サティスファクション

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
サティスファクション
ローリング・ストーンズシングル
収録アルバム アウト・オブ・アワ・ヘッズ
B面 ウェストコーストの宣伝屋 (US)
クモとハエ (UK)
リリース 1965年6月6日 (US)
1965年8月20日 (UK)
規格 シングル
録音 1965年5月12日
ジャンル ロック
時間 3分44秒
レーベル ロンドン (US)
デッカ (UK)
作詞・作曲 ジャガーリチャーズ
プロデュース アンドリュー・ルーグ・オールダム
チャート最高順位
ローリング・ストーンズ シングル 年表
ラスト・タイム
(1965年)
サティスファクション
(1965年)
一人ぼっちの世界
(1966年)
テンプレートを表示

サティスファクション」((I Can't Get No) Satisfaction)は、1965年に発表されたローリング・ストーンズの楽曲。グループの代表曲の一つである。

解説[編集]

作詞・作曲はミック・ジャガー及びキース・リチャーズファズ・ギターによって奏でられるリフと、歌いだしのラインをリチャーズが作り、それ以外の部分はジャガーが書いた。またジャガーによると、リチャーズはシングルにすることを嫌がったと言う[1]。 1965年に、全米のシングルチャートで4週連続No.1となり、ビルボード誌の1965年年間ランキングでは3位となった。また、ストーンズにとって初のミリオンセラーシングルである(他にはルービー・チュースデー、ホンキー・トンク・ウィメン、アンジー、ミス・ユーがミリオンセラーを記録)。イギリスにおいても1位を獲得した。全世界での売り上げは500万枚。

この曲を収録したアルバム 『アウト・オブ・アワ・ヘッズ』(USバージョン)もそれに乗じてストーンズのアメリカにおける最初のNo.1アルバムになり、プラチナ・アルバムを獲得した。

ジャガーは「この曲が俺達を一介のロック・バンドから巨大な怪物バンドに変えたんだ」と自負している[2]。そして、バンドのアメリカ進出を決定づけたばかりでなく、ミック・ジャガーとキース・リチャーズが、作詞作曲家としてのオリジナリティを初めて明確に打ち出した[3]ものとして、彼らの活動のターニング・ポイントとなった作品である。

それまでのロックソングが外面的に描いてきた若者の欲求不満と疎外感を、内面の叫びとしてストレートに表現しており、ロックの精神を体現した曲とされる。2004年に『ローリング・ストーン(Rolling Stone)』誌が選んだ「ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500では2位となった。また、2005年にイギリスの音楽雑誌「アンカット」が企画した「世界を変えた」曲、映画、テレビドラマを選ぶ特集では4位となった。

しかしリチャーズは当初、デモテープのつもりだったこのアレンジを気に入っておらず、後のオーティス・レーディングによるカバーのようなアレンジを注文していた。その後、すぐに始まったツアーから1週間後以上、ネブラスカ州にいた際にラジオから現在のバージョンが流れ、アンドリュー・ルーグ・オールダムがリチャーズに「これで良いよな」と言った[4]

カバー[編集]

オーティス・レディングジョン・スコフィールドディーヴォレジデンツなど、多くのミュージシャンにカバーされている。日本では、BENNIE Kによるカバー・バージョンが、2006年にauのCMで使われ、彼女達のアルバム『THE WORLD』に収録された。また、シーナ&ザ・ロケッツのカバーもよく知られるものの一つである。

脚注[編集]

  1. ^ 1995年のロングインタビューより。SIGHT vol.14(株式会社ロッキング・オン、2003年1月13日発行)収録
  2. ^ 1995年のロングインタビューより。SIGHT vol.14(株式会社ロッキング・オン、2003年1月13日発行)収録
  3. ^ 但し、リチャーズは「モータウンの曲を参考にした」「フォークソングのリフを元にした」とも発言しており、ジャガーはこれらを否定している。
  4. ^ 雑誌「rockin'on」2013年6月号内のロング・インタビューより

外部リンク[編集]

先代:
バーズ
「ミスター・タンブリンマン」
Billboard Hot 100 1位獲得シングル
1965年7月10日
次代:
ハーマンズ・ハーミッツ
「ヘンリー8世君」