ヴィニー・カリウタ

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ヴィニー・カリウタ
ヴィニー・カリウタ(2009年1月26日、ジェフ・ベックのメルボルン公演にて)
ヴィニー・カリウタ(2009年1月26日、ジェフ・ベックメルボルン公演にて)
基本情報
出生名 Vincent Colaiuta
出生 1956年2月5日
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ペンシルベニア州ブラウンズビル
ジャンル ジャズフュージョンファンクロックポップス
職業 ドラマー
担当楽器 ドラムス
活動期間 1978年 -
レーベル ストレッチ・レコード
共同作業者 フランク・ザッパジョニ・ミッチェルスティングジェフ・ベック
公式サイト www.vinniecolaiuta.com

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ヴィニー・カリウタ(Vinnie Colaiuta 、1956年2月5日 - )は、イタリア系アメリカ人ドラマー。本名はヴィンセント・カリウタ(Vincent Colaiuta)。ロサンゼルスを拠点に活動中。

来歴[編集]

ペンシルベニア州ブラウンズビル出身。子供のころからドラムセットで遊び、14歳の時に両親からフルセットを贈られ、本格的にドラマーを目指す道を歩み始めた。

ボストンバークリー音楽院で1年間学ぶ。この時代、当時ビッグバンドに所属していたドラマーのスティーヴ・スミスと出会っている。ヴィニーとスティーヴはゲーリー・チェイフィーの講義を懸命に受けたり、シンバルの叩法について夜遅くまで語り合うなど、熱心な学生だった。卒業後は住まいをロサンゼルスに移し、ラウンジのバンドなどで演奏しながら糧を得つつ経験を積んだ。1978年22歳の時にフランク・ザッパのオーデションを受け、その演奏の困難さでは悪名高い課題曲「The Black Page」を見事に演奏し合格した。かくしてヴィニーはメイン・ドラマーとしてザッパの公演やスタジオ録音での有力メンバーとなった。この時代、彼はザッパのアルバム3枚でドラムを叩いているが、どれもが驚くべき内容だと多くのドラマーが認め、特に『Joe's Garage』のそれは1993年の「Modern Drummer」誌においてドラム演奏ベスト25に選出される程のものだった。しかもフランクは、後年の自伝において、ヴィニーのプレイをバンド歴代ドラマーで最高のものと評価している。

フランク・ザッパの元から独立してからは、著名なロックやポップスのミュージシャンとの数多い仕事をこなす。例えば、ジノ・ヴァネリジョニ・ミッチェルバーブラ・ストライサンド、サンディ&ジュニアやチャカ・カーンなど、そのリストは多彩である。一方でジャズ界でも八面六臂の活躍を見せ、チック・コリアジミー・ハスリップクインシー・ジョーンズバディ・リッチのビッグ・バンドやビューエル・ナイトリンガーらとも共演している。2005年には、ポール・アンカのヒット・アルバム『Rock Swings』にも参加している。

1990年ヴィニーはスティングの募集に応じ、『ソウル・ケージ』発表後のライブ・ツアーに参加する。スティングのバンド加入はその後7年間に及び、レコーディングにはそれ以上の期間加わった。1996年にはスティングに帯同する形でEnglish Jamで演奏し、その模様はジョン・マクラフリンのアルバム『The Promise』に収められている。2003年、スティングの新作アルバム『Sacred Love』のセッションに参加した縁で同アルバムのプロモーションライブに出演したが、ワールド・ツアーへの誘いは断っている。

1994年には、自身の名を冠したソロ・アルバムを制作した。しかしながら、セッション・ミュージシャンとしての要請が相変わらず多く、また映画音楽の制作やテレビ、ラジオなどの音楽担当を数え切れず任されていることもあって、それ以後は発表されていない。

ヴィニーは、「Modern Drummer magazine」誌の読者投票で選出されるドラマー・オブ・ザ・イヤーに通算18度選ばれ、うち10回はBest Overallカテゴリーでの受賞を含んでいる。1996年には、現代ドラム奏者の殿堂入りし、今を生きる最も重要なドラマーと評された。

直近のヴィニーは、フェイス・ヒルのレコーディングやツアーへの参加、ジェフ・ベックの公演でバックを務める傍ら、数多いミュージシャンのセッションなど、相変わらず多忙なスケジュールをこなしている。

ディスコグラフィ[編集]

  • 1994年 Vinnie Colaiuta

主なセッション参加アルバム[編集]

外部リンク[編集]