スティング (ミュージシャン)

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スティング
Sting in New York in 2009 (photo David Shankbone)}
Sting in New York in 2009 (photo David Shankbone)
基本情報
出生名 ゴードン・マシュー・トーマス・サムナー
出生 1951年10月2日(63歳)
イングランドの旗 イングランドウォールズエンド
ジャンル ロック, ニュー・ウェイヴ, ポストパンク, ポップ・ミュージック, レゲエ, クラシカル
職業 ミュージシャン, シンガーソングライター, プロデューサー, 俳優
担当楽器 ヴォーカル, ベース, アコースティックギター,
活動期間 1974年 — 2011年現在
レーベル A&Mレコード
ドイツ・グラモフォン
ユニバーサル
共同作業者 ザ・ポリス
公式サイト Sting
著名使用楽器
MC-944 Musician Bass (fretless),Spector NS-2,Fender Jass Bass,Fender Tele Bass
Sting-Logo.svg

スティングSting、本名:ゴードン・マシュー・トーマス・サムナー CBE/Gordon Matthew Thomas Sumner, CBE1951年10月2日 - )は、イギリスニューカッスル・アポン・タイン出身のミュージシャンである。1977年ポリスを結成。1978年A&Mより「ロクサーヌ」でデビュー。ベーシストボーカルとして活躍した。ポリス自体は1984年に活動休止し、ソロ活動をしていたが、2011年に復活し、東京大阪を含むワールド・ツアーを決行した。

妻は女優トゥルーディー・スタイラー(en)、息子はフィクション・プレイン(en)のボーカル担当ジョー・サムナー(en)、娘は歌手アイ・ブレイム・ココ(en)。

来歴[編集]

ニューカッスルのカトリック系男子校、セント・キャスバート・グラマー・スクールを卒業後、ウォーリック大学に通っていたが卒業はしていない。なお実家は牛乳屋であり、兄が継いでいる。1971年から1974年の間、イングランド北部教員養成大学(現ノーザンブリア大学)に通い、卒業後はニューカッスル北部にあるセント・ポール小学校の国語教師として5歳から9歳までの児童を受け持った。「高校教師」という邦題の曲のために高校教師だったと誤解されることが多いが、この歌は教育実習で15歳の生徒を担当した経験を元にしたものである(ただし、実体験を表したものではなく、彼によると、人気絶頂のロック・スターと若い女性ファンとの関係を暗喩として表したもの[1])。

ビートルズ[2][3]キンクス[3]で音楽に興味を持ち、ボブ・ディラン[2]セロニアス・モンク[2]チャーリー・ミンガス[2]マイルス・デイヴィス[3]ジョン・コルトレーン[3]の影響を受けて育つ。教員養成大学在学時、夜毎地元のジャズセッションに参加した[3]。ニューカッスル・ビッグ・バンドにベーシストとして参加、1972年、スティングにとってはじめてのアルバム『Newcastle Big Band』をリリース[3]1974年ジャズ・ロック・バンドラスト・イグジットを結成して活動していたところ[3]スチュワート・コープランドに誘われて1976年にロンドンで活動することを決め[2]ヘンリー(アンリ)・パドゥバーニと共にポリスを結成する[4][5]。ポリス結成以前のライブなどで、を連想させる黄色と黒の縞の上着を愛用していたことからスティング(sting=「ちくりと刺す」の意味)と呼ばれるようになった。その後、アンディー・サマーズが加わり4人編成となった[6][7]が、ヘンリーが脱退しトリオとなる。

1985年、ソロ活動を本格的に開始。ジャズ・ミュージシャン(ケニー・カークランドオマー・ハキムブランフォード・マルサリス他)を起用してアルバムを制作し、注目を浴びた。第一次スティング・バンドの練習など「バンドが生まれる時を記録した」模様はVHSビデオに収めて公開(「ブルー・タートルの夢〜 A Band Is Born」)されている。また、同年にはスティングがゲスト参加したマイルス・デイヴィスのアルバム『ユア・アンダー・アレスト』や、ダイアー・ストレイツの楽曲「マネー・フォー・ナッシング」も発表された。

