北京の55日

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
北京の55日
55 Days at Peking
監督 ニコラス・レイ
脚本 フィリップ・ヨーダン
バーナード・ゴードン
ロバート・ハマー
ベン・バーツマン
製作 サミュエル・ブロンストン
出演者 チャールトン・ヘストン
エヴァ・ガードナー
デヴィッド・ニーヴン
伊丹十三
音楽 ディミトリ・ティオムキン
撮影 ジャック・ヒルデヤード
編集 ロバート・ローレンス
配給 アライド・アーチスツ
公開 アメリカ合衆国の旗 1963年5月29日
日本の旗 1963年10月19日
上映時間 150分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
製作費 US $17,000,000
テンプレートを表示

北京の55日』(ペキンのごじゅうごにち、英語: 55 Days at Peking)は、1963年に製作・公開されたアメリカ合衆国の映画義和団の乱に遭遇した北京の外国人居留区の55日間を描く。

解説[編集]

清王朝阿片戦争以来、欧米列強(後には日本も加わる)によって半植民地化されていた。1900年、中国(当時は清王朝の末期)では大規模な宗教団体である義和団が暴力による外国勢力排斥の行動を起こし、北京の外国人居留区に押し寄せ、包囲した。

この時にアメリカ海兵隊のルイス少佐に指揮される居留区の外国人が、500名の兵力によって女性や子供を守りながら、欧米や日本の軍からなる救援部隊が到着するまでの55日間の籠城戦を戦った姿を描いている。

スタッフ[編集]

キャスト[編集]

その他吹替:池田忠夫富田耕生千葉順二寄山弘細井重之木原正二郎塩見竜介石井敏郎国坂伸矢田稔北村弘一村松康雄水島晋納谷六朗加藤治槐柳二瀬能礼子野本礼三谷口真由美緑川稔浅井淑子河野たみ

テレビ初放映日:1971年4月4日 NETテレビ 「日曜洋画劇場

楽曲[編集]

劇中、主題歌として登場する“55 DAYS AT PEKING”は、ブラザーズ・フォアによる英語版が日本でも販売された他、克美しげるが歌うカバー曲も製作された。歌詞は原曲に忠実だが、「さらに加えて精鋭日本」などの脚色された歌詞もある。シングルレコード「エイトマン」のB面に収録されている。

史実との相違[編集]

アメリカ映画であるため欧米人側から描かれ、アメリカ人ルイス少佐を中心とした西洋人の活躍が目立つ内容だが、実際の義和団の乱鎮圧においては、距離的に近かった日本ロシアが主力となった[1]。また、作品中では義和団は悪役として設定されているが、現在の中国では、欧米の帝国主義的侵略に対抗した義民として肯定的に評価されている[2]。また義和団が掲げる旗印が当時の「扶清滅洋」ではなく「京都」になっているなど、考証が不充分な場面が含まれる。

エピソード[編集]

  • 撮影はスペインで行われたが、数千名の中国人を出演させるため、映画会社はスペイン全土から中国人を集めたという。またチャイニーズレストランで働く中国人が多かったため、撮影期間中の数ヶ月は、スペインのチャイニーズレストランがほとんど閉店したという話が残っている。
  • この映画は、欧米人を善、中国人を悪とし、欧米側が中国側を打ち破る内容となっているところから、香港では1980年代後半まで上映が禁止されていた。[要出典]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 事件が起きた時、イギリスは南ア戦争で、アメリカはフィリピンでの反乱鎮圧で兵力を割かれており、地理的にも近い日本とロシアが乱鎮圧に必要な兵力の供給源となった。
  2. ^ 『原色現代新百科事典』 学習研究社 による。

外部リンク[編集]