ダイアー・ストレイツ
| ダイアー・ストレイツ | |
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1985年10月22日、ノルウェー、ドラメン
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| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | ロック |
| 活動期間 | 1976年 - 1995年 |
| レーベル | ヴァーティゴ ワーナー・ブラザーズ |
| メンバー | |
| マーク・ノップラー ジョン・イルズリー アラン・クラーク ガイ・フレッチャー |
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| 旧メンバー | |
| デヴィッド・ノップラー ピック・ウィザース ハル・リンズ テリー・ウィリアムズ ジャック・ソニ |
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ダイアー・ストレイツ(Dire Straits)は、イギリスのロックバンド。1970年代末から90年代初頭に掛けて、ポップシーンにありながらも流行とは一線を画した音楽で世界的な人気を誇ったグループである。1984年に来日。
目次 |
結成 [編集]
1976年ロンドンにて結成される。オリジナル・メンバーは、マーク・ノップラー(リードギター&ボーカル)とデヴィッド・ノップラー(リズムギター)、ジョン・イルズリー(ベース)、ピック・ウィザース(ドラム)の4人構成で、当初のグループ名は「カフェ・レーサーズ(Cafe Racers)」。当時、音楽で生計を立てていたのはセッションマンのウィザースのみで、マークは成人教育カレッジの講師、デヴィッドは民生委員、ジョンは大学に通う傍ら銀行に勤めて収入を得て、それをそっくり音楽活動に注ぎ込んでいた。ウィザースの友人が万年金欠状態のメンバーをからかって叩いた軽口を拝借して、「Dire Straits」("dire"は「ひどい、無残な、差し迫った」、"strait"は「断崖、苦境、困窮」の意)の名称に落ち着く。ようやく1977年に、ヴァーティゴ・レコード(米国及びカナダの北米地区ではワーナー・ブラザーズ・レコード)と契約したバンドは、マフ・ウィンウッド(元スペンサー・デイヴィス・グループのベーシストで、スティーヴ・ウィンウッドの兄)のプロデュースで、ファースト・アルバムの録音に入った。
略歴 [編集]
1978年にファースト・アルバム『悲しきサルタン』(Dire Straits) をリリースする。ルーツ・ミュージックに独自の解釈を施した音楽に高い評価を付ける向きもあったものの、当時のトレンドである音楽ジャンルとは異質であり、直ちにチャート・アクションには反映されなかった。しかし、オーストラリアのラジオ局でファースト・シングルの「悲しきサルタン」(Sultans of Swing) がヘヴィー・ローテーションされた頃から風向きが変わりチャートを上昇、その後ヨーロッパとアメリカに飛び火した人気が本国も刺激し、ツアーの効果もあってアルバムは全米で2位、全英で8位を記録し、全世界で1,500万枚を売り上げる。また、ボブ・ディランのアルバム参加やプロデュースで名を上げたノップラーは、早くもミュージシャンズ・ミュージシャン(同業者の中でも評価されること)として認知されるようになる。
その後、『コミュニケ』(Communiqué)『メイキング・ムーヴィーズ』(Making Movies)『ラヴ・オーヴァー・ゴールド』(Love Over Gold) と、コンスタントにアルバムを発表。主に、ヨーロッパでの人気を不動にする。
1985年に発表したアルバム『ブラザーズ・イン・アームス』では、スティングをフィーチャーしたシングル曲「マネー・フォー・ナッシング」の3DCG(当時としては最新鋭の技術であった)を取り入れたミュージック・ビデオが、MTVで大量にオンエアされた(ちなみに、元々はMTVに対する不満などを述べた曲なのだが、MTVによってヒットしたという皮肉な結果に終わっている)効果で全米1位を3週連続でキープする爆発的なヒットを記録。イギリス国内だけでも390万枚以上を売り上げるセールスを達成し、英国内での歴代アルバムセールスランキングでも、クイーンの『グレイテスト・ヒッツ』、ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』、ABBAの『アバ・ゴールド』、オアシスの『モーニング・グローリー』、アデルの『21』、マイケル・ジャクソンの『スリラー』に次ぐ歴代7位を記録(2012年5月時点)[1]。また、並行して敢行された2度のワールド・ツアーの効果も相まって、最終的に全世界で3,000万枚を超えるセールスを上げる。なお、このアルバムはLPからCDへの移行期にあたり、大ヒットしたアルバムということもあり、売り上げ内訳で、LPよりもCDが売れたことでも話題になった。
その後は、アルバム『オン・エヴリ・ストリート』(On Every Street) と2枚のライブアルバム、3枚のベスト・アルバムをリリースするが、世界的グループとして大規模な公演を行うことに疲れを感じたマーク・ノップラーの判断で、1995年に解散が発表された。
バンドのアイデンティティのほぼすべてを、フロントマンのノップラーに負っており、彼が書いた楽曲以外の曲は、アルバムでもステージでもほとんど取り上げられていない(ごく例外的に、最初期のライヴではマークとデヴィッドが共作した What's The Matter, Baby? がセット・リストに入っていた)。
アルバムリスト [編集]
- 『悲しきサルタン』 - Dire Straits (1978年)
- 『コミュニケ』 - Communiqué (1979年)
- 『メイキング・ムーヴィーズ』 - Making Movies (1980年)
- 『ラヴ・オーヴァー・ゴールド』 - Love Over Gold (1982年)
- 『アルケミィ〜ダイアー・ストレイツ・ライヴ』 - Alchemy, live (1984年) - CD化の際に Love over Gold を追加収録し、曲順変更も含む再編集。
- 『ブラザーズ・イン・アームス』 - Brothers in Arms (1985年) - LPとCDでは大幅にミックスが異なる。
- 『マネー・フォー・ナッシング』 - Money for Nothing, a compilation (1988年)- 国内盤では Solid Rock が追加収録されている。
- 『オン・エヴリ・ストリート』 - On Every Street (1991年)
- 『オン・ザ・ナイト』 - On The Night, live (1993年)
- 『ライヴ・アット・BBC』 - Live at the BBC (1995年)
- 『サルタンズ・オブ・スウィング~ベリー・ベスト・オブ・ダイアー・ストレイツ』 - Sultans of Swing: The Best of Dire Straits, a compilation
関連項目 [編集]
脚注 [編集]
- ^ Adele 21's outsells Michael Jackson's Thriller and Bad - 2012年6月19日閲覧