日本のキリンのビール「トゥギャザー」のCMソングを依頼され、「We'll be together」を作曲し、CMにも出演したが、本人はあまり気に入っていないらしい。

1994年には、宮崎シーガイアCMに出演し、キャンペーンソング『Take Me to the sunshine』を提供し、同施設のこけら落しライブも行っている。しかし、その後、来日時に受けた共同記者会見の席上で、宮崎シーガイアが地域の自然を破壊し問題視されているという主旨の質問を記者より受け、急遽、CMを降板するに至る。

1999年に発表した『ブラン・ニュー・デイ』は、第42回グラミー賞を2部門で受賞。

熱帯雨林の保護活動家、国際的な人権保護運動家の側面を持つ。

ベーシストとしても一流であり、ポリスのアンサンブルを語る上で欠かせないものである。アコースティックで培ったダイナミズムをエレクトリックに反映させた骨太の音で、時にはテクニカルにビートの隙間を縫うようなフレーズを歌いながら難なく弾きこなす。エレクトリックベースの奏法については、米国のセッションベーシスト、キャロル・ケイの教則本から多くの事柄を学んでおり、後年、彼女のサイトに「ベースが本来、なすべき以上のことを教えてくれた」と賛辞を送っている。スティングのベースプレイでは、古典的なソウルやラテンロックを踏まえつつ、レゲエ、ジャズのテイストがより大胆に取り入れられている。2005年にはベーシストとしてt.A.T.u.のセカンドアルバムにスポット参加している。また、ドラマーヴィニー・カリウタなどとも共演している。

2002年に開催された冬季オリンピックのオープニングでは、世界的チェリストのヨー・ヨー・マFragile を共演。911テロの直後でもあり、大勢に感動を与えた。

最近はクラシック音楽への傾倒が注目される。2006年にはジョン・ダウランド作品を集めた『ラビリンス - Songs From The Labyrinth』を名門クラシックレーベルのドイツ・グラモフォンから発表し、クラシック界からも注目を浴びた。また、2009年にも、パーセルシューベルトなどの作品を集めたクラシック・テイストの『ウィンターズ・ナイト If on a Winter's Night』を、2010年には、自身のヒット曲を、クラシック・アレンジのもとオーケストラ伴奏でセルフ・カバーした、『シンフォニシティ Symphonicities』を、いずれもグラモフォンから出した。

代表曲に「Every Breath You Take」(ポリス時代)、「Roxanne」(ポリス時代)、「Fields of Gold」、「Fragile」、「Englishman in New York」、「Shape of My Heart」(映画『レオン』主題歌)等がある。映画の主題歌や挿入歌に使用される事が多く、それらの一部を集めた、全17曲のアルバム「Sting at the Movies」(1997)がある。その後、同アルバムは、映画「阿修羅城の瞳」公開時に使用された「My Funny Valentine」を収録し、半分近くを差し替えた「My Funny Valentine at the Movies」(2005)へと更新されている。

ディスコグラフィ[編集]

スティング(2000年)

ポリス[編集]

ソロ[編集]

映画提供楽曲[編集]

受賞歴[編集]

ポリス名義[編集]

グラミー賞[編集]

  • 1980 Reggatta De Blanc 最優秀ロック・インストゥルメンタル
  • 1981 Don't Stand So Close To Me 最優秀ロック・ヴォーカル デュオ/グループ
  • 1983 Every Breath You Take 最優秀ロックポップ・・ヴォーカル デュオ/グループ
  • 1983 Synchronicity II 最優秀ロック・ヴォーカル デュオ/グループ

(※スティング以外のメンバーの作曲は除く)

スティング名義[編集]

グラミー賞[編集]

