スティッキー・フィンガーズ

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スティッキー・フィンガーズ
ローリング・ストーンズスタジオ・アルバム
リリース 1971年4月23日
録音 1969年12月2日 - 4日,
1970年2月17日,
1970年3月 - 5月,
1970年6月16日 - 7月27日,
1970年10月17日 - 31日,
1971年1月,
Sister Morphine:
1969年3月22日 - 31日
ジャンル ロック
時間 46分25秒
レーベル Rolling Stones
イギリスの旗Kinny UK(オリジナル盤)
AtlanticEMICBS UKVirginPolydor(リイシュー盤)
アメリカ合衆国の旗Atco(オリジナル盤)
Atlantic→Columbia→Virgin→Interscope(リイシュー盤)
日本の旗ワーナー・パイオニア(オリジナル盤)
東芝EMICBS/SONY→Sony RecordsEMIJ/Virgin→Universal Int'l(リイシュー盤)
プロデュース ジミー・ミラー
専門評論家によるレビュー
チャート最高順位
  • 1位(アメリカ[1]、イギリス[2]
  • 9位(日本[3]
ローリング・ストーンズ 年表
ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト
1970年
スティッキー・フィンガーズ
1971年
メイン・ストリートのならず者
1972年
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スティッキー・フィンガーズ』 (Sticky Fingers) は、1971年4月23日にリリースされたローリング・ストーンズのアルバム。本作は彼らが設立したローリング・ストーンズ・レコードからリリースした初のアルバムであり、ミック・テイラーは本作からフルに参加している。このアルバムに収録されている楽曲は全て後にライヴで一度以上取り上げられているが、そのようなオリジナルアルバムは『レット・イット・ブリード』『女たち』『ブラック・アンド・ブルー』と本作だけであり、ストーンズを代表する名盤と評価されている。

経緯[編集]

本作のレコーディングは1970年3月に本格的に始まったが、1969年にアラバマ州のマッスルショールズ・スタジオで行ったレコーディング、及び1969年3月の「シスター・モーフィン」(『レット・イット・ブリード』のアウトテイク)も収録された。本作収録曲の大半は1970年の夏から秋にかけて、イギリス、スターグローヴスのミック・ジャガーの自宅に持ち込まれたモービル・スタジオで録音された。次作『メイン・ストリートのならず者』に収録された曲の初期ヴァージョンも、このレコーディング・セッションで録音された。

デッカロンドンとの契約終了が近づき、ストーンズは自らのレーベルを設立することを決めた。デッカとの契約は1970年7月31日に終了し、その前日にはアラン・クレインとの契約も解除している。しかしながら、それまでの音源の権利はアラン・クレインと彼の会社アブコ・レコードの手に渡り、以降様々な編集盤がアブコからリリースされることとなる。

デッカは、ストーンズに対しシングルをもう一枚リリースする義務があると通知したが、それに対し彼らは「コックサッカー・ブルース」を提出した。同曲は、そのタイトルや歌詞の内容からとてもリリースできる物ではなく、デッカは代わりに「ストリート・ファイティング・マン」をシングルとしてリリースした。また、アブコは「ブラウン・シュガー」「ワイルド・ホース」の2曲に関しても権利を保有し、この2曲はベスト盤『ホット・ロックス』にも収録された。

最終オーヴァーダビングとミキシングは1971年1月に行われ、シングル「ブラウン・シュガー」は3月にリリースされた。同曲はアメリカで1位、イギリスでは2位の大ヒットとなる。『スティッキー・フィンガーズ』は4月にリリースされると世界中に好意的に受け入れられ、アメリカでは連続8週チャートのトップを独占した。「ワイルド・ホース」はアメリカのみでアルバムからの第二弾シングルとしてリリースされ、トップ30まで上昇した。この曲はキース・リチャーズと親交のあるグラム・パーソンズフライング・ブリトー・ブラザーズによってカヴァーされている。

本作のアートワークは、アンディ・ウォーホルが手掛けた。ジャケットには本物のジッパーが取り付けられ、それを開くとブリーフが印刷されたカードボードが出てくる。このジャケットは論争を引き起こし、後にジッパー無しのジャケットがリリースされた。スペインではジッパージャケットが猥褻であるとされ、缶詰入りの女性の指が描かれた物に変更された。また、そのスペイン盤には、イギリス盤シングル「ブラウン・シュガー」のB面に収録された「レット・イット・ロック」(リーズ大学でのライヴ)のステレオ・ミックスも収録された(但しスペイン盤では、「スター・モーフィン」が歌詞の内容に問題ありとしてカットされた)。

2002年には「ローリング・ストーン」誌のグレーティスト・アルバム500で63位に、翌年のTVネットワークのVH1が本作を最も偉大なアルバム・ジャケットに選出し、グレーティスト・アルバムで46位となった。

ミック・テイラーは「ムーンライト・マイル」の作曲に大きく関与したが、クレジットされなかった。1989年には、ビル・ワイマンがアメリカ料理レストラン「スティッキー・フィンガーズ」を開店している。

1994年にヴァージン・レコードによるリマスターで再発され、2009年にはユニヴァーサル・ミュージック・グループにより更なるリマスターで再々発された。

収録曲[編集]

特筆無い限りジャガーリチャード作詞作曲。

  1. ブラウン・シュガー - Brown Sugar 3:50 エンディングがYeah シングルはAlright
  2. スウェイ - Sway 3:51
  3. ワイルド・ホース - Wild Horses 5:42
  4. キャン・ユー・ヒア・ミー・ノッキング - Can't You Hear Me Knocking 7:15
  5. ユー・ガッタ・ムーブ - You Gotta Move (Fred McDowell/Rev. Gary Davis) 2:32
  6. ビッチ - Bitch 3:36
  7. アイ・ガット・ザ・ブルース - I Got the Blues 3:53
  8. シスター・モーフィン - Sister Morphine (Mick Jagger/Keith Richard/ Marianne Faithfull) 5:31
  9. デッド・フラワーズ - Dead Flowers 4:03
  10. ムーンライト・マイル - Moonlight Mile 5:56
    • ポール・バックマスターがストリングスで参加。

ヨーロピアン・ツアー[編集]

本作リリースに先立って、ヨーロピアン・ツアーが1970年9月2日のヘルシンキ公演から開始した。同ツアーは10月11日のミュンヘン公演で終了し、翌年3月にUKツアーを行う。このヨーロピアン・ツアーでは本作から「デッド・フラワーズ」「ブラウン・シュガー」、UKツアーでは加えて「ビッチ」が演奏された。また、本ツアーで演奏された「レット・イット・ロック」はリーズ大学でのテイクがシングル「ブラウン・シュガー」のB面、スペイン盤『スティッキー・フィンガーズ』に収録された。

脚注[編集]

  1. ^ Sticky Fingers - The Rolling Stones : Awards : AllMusic
  2. ^ ChartArchive - The Rolling Stones - Sticky Fingers
  3. ^ 『オリコンチャート・ブックLP編(昭和45年‐平成1年)』(オリジナルコンフィデンス/1990年/ISBN 4-87131-025-6)p.322