ビリー・シャーウッド

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ビリー・シャーウッド
William Wyman Sherwood
基本情報
出生 1965年3月14日(49歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ネバダ州
ジャンル プログレッシブ・ロック
職業 マルチプレイヤー
担当楽器
ギター
ベース
キーボード
共同作業者 イエス
公式サイト Official website

ビリー・シャーウッドWilliam Wyman Sherwood1965年3月14日 - )は、アメリカ合衆国ネバダ州ラスベガス出身のベーシスト/ギタリスト/マルチプレイヤー

1980年代には、実兄のマイケル・シャーウッドとともにロジックというバンドで活動していた。ロジック解散後はガイ・アリソンとワールド・トレードを結成。ベースとボーカルを担当する。このバンドのセカンドアルバム「ユーフォリア」にはビリーが多大な影響を受けたクリス・スクワイアもベースやコーラスでゲスト参加。 1989年イエスを脱退したジョン・アンダーソンの後任のボーカリストの候補としてイエスと関わりを持ち、この時期にレコーディングされた曲Love Conquers Allがイエスのコンピレーション・アルバム「イエスイヤーズ」に収録されている。また、1991年、イエスの「結晶/ユニオン」の中の一曲The More We Love-let goエディ・オフォードと共同プロデューサーを担当している。イエスとともにステージを踏んだのは1994年のトークツアーで、ギター、ベース、キーボードを担当するサポートメンバーであった。1997年オープン・ユア・アイズではキーボード・プレイヤーとして、1999年発売の「ラダー」で本来のポジションであるギタリストとして参加。イエス在籍期間中は、(プレイヤーというよりは)作曲・アレンジ面で大きな貢献をするとともにステージではトレヴァー・ラビン時代の楽曲でリードギターを担当した。音楽性の相違にて、2000年3月の演奏ツアー後に脱退している。脱退後もクリス・スクワイアとアルバム制作をした他、2007年、アラン・ホワイトトニー・ケイジミー・ホーンサーカ(CIRCA:)およびそのスピン・オフ的なバンドYOSOを結成した。

一方、プログレ・バンドへのトリビュート・アルバムを多数、企画・制作している。

外部リンク[編集]