スティーヴ・ジョーダン (ミュージシャン)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

スティーヴ・ジョーダンSteve Jordan1957年1月14日 - )は、アメリカ合衆国ニューヨークのマルチ・プレーヤー、作曲家音楽プロデューサーである。

来歴 [編集]

彼はフィオレロ・H・ラガーディア・ハイスクール・オブ・ミュージック&アート・アンド・パフォーミング・アーツを卒業、幅広いジャンルのミュージシャン達と共演を重ねてきた。また、ドラムス教則DVD"The Groove is Here"もリリースしている。

ジョーダンは、1970年代を通して、サタデー・ナイト・ライブのバンドでドラムスを叩いた。1980年代早期、ジョン・ベルーシダン・エイクロイドブルース・ブラザース としてツアーに出た際、ジョーダンはそのドラマーだったが、同名の映画には彼は出ていない。彼はまた、CBS放送の『Late Night with David Letterman』のスタジオ・バンド、ポール・シェイファーPaul Shaffer)率いるCBSオーケストラの最初のドラマーである(後任はアントン・フィグ)。

チャーリー・ワッツが、ヘロインとアルコールの濫用の問題から抜け出せないでいた1980年代半ば。ジョーダンは、シェイファーの下で同窓だったフィグと共に、1986年リリースのローリング・ストーンズのアルバム『ダーティ・ワーク』に参加している。この仕事がきっかけでキース・リチャーズは、アレサ・フランクリンによるローリング・ストーンズの "ジャンピン・ジャック・フラッシュJumpin' Jack Flash)"のカバー(同名の映画で使用)のレコーディングにジョーダンを起用している。

リチャーズによると、ジョーダンはデトロイトでのこのレコーディング・セッションから帰る途中の飛行機の中で、制作予定のチャック・ベリーに捧げるテイラー・ハックフォード監督の映画 "Hail! Hail! Rock 'n' Roll" (1987年)に使ってくれ、とお願いをした。リチャーズはこのプロジェクトにチャーリー・ワッツが戻って来られることを望んでいたが、可能かどうかわからなかったので、ジョーダンを使うことになった。ジョーダンは、チャック・ベリーやキース・リチャーズと共に、いくつものシーンに出てくる。

このプロジェクトの成功は、リチャーズのソロ・プロジェクト "Keith Richards and the X-Pensive Winos" に繋がっていく。リチャーズは、1988年にアルバム『Talk Is Cheap』 を、1992年に『Main Offender』 をリリースし、ツアーも行った。両作品にジョーダンは共同制作として参加し、作曲者としてクレジットされている。これらのアルバム・セッションのコラボレーションを通じて生まれた"Almost Hear You Sigh"は、ローリング・ストーンズのナンバーとして取り上げられ、1989年のアルバム『スティール・ホイールズ』に収録された。同年12月には、ビルボード・シングル・チャートの39位にチャート・インしている。

ドン・ヘンリージョン・メレンキャンプボブ・ディランB.B.キングスティーヴィー・ニックスシェリル・クロウ奥田民生など、多くのアーティストたちとレコーディングを行っている。彼は、ジェームス・テイラー1998年のDVD "James Taylor Live At The Beacon Theatre" にフィーチャーされている。

プロデューサーとしては、バディ・ガイの『Bring 'Em In』でグラミー賞にノミネート、ロバート・クレイ のアルバム『Take Your Shoes Off』ではグラミー賞を獲得している。

無数のヒット曲でプレイする一方、アリシア・キーズの『If I Ain't Got You』からブルース・スプリングスティーンの『Devils and Dust』に至るまで、グラミーにノミネートされた ジョン・メイヤー・トリオ の『Try』、グラミーを獲得した同『Continuum』、ジョン・スコフィールドの『That's What I Say』、ハービー・ハンコックの『Possiblilties』、パティ・スキャルファ(Patti Scialfa)の『23rd St. Lullaby』、妻のミーガン・ヴォスと共に関わったザ・ヴァーヴスの『And Now - The Verbs』など、多くのレコードにプロデューサーとして関わった。

2006年エリック・クラプトンのヨーロッパ・ツアーのバンドに参加し、ロイヤル・アルバート・ホールでの7公演がソールド・アウトとなった。翌年の北米ツアーにも参加した。

外部リンク [編集]