ベン・ハー (1959年の映画)

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ベン・ハー
Ben-Hur
監督 ウィリアム・ワイラー
脚本 カール・タンバーグ
マクスウェル・アンダーソン(表記なし)
クリストファー・フライ
ゴア・ヴィダル(表記なし)
S・N・バーマン(表記なし)
原作 ルー・ウォーレス
製作 サム・ジンバリスト
ウィリアム・ワイラー(表記なし)
出演者 チャールトン・ヘストン
スティーヴン・ボイド
音楽 ミクロス・ローザ
撮影 ロバート・L・サーティーズ
編集 ジョン・D・ダニング
ラルフ・E・ウィンタース
製作会社 MGM
配給 MGM
公開 アメリカ合衆国の旗 1959年11月18日
日本の旗 1960年3月30日
上映時間 212分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
製作費 $15,000,000[1](概算)
興行収入 $74,000,000[1]
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ベン・ハー』(Ben-Hur)は、1959年制作のアメリカ映画ルー・ウォーレスによる小説『ベン・ハー』の3度目の映画化作品である。ウィリアム・ワイラー監督作品。

概要[編集]

主人公ベン・ハーを演じたチャールトン・ヘストン、メッサーラを演じたスティーヴン・ボイドたちの名声を一気に高めた作品ともなった。もともとベン・ハー役はポール・ニューマンバート・ランカスターロック・ハドソンなどにオファーされたが諸事情からヘストンに役が回ってきた。ニューマンは「スクリーンに堪えうる下半身じゃない」という理由で出演を断った。

1959年11月18日にプレミア公開され212分の大作ながら全米公開後、瞬く間にヒットとなった。同様に全世界でも公開されてヒットした。54億円もの制作費が投入されたが、この映画1本で倒産寸前だったMGMを一気に立て直すことができた。

撮影に使われたのは『愛情の花咲く樹』と同じ70mm映画用カメラ“MGMカメラ65”。これに左右幅を4/5に圧縮するパナビジョン社製アナモフィックレンズを取り付けアスペクト比 1:2.76を得ている。同方式は数年後パナビジョン社があらためて「ウルトラ・パナビジョン70」として採用した。なお撮影の多くはイタリアローマにある大規模映画スタジオである「チネチッタ」で行われた。撮影では戦車がカメラに突っ込み大破する事故もあった。またカエサルに対してのローマ式敬礼が描かれた。

序章でミケランジェロフレスコ画アダムの創造』が効果的に使用されている。

同年アカデミー賞にて11部門を獲得。この記録は『タイタニック』(1997年)、『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』(2003年)がタイ記録を樹立するも破られていない。異なるのは『ベン・ハー』では演技部門でも2つ受賞しているのに対し、後者2作は視覚効果や音響など技術部門で多数受賞しつつも演技部門受賞ではいずれも受賞を逃している点である。

日本での一般公開は1960年4月1日だが、これに先立ち同年3月30日にはテアトル東京でチャリティ上映が行われた。このとき昭和天皇香淳皇后が招かれ、日本映画史上初の天覧上映となった。ヘストン夫妻もこの場に立ち会っている[2]

オリジナル・サウンドトラック盤は映画本編の演奏と異なるカルロ・サヴィーナ指揮ローマ交響楽団の演奏によるレコードが長年公式盤とされ作曲者のミクロス・ローザも数回再録音を行ったが、1996年にローザ自身の指揮による本編の音楽と未採用音源が収録された2枚組CDセットが(当時MGM作品の配給を行っていた)Turnerから発売。同音源から選抜されたCD1枚の日本語版も1999年に発売されている。

テレビ放映を前提に画面両端がスタンダードサイズにトリミングされていた80年代以前は問題にならなかったが、90年代に入りソフト化(主としてレーザーディスク)がノートリミングで行われるようになると画面端が褐色に変色する状態が顕在化する事になった。フィルムの損傷や劣化は公開50年を記念したブルーレイのデジタル修復(4K解像度,2009年)で改善されている。

黒澤明は、「『赤ひげ』なんてベン・ハーの1カットにも及ばない」とコメントしている。

あらすじ[編集]

時は紀元前四年頃――キリストの生まれた年――ユダヤの地は既に一世紀もローマの掌中にあった。天下を制していたシーザー・アウグストゥスにより、イスラエルの民に住民登録せよの命が下った。皇帝の手綱にくくり付けられた悲しみに澱む人々ではあったが、計り知れぬ古より受け継がれてきた不屈の信仰心を堂々と燃え上がらせていた。彼らの中より一人、完全なる自由と救いをもたらすメシアが生まれる日は必ずや来ると告げた預言者達の言葉が、心の中で強く息づいていた。平和な星の海の中にただ一つ、奇跡が起こった。まばゆいばかりの星影がベツレヘムの小屋に投げかけられ、遂に救世主が誕生した。しかし、イスラエルは長年待ち望んでいた予言の成就を見逃してしまった。

世界最大の奇跡が舞い降りてから数年が過ぎ去った。貴公子ジュダ・ベン・ハーは、旧友メッサラがローマから部隊を引き連れてアントニアの要塞に到着したことを知った。彼は喜びと期待に胸を膨らませて、城の門を潜った。だが、友情を確かめ合ったのも束の間、メッサラは支配者の毒を浴びていたことに気づく。反逆は悪あがきに過ぎん、この世にはただ一つの真実しかない。すなわちローマだ!愚かな望みは捨て、ローマの治安を乱す者の処罰に協力しろといわれたベン・ハーは、「同郷人を裏切ることはできん」と言って、かたく断った。昨日の友は今日の敵だった。ローマから新総督が派遣され、住民の静かなる憎悪の出迎えを受ける中、ベン・ハーの家の瓦が崩れ、新総督が傷を負う。反逆罪に問われたベン・ハーは母、妹もろとも独房に監禁される。仇敵メッサラは次のような言葉を投げつけて、彼を操舵者としてガレー船に送り込む。「お前の助力を感謝している。お前を見せしめにして、反乱を防ぐ。躊躇なく友を罰する司令官を前に民は震駭するだろうて」

しかし天は、嘆きの後には必ず大いなる平和をもたらしてくれるもので、