ディミトリ・ティオムキン

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ディミトリー・ティオムキン
Dimitri Tiomkin
基本情報
出生名 Dimitri Zinovievich Tiomkin
出生 1895年5月10日
ロシア帝国の旗 ロシア帝国(現: ウクライナの旗 ウクライナクレメンチューク
死没 1979年11月11日(満84歳没)
イングランドの旗 イングランド ロンドン

ディミトリー・ティオムキンDimitri Tiomkin, 本名: Dimitri Zinovievich Tiomkin, 1895年5月10日 - 1979年11月11日)は、映画音楽作曲家指揮者マックス・スタイナーミクロス・ロージャフランツ・ワックスマンとならぶハリウッド映画の作曲家。

生涯[編集]

ロシア帝国ウクライナクレメンチュークで生まれ、ロシアサンクトペテルブルク音楽院で教育を受ける。1925年アメリカに移住し、1937年に市民権を取得する。

彼は東欧の音楽の影響を受けていたが、フランク・キャプラ監督の『失われた地平線』(1937年)、『我が家の楽園』(1938年)、『スミス都へ行く』(1939年)、『素晴らしき哉、人生!』(1946年)のような典型的なアメリカ映画の音楽を作曲することができた。

代表作にアカデミー作曲賞アカデミー歌曲賞を受賞したフレッド・ジンネマン監督の『真昼の決闘』(1952年)がある。ジョン・ウェイン主演の『紅の翼』(1954年)でも再びアカデミー作曲賞を受賞した。

その後もクラシック音楽に基づいた映画音楽を作曲する。『ジャイアンツ』(1956年)、『友情ある説得』(1956年)、『OK牧場の決斗』(1957年)、『リオ・ブラボー』(1959年)、『アラモ』(1960年)、『非情の町』(1961年)『北京の55日』(1963年)、『ローマ帝国の滅亡』(1964年)などである。

映画のみならず『ローハイド』(1959年)のようなテレビ番組でも印象的なテーマ音楽を残している。テレビ番組『ワイルド・ワイルド・ウェスト』ではテーマ音楽を書いたが、彼のテーマはロバート・マーコウィッツ監督とともにプロデューサーに拒否されることとなった。

1979年ロンドンで没。カリフォルニア州グレンデルのフォレストローン共同墓地に埋葬された。

主な担当作品[編集]

受賞歴[編集]

アカデミー賞[編集]

受賞
1953年 アカデミードラマ・コメディ音楽賞アカデミー歌曲賞(Do Not Forsake Me, Oh, My Darlin) ※作曲:『真昼の決闘
1955年 アカデミードラマ・コメディ音楽賞:『紅の翼
1959年 アカデミードラマ・コメディ映画音楽賞:『老人と海
ノミネート
1940年 アカデミー音楽賞:『スミス都へ行く
1943年 アカデミードラマ音楽賞:『コルシカの兄弟
1944年 アカデミードラマ音楽賞:『月と六ペンス
1945年 アカデミードラマ音楽賞:『情怨の谷
1950年 アカデミードラマ・コメディ音楽賞:『チャンピオン
1955年 アカデミー歌曲賞(The High and the Mighty) ※作曲:『紅の翼』
1957年 アカデミー劇・喜劇映画音楽賞:『ジャイアンツ
1957年 アカデミー歌曲賞 (Thee I Love) ※作曲:『友情ある説得
1958年 アカデミー歌曲賞 (Wild Is the Wind) ※作曲:『野性の息吹き
1960年 アカデミー歌曲賞 (Strange Are the Ways of Love)※作曲:『The Young Land
1961年 アカデミードラマ・コメディ映画音楽賞、アカデミー歌曲賞 (The Green Leaves of Summer)※作曲:『アラモ
1962年 アカデミードラマ・コメディ映画音楽賞:『ナバロンの要塞
1962年 アカデミー歌曲賞 (Town Without Pity)※作曲:『非情の町
1964年 アカデミー作曲賞、アカデミー歌曲賞 (So Little Time)※作曲:『北京の55日
1965年 アカデミー作曲賞:『ローマ帝国の滅亡
1972年 アカデミー音楽賞:『チャイコフスキー

ゴールデングローブ賞[編集]

受賞
1953年 作曲賞:『真昼の決闘
1955年 特別賞
1961年 作曲賞:『アラモ
1962年 作曲賞:『ナバロンの要塞
1962年 主題歌賞(Town Without Pity) ※作曲:『非情の町
1965年 作曲賞:『ローマ帝国の滅亡
1965年 主題歌賞(Circus World) ※作曲:『サーカスの世界
ノミネート
1952年 作曲賞:『井戸

外部リンク[編集]