ブライアン・ウィルソン

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ブライアン・ウィルソン
ブライアン・ウィルソン(2007年)}
ブライアン・ウィルソン(2007年
基本情報
出生名 Brian Douglas Wilson
出生 1942年6月20日(72歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州イングルウッド
ジャンル サーフ・ミュージックロックバロック・ポップ
職業 ミュージシャンシンガーソングライター作曲家音楽プロデューサー編曲家
担当楽器 ヴォーカルベースピアノオルガンキーボードシンセサイザーメロトロンクラヴィネットヴァイオリンサクソフォーンパーカッションギターモーグ・シンセサイザー
活動期間 1961年 -
レーベル キャピトル・レコード, ブラザー・レコード, リプリーズ・レコード, カリブー・レコードサイアー・レコードMCAレコードジャイアント・レコードライノ・レコードノンサッチ・レコードアリスタ・レコード,ディズニー・レコード
共同作業者 ザ・ビーチ・ボーイズ
公式サイト BrianWilson.com
著名使用楽器
フェンダー・プレシジョンベース
ボールドウィン・HT2R シアターオルガン

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ブライアン・ダグラス・ウィルソン(Brian Douglas Wilson、1942年6月20日 - )は、アメリカミュージシャン

ザ・ビーチ・ボーイズの元リーダーにしてボーカル、ベース担当。メンバーのデニスカールは実の兄弟であり、それぞれ次弟、末弟にあたる。マイク・ラヴは従兄、アル・ジャーディンは高校・大学の同窓生である。また、実娘のカーニーウェンディは、ウィルソン・フィリップスとして活動している。

概要[編集]

卓越した作曲と編曲能力、さらには美しいファルセットまでも併せ持つ彼は、1961年のビーチ・ボーイズのデビュー以来、数々の楽曲を次々と作曲し、当時は珍しかったセルフプロデュースの手法により世に送り出すことで、同バンドを名実ともに全米一のロックンロールバンドの地位まで引き上げた。

「サーファー・ガール」「ファン・ファン・ファン」「アイ・ゲット・アラウンド」など、ロックンロールのリズムにコーラスワークを多用した彼のオリジナリティ溢れる楽曲群は、現代に至るまで多くの人々に親しまれ続けている。

ベーシストとしては、フェンダー・プレシジョンベースを45度に構えて親指でピッキングする独特のスタイルと、そのスタイルに由来する丸く温かみのあるサウンドが特徴であった。

ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第52位。

来歴[編集]

1942年にカリフォルニア州イングルウッドに生まれ、2歳の時にホーソーンへと移住する。1961年にデニス、カールと知り合ったマイク、アルと共にビーチ・ボーイズを結成し、作曲の殆どを担当する。

ステージ活動と創作活動の両方をこなさなければならないプレッシャーから、1964年末よりビーチ・ボーイズのライヴ活動から離脱し、多少のTV出演以外は作曲、レコーディング活動に専念するようになる。以後、それまでも起用していたスタジオ・ミュージシャンの比率をより高め、プロデューサー兼アレンジャーとして、ロックンロールの枠に囚われない音楽性を追求する。特にベースにおいては、スタジオ・ミュージシャンを起用することで、自身のテクニック以上の演奏が可能になったため、ルート音(根音)を意識的に外したメロディアスなベース・ラインなど、それまでの常識を打ち破る演奏を残し、ビートルズポール・マッカートニーなどにも影響を与えている。

1966年には、傑作『ペット・サウンズ』を制作し、同年シングル盤『グッド・ヴァイブレーション』の大ヒットで、その天才的な音楽的才能を世に知らしめた。同時に、ブライアンのLSDなどへの薬物依存が増しており、音楽性にも大きな変化をもたらした。渾身の作だった『ペット・サウンズ』がその難解さから当時のファンに歓迎されなかったことや、次作の『スマイル』の制作が頓挫したことなどをきっかけに次第に精神に異常を来たす。スタジオに火を放とうとしたり、スタジオを訪問したキャピトル・レコードの重役夫人を悪魔呼ばわりしたり、レコーディング中に消防士の格好をするなどの奇行に走るようになる。

その後は自宅に引き篭って酒やドラッグ、過食におぼれ肥満化、自堕落な生活に浸り、バンドの活動にもあまり関わらなくなってしまうなど、彼の音楽キャリアは20年近く低迷の一途を辿る(『ペット・サウンズ』を絶賛していたポール・マッカートニーが自宅を訪れた際、家のロッカーに隠れていたというのは、当時の有名なエピソードである)。

