるが(ボーカルは、ワイマンでなくミック・ジャガー)、これはストーンズの元マネージャー、アラン・クラインがストーンズ、ワイマンの両者に伝えることなく、コンピレーション・アルバム『メタモーフォシス』に収録したものである。

ワイマンは日記を詳細に書き続け、ストーンズの記録係としても知られた。彼はストーンズ脱退後、その日記を元にストーンズの歴史を詳細に記した『Rolling with The Stones』を出版した。彼はまた、1974年にストーンズを脱退したギタリストミック・テイラーと良好な関係を維持し、ソロプロジェクトに於いて彼と共に仕事を行った。

ワイマンは、ストーンズの代表曲「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」のリフを作ったのは自分だと主張する。しかしながら、ミックとキース・リチャーズはこれに反論し、曲のクレジットはジャガー=リチャーズとなっている。

みたままのマイペースな性格で、時間が来ればレコーディング途中でも帰ってしまう人であったという。後期になってバンドが大物になり、何時間もレコーディングに明け暮れるようになると、ビル以外の人間(主にキース)がベースを弾く曲が多くなっているのはそのためである。

ストーンズにおいて最も地味な印象であったが、実はミックも顔負けの性豪で、2,000人以上の女性と寝たという逸話がある。『Rolling with The Stones』によると、認知済み・認知していない子供が複数人いることが書かれている。1980年代に、インタビューで「今後何をしますか?」と聞かれて「結婚していっぱい子供を作るさ」と言い、1989年には当時18歳のマンディ・スミス(後に、歌手デビュー)と結婚した。そのことが発覚したのは、2年後の1991年であった[1]

近年、ワイマンはロンドンのケンジントンでレストラン『スティッキー・フィンガーズ』を経営する傍ら、ピーター・フランプトンゲイリー・ブルッカーアルバート・リーと共にリズム・キングスとして演奏活動を行っている。また、アマチュア考古学者としての一面を持ち、金属探知の趣味を持っている[2]

ディスコグラフィ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Nashawaty, Chris. “A Teen Bride for a Stone”. Entertainment Weekly. 2010年9月30日閲覧。
  2. ^ [1]

著書[編集]

外部リンク[編集]