ジェフ・ポーカロ
| ジェフ・ポーカロ | |
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ジェフ・ポーカロ(1986年11月10日)
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| 基本情報 | |
| 出生名 | ジェフリー・トーマス・ポーカロ |
| 出生 | 1954年4月1日 |
| 死没 | 1992年8月5日(満38歳没) |
| ジャンル | ロック |
| 職業 | ドラマー, セッション・ミュージシャン |
| 担当楽器 | パーカッション |
| 活動期間 | 1970年代 – 1992年 |
| 共同作業者 | TOTO, ビージーズ, ソニー・アンド・チェア, ポール・マッカートニー, スティーリー・ダン, ドナルド・フェイゲン, ボニー・レイット, ダイアー・ストレイツ, マーク・ノップラー, デヴィッド・ギルモア, ボズ・スキャッグス, マイケル・ジャクソン, ロジャー・ウォーターズ, ポール・アンカ, エリック・クラプトン, ジョー・ウォルシュ, アース・ウィンド・アンド・ファイアー, バートン・カミングス, ブルース・スプリングスティーン, ヴァン・ヘイレン, その他大勢 |
ジェフ・ポーカロ(Jeffrey Thomas Porcaro、1954年4月1日-1992年8月5日)はアメリカのドラマー。売れっ子セッション・ミュージシャンとして数多くのレコーディングに参加し、TOTOのメンバーとしても成功を収めた。同じくTOTOのメンバーでもあるマイク・ポーカロ、スティーヴ・ポーカロの両名は実弟。
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[編集] 略歴
コネチカット州ハートフォード出身のイタリア系アメリカ人。父はジャズ・ドラマー、パーカッション奏者として著名なジョー・ポーカロ。7歳から父の教えでドラムを習い、10代の頃からセッション・ミュージシャンとして活動を始める。活動初期にスティーリー・ダンのツアーとレコーディングに参加したのをきっかけに注目を浴び、幅広い演奏スタイルでその実力を認められ、一躍売れっ子ドラマーとなった。参加したレコードは枚挙にいとまがない。そのため、日本人歌手の作品の幾つかでも、彼の仕事をジャンルを問わず聴くことが出来る。
1978年、共に売れっ子セッション・ミュージシャンとして活躍していたスティーヴ・ルカサー、デビッド・ペイチ、弟のスティーブらとTOTOを結成。TOTOの商業的な大成功により、ポーカロはその名声を一層高めた。
1992年8月5日、自宅の庭で殺虫剤を散布中にアレルギーで心臓発作を起こし、急死。38歳。 死因については諸説あり、麻薬中毒が原因なのではないかという説もある。
プロとしてのキャリアは20年余りにも拘らず参加作品は優に200作を超えるという超人的かつ超人気セッションドラマーで、スティーヴ・ルカサー曰く「ずっとジェフとやってきたから僕はメトロノームを使って練習する必要がなかった」と言わしめるほどのグルーヴマスターであった。
特に『Rosanna』における「ハーフタイム・シャッフル」と呼ばれるリズムパターンは、ジェフを語る上で1つの代名詞とも呼べる。
様々なドラマーを研究して自らのプレイに取り込む研究熱心さでも知られている。例えば、前述の「Rosanna」のリズムパターンは「スティーリー・ダンのアルバムでプレイしたバーナード・パーディの『ホーム・アット・ラスト』『バビロン・シスターズ』、レッド・ツェッペリンの『フール・イン・ザ・レイン』でジョン・ボーナムが叩いていたリズムパターンをミックスし、バスドラムのパターンにボ・ディドリーのリズム(いわゆる”ボ・ディドリー・ビート”)を取り入れた」と、ジェフ自身が教則ビデオの中で解説している。
1983年よりPearl社とエンドース契約していた。同社のラック・システムは、彼の発案により開発されたものである。
[編集] セッション履歴
[編集] 日本人アーティストとのセッション
- 他多数。
[編集] 外部リンク
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