ブリッジズ・トゥ・バビロン

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ブリッジズ・トゥ・バビロン
ローリング・ストーンズスタジオ・アルバム
リリース 1997年9月29日
録音 1997年3月13日 - 7月
ジャンル ロック
時間 62 27
レーベル Rolling Stones
Virgin(オリジナル盤)
UMG(リイシュー盤)
プロデュース ドン・ウォズ
グリマー・ツインズ
ロブ・フラボニ
ダニー・サーバー
ピエール・ド・ビューポート
ダスト・ブラザーズ
専門評論家によるレビュー
チャート最高順位
ローリング・ストーンズ 年表
ストリップド
(1995年)
ブリッジズ・トゥ・バビロン
(1997年)
ノー・セキュリティ
(1998年)
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ブリッジズ・トゥ・バビロン(Bridges to Babylon)は、1997年にリリースされたローリング・ストーンズのアルバム。公式においても「B2B」と略されることもある。本作の初回盤は、蔦模様の印刷された透明なプラスチックケースに封入された。

概要[編集]

今作は、ドン・ウォズを含む何組ものプロデュサーと組んで制作したアルバムで、これまでストーンズのアルバムではグリマー・ツインズともう1人、という制作方法が破られた点では非常に画期的である。このため、楽曲の印象はもちろん、完成度についても大きなバラつきが見られる。これはミックによるアイディアで、初回盤に封入されているライナーノーツのコメントにてミックは「マイルス・デイヴィスはアルバムごとでプロデューサーを変えたけど、バンドではできないから、こういう形にしてみたんだ」と語っている。こうした影響から、収録楽曲全体のクオリティは高かったにも関わらず、アルバムそのものの評価は高くなく、本国やアメリカでのセールスはあまり伸びなかったが、前作同様にリリース同時にワールド・ツアーを敢行し世界的にセールスを伸ばし、大ヒットを記録した。南米や、後述の東欧でのセールスは特に顕著であった。

また、ミックとキースの2人の持つ個性が特に顕著になっているという点もある。前述の複数人のプロデューサーを起用するというミックらしいアイディアはもちろん、1曲目の「フリップ・ザ・スイッチ」と11曲目の「トゥー・タイト」でアップライト・ベースを使った古典的嗜好のキースらしさなどがそれを際立てている。パーソネルにはメンバー4人の他、お馴染みのダリル・ジョーンズベース)、バナード・ファーラー(バック・ヴォーカル)といったサポート・メンバー、さらにビリー・プレストンオルガン)、ワディ・ワクテルギター)、ミシェル・ンデゲオチェロ(ベース)、ジム・ケルトナーパーカッション)、ウェイン・ショーターサックス)などといったゲスト・ミュージシャン、共同プロデューサーの1人であるドン・ウォズも演奏に参加、現在まで参加ミュージシャンが最も多い作品である。

2曲目の「エニバディ・シーン・マイ・ベイビー?」は、k.d.ラングとBen Minkの名がクレジットされている。これはこの曲のコーラス部分が2人が作曲したk.d.ラングのヒット曲「Constant Craving」に似ていたためで、訴訟を避けるための処置である。元々は、1970年代に出来た楽曲であるが、長年お蔵入りになっていたのをこのアルバムでようやく日の目を見た。ミュージック・ビデオには、女優としてようやく名の売れ始めたアンジェリーナ・ジョリーがストリッパー役として出演していたため、後に話題に。日本ではアルバムが世界先行発売となったため、リカット・シングルとなった。

ちなみに、キースによれば10曲目の「オールウェイズ・サファリング」において、自分はギターを弾いただけで制作そのものにはほとんど関与していないと発言している他、自身のパートを録り終えた後は、ほとんどトラックに興味の見せなかったチャーリーが、トラックについていくつかの注文をつけたこともあったという。

曲目[編集]

  1. フリップ・ザ・スイッチ - Flip the Switch 3:28
  2. エニバディ・シーン・マイ・ベイビー? - Anybody Seen My Baby? (Mick Jagger/Keith Richards/K.D. Lang/Ben Mink) 4:31
  3. ロウ・ダウン - Low Down 4:26
  4. オールレディ・オーヴァー・ミー - Already Over Me 5:24
  5. ガンフェイス - Gunface 5:02
  6. ユー・ドント・ハフ・トゥ・ミーン・イット - You Don't Have to Mean It 3:43
  7. アウト・オブ・コントロール - Out of Control 4:43
  8. セイント・オブ・ミー - Saint of Me 5:15
  9. マイト・アズ・ウェル・ゲット・ジュースト - Might as Well Get Juiced 5:23
  10. オールウェイズ・サファリング - Always Suffering 4:44
  11. トゥー・タイト - Too Tight 3:33
  12. シーフ・イン・ザ・ナイト - Thief in the Night (Mick Jagger/Keith Richards/Pierre de Beauport) 5:16
  13. ハウ・キャン・アイ・ストップ - How Can I Stop 6:54
  14. 悲しみのアンジー - Angie (Live Performance in Tokyo Dome, March 6th, 1995) 3:52
    • 日本盤のみのボーナス・トラック

ワールド・ツアー[編集]

「The Rolling Stones Bridges to Babylon World Tour 1997/98」と銘打ち(以下B2Bツアー)、9月4日トロントのホースシュー・タヴァーン公演を皮切りに、翌年9月まで107公演行われた。日本公演は、1998年3月12日から21日までの6公演。B2Bツアーはこれまで行われてきたツアーの中でも最も多くのトラブルを孕んだツアーでもあった。北米、アジア・オセアニア、中南米と中盤までは順調だったが、終盤のヨーロッパツアー直前キース・リチャーズが、自宅書庫の梯子から落下し、肋骨2本を折る怪我をしたため、約1月ツアーの延期と変更がなされ、1998年よりイギリスで新たに導入された課税システムによる影響で「ツアーそのものが赤字になる」というミック・ジャガーの発言から、イギリス公演が翌1999年までの約1年間持ち越されることになった。これらの穴埋めのため、1999年に発表されたライヴ・アルバム「ノー・セキュリティ」の名を冠したツアーを、舞台セットや演目等、これまでスタジアムばかりの公演からアリーナのみという珍しい内容に変えて北米エリアのみで行われた。このため、イギリス公演では舞台セットはB2Bツアーに戻されたものの、セット・リストはノー・セキュリティ・ツアーに近い内容となっている。こうしたトラブルが続いたツアーであったが、キースはツアー開始時より「バンドの調子は良い」と度々発言しており、パフォーマンス自体はイギリス公演まで終始安定したまま終了した。また、このツアーではバンド史上、東欧などの共産圏で本格的に行われた初のツアーでもあり、一時は共産圏で大規模な公演が行えるのかという不安の声も上がっていた。しかし蓋を開けてみれば、大規模なスタジアムでのチケットを完売させただけでなく、その反響からアルバムも大ヒットするなど、該当地域では大きく話題にあがるほどの盛況ぶりだった。

脚注[編集]