ビル・ワイマン

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ビル・ワイマン
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基本情報
出生名 ウィリアム・ジョージ・パークス
出生 1936年10月24日(78歳)
出身地 イングランドの旗 イングランド. ロンドン, ルイシャム
ジャンル ロック
ブルース
職業 ミュージシャン
担当楽器 ベース, ピアノ, ヴォーカル, ギター
活動期間 1962年 - 1993年,
1997年 - 現在
レーベル ヴェヴェル・レコード, Koch International, ローリング・ストーンズ・レコード, BMG
共同作業者 ローリング・ストーンズ, リズム・キングス, クリフトンズ
公式サイト www.billwyman.com
著名使用楽器

Framus Star Bass
Vox Teardrop bass
Fender Mustang Bass

スタインバーガー

ビル・ワイマン(Bill Wyman, 1936年10月24日 - )は、イギリスのロックミュージシャン。ローリング・ストーンズの元メンバー。元の本名はウィリアム・ジョージ・パークス(William George Perks)だったが、英空軍時代の友人リー・ワイマンの姓を芸名として使用、1964年6月に改姓届けを出し、以後ワイマンが本名になる。1963年から1991年まで、ストーンズのベーシストだった。

経歴[編集]

ロンドン南部シデナムで生まれる。10歳から13歳までピアノを学び、その後独学でベース・ギターを習得した。ストーンズへの加入は、彼がアンプを所有していたからだと云われる。ストーンズに於いて最年長であった彼は、「サイレント・ストーン」と呼ばれた。初期においてはコーラスも担当していたが、1965年以降はほとんど参加しなくなった。ワイマンは作曲も行うが、彼の作品がストーンズの楽曲として採用されることはほとんどなく、ほぼ唯一の例外がアルバム『サタニック・マジェスティーズ』収録曲の「イン・アナザー・ランド」である。この曲は、リード・ボーカルをワイマンが担当し、スモール・フェイセススティーヴ・マリオットがコーラスで参加している。ストーンズの楽曲でワイマンが作曲したものとしては他に「ダウンタウン・スージー」があるが(ボーカルは、ワイマンでなくミック・ジャガー)、これはストーンズの元マネージャー、アラン・クラインがストーンズ、ワイマンの両者に伝えることなく、コンピレーション・アルバム『メタモーフォシス』に収録したものである。

ワイマンは日記を詳細に書き続け、ストーンズの記録係としても知られた。彼はストーンズ脱退後、その日記を元にストーンズの歴史を詳細に記した『Rolling with The Stones』を出版した。彼はまた、1974年にストーンズを脱退したギタリストミック・テイラーと良好な関係を維持し、ソロプロジェクトに於いて彼と共に仕事を行った。

ワイマンは、ストーンズの代表曲「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」のリフを作ったのは自分だと主張する。しかしながら、ミックとキース・リチャーズはこれに反論し、曲のクレジットはジャガー=リチャーズとなっている。

みたままのマイペースな性格で、時間が来ればレコーディング途中でも帰ってしまう人であったという。後期になってバンドが大物になり、何時間もレコーディングに明け暮れるようになると、ビル以外の人間(主にキース)がベースを弾く曲が多くなっているのはそのためである。

ストーンズにおいて最も地味な印象であったが、実はミックも顔負けの性豪で、2,000人以上の女性と寝たという逸話がある。『Rolling with The Stones』によると、認知済み・認知していない子供が複数人いることが書かれている。1980年代に、インタビューで「今後何をしますか?」と聞かれて「結婚していっぱい子供を作るさ」と言い、1989年には当時18歳のマンディ・スミス(後に、歌手デビュー)と結婚した。そのことが発覚したのは、2年後の1991年であった[1]。近年、ワイマンはロンドンのケンジントンでレストラン『スティッキー・フィンガーズ』を経営する傍ら、ストーンズ脱退後はピーター・フランプトンゲイリー・ブルッカーアルバート・リーと共にリズム・キングスとして演奏活動を行っている。

2002年、ストーンズ結成40年を記念して行われたワールド・ツアーにてゲスト参加があるのでは?という期待まじりに噂されたものの、これは実現しなかった。ワイマンは、インタビューにてストーンズについて質問されると「ストーンズはもうやめるべきだ」[2]と度々語っていて、ミックやキースとの仲は悪いわけでなく確執もないとしつつも、ミックが自伝を書こうとした際にワイマンについても書こうとすることに対して「絶対に駄目だ」[3]と返答するなど疑いの部分もある。しかし10年後の2012年11月に行われた50周年記念ライヴでは、ゲストとしてストーンズのステージに立った。これは1990年以来、実に22年ぶりのことであった。ところが、このステージでたった2曲しか参加できなかったのが不満だったと明かしていて、たった2曲のためにこの後行われた12月のアメリカ公演のために渡米する気はないとし[4]、関係の良好を保っているミック・テイラーとは違って2013年から始まったワールド・ツアーには参加していない。

また、経営者、アマチュア考古学者、一面や金属探知の趣味の一面を持っているため[5]、音楽だけが人生ではないとも語っている。

ディスコグラフィ[編集]

脚注[編集]

著書[編集]

外部リンク[編集]