しかし関係者の尽力が実り、1988年、初のソロ・アルバム『ブライアン・ウィルソン』で完全復活を果たした。その後は、たまにビーチ・ボーイズに参加しつつもソロ主体で活動を続けるものの、弟カール死後の1999年以降、分裂状態のビーチ・ボーイズと袂を頒ち、彼自身の名を冠したバンドを率いて精力的にライヴを行うなど、過去を取り戻すかのように積極的な音楽活動を展開している。

2000年2002年には『ペット・サウンズ』全曲演奏を含むワールド・ツアーを行い、2002年にはイギリスエリザベス女王在位50周年の記念イヴェントであるコンサートにアメリカを代表するゲストとして参加するなど、彼のソロ・ライヴ活動は次第にステップアップしていった。そのソロ活動の極みとして、2004年にはヴァン・ダイク・パークスやバンドメンバーのダリアン・サハナジャワンダーミンツ)の協力の下、37年の年月を経てついに『スマイル』を完成させてステージで披露、後にスタジオ録音盤CDとLPを発表し、ファンを狂喜させた。2008年9月には、ビーチ・ボーイズ時代に在籍したキャピトル・レコードと契約し、故郷カリフォルニアや自身の音楽活動経歴をテーマとしたトータル・コンセプト・アルバム『ラッキー・オールド・サン』を発表。

2009年10月8日ウォルト・ディズニー・レコードに移籍し、ジョージ・ガーシュインディズニー音楽のトリビュート・アルバムを発表する予定であることを公表。2010年8月に発表されたガーシュインのトリビュート・アルバム『Reimagines Gershwin』は、米ビルボード誌のジャズ・アルバム・チャートで1位を獲得した。翌年10月にディズニー音楽をカヴァーしたアルバム『In The Key Of Disney』を発表。

2012年にはビーチ・ボーイズのデビュー50周年再集結プロジェクトに加わり、レコーディングと4月から9月までのワールド・ツアーに参加した。サポート・メンバーの多くはブライアンのバンドより選ばれた。

補聴器も役に立たないほど、右耳が不自由である。本人は一時期、父親マリーにひどく殴られたためだと言っていたが、それは統合失調症による被害妄想から出た言い分らしく、近年になって、先天性の聴神経障害のせいだと発言している。いずれにせよ、そのためにステレオを聴き取ることができず、また当時のステレオ技術に不信感を持っていたため、60年代にはモノ・ミックスにこだわりを持ち、1965-1967年に発表した楽曲のトゥルー・ステレオ・ミックスを一切制作しなかった。しかし近年はそのこだわりも薄れ、後年他のエンジニアによってステレオ・ミックスが作られた曲については、積極的にベスト盤などへの収録許可を出している。

ディスコグラフィー[編集]

アルバム[編集]

シングル[編集]

  • Caroline, No / Summer Means New Love - Capitol Records 1966
  • Let's Go to Heaven in My Car / Too Much Sugar - Sire Records, 1987
  • Love and Mercy / He Couldn't Get His Poor Old Body to Move - Sire Records, 1988
  • Melt Away / Being With the One You Love - Sire Records, 1988
  • Night Time (single edit) / Night Time - Sire Records, 1988
  • Do It Again / 'Til I Die / This Song Wants to Sleep With You Tonight - MCA Records(EC), 1995
  • Your Imagination / Your Imagination (A-Cappella) - Giant Records, 1998
  • Walking Down the Path of Life / Love & Mercy - BriMel Records, 2005

日本公演[編集]

ビーチ・ボーイズの一員としては1979年8月に初来日し、4・5日の江ノ島JAPAN JAMに出演しているが、ステージ上には姿を見せたものの、「スループ・ジョン・B」のリード・ヴォーカルの一部を担当したのみで、演奏にはほとんど参加していない、本人もこの来日公演の記憶が無いほどである。

以下はビーチ・ボーイズ分裂後、ソロ来日公演の日程である。

7月9日 大阪フェスティバルホール、12日,13日,14日 東京国際フォーラムホールA
2月21日,22日 東京国際フォーラムホールA、25日 愛知県芸術劇場大ホール、26日 福岡サンパレス、27日 NHK大阪ホール
1月30日 中野サンプラザ、31日 東京国際フォーラムホールA、2月2日 愛知厚生年金会館、3日 大阪厚生年金会館

脚注[編集]

外部リンク[編集]