  • 1983 Every Breath You Take(ポリス名義のシングル)最優秀楽曲
  • 1983 Brimstone and Treacle 最優秀ロック・インストゥルメンタル
  • 1986 Bring On The Night 最優秀ビデオ・クリップ
  • 1991 The Soul Cages 最優秀ロック・ソング
  • 1993 If I Ever I Lose My Faith In You 最優秀ポップ男性ヴォーカル
  • 1993 Ten Summoner's Tales 最優秀ビデオ・クリップ
  • 2000 Brand New Day 最優秀ポップ男性ヴォーカル
  • 2000 Brand New Day 最優秀ポップ・アルバム
  • 2001 She Walks This Earth 最優秀ポップ男性ヴォーカル

ゴールデングローブ賞[編集]

  • 2002 Until:映画「ニューヨークの恋人」 映画部門:最優秀オリジナル・ソング

出演作品[編集]

社会活動[編集]

1980年代から、社会活動に熱心なミュージシャンの一人として知られる。1985年のバンド・エイド参加。1987年発表の『ナッシング・ライク・ザ・サン』収録の『孤独のダンス』(原題They dance alone)では、当時のチリピノチェト軍事独裁政権の人権抑圧を批判。反体制者として逮捕され行方不明となった配偶者・息子の解放を訴える女性たちが、路上で形見の衣服を抱き一人一人踊るさまを歌った。また、妻トゥルーディー・スタイラー、ブラジル先住民カイヤポ族らとともにレインフォレスト・ファウンデーションを設立し、熱帯雨林保護活動を行っている。また、アムネスティー・インターナショナルを支持している。

またイルカ漁を題材とした映画「ザ・コーヴ」の出演者リック・オバリーと親交があり、オバリーの活動を全面的にサポートしている。スティングは来日公演中にオバリー夫妻と再会、オバリーと同席にてインタビューも応じ、「リックが今後も積極的に活動を継続すること」と述べた。また、イルカ漁に対しては、「話し合いが必要」「引き続き、この問題が取り上げられていくことを見守っていきたい」と述べた。[8]

関連書籍[編集]

  • グラデュエーションデイ〜未来を変える24のメッセージ』、アンドリュー・アルバネーゼ/ブランドン・トリスラー編 佐々田雅子訳、2007年4月、ISBN 9784903825007
    • スピーチ収録
  • 『スティング(原題:Broken music)』スティング著、東本貢司訳 PHP研究所2004年12月 ISBN 9784569640624

脚注[編集]

  1. ^ クリス・ウェルチ『ザ・ポリス/スティング全曲解説』丸山京子訳、シンコーミュージック、50-51ページ
  2. ^ a b c d e アルバム『ZENYATTA MONDATTA』 UICY-3742 ライナー・ノーツ 大鷹俊一 2003年3月
  3. ^ a b c d e f g 『THE POLICE & STING』 SHINKO MUSIC MOOK アーカイヴ・シリーズ Vol.16 シンコーミュージック 2008年1月31日 ISBN 978-4-401-63173-5 History 1978-1983 立川芳雄 P20
  4. ^ 『THE POLICE & STING』 SHINKO MUSIC MOOK アーカイヴ・シリーズ Vol.16 シンコーミュージック 2008年1月31日 ISBN 978-4-401-63173-5 History 1978-1983 立川芳雄 P21
  5. ^ 『rockin' on』株式会社ロッキング・オン 2008年3月号 連載ROCK GREATS SPECIAL vol.27 THE POLICE P81
  6. ^ 『THE POLICE & STING』 SHINKO MUSIC MOOK アーカイヴ・シリーズ Vol.16 シンコーミュージック 2008年1月31日 ISBN 978-4-401-63173-5 History 1978-1983 立川芳雄 P22
  7. ^ 『rockin' on』株式会社ロッキング・オン 2008年3月号 連載ROCK GREATS SPECIAL vol.27 THE POLICE P83
  8. ^ 来日中のスティング、日本のイルカ漁に反対!『ザ・コーヴ』のリック・オバリーと日本で再会!活動の継続誓う! シネマトゥデイ 2011年1月21日付

外部リンク[編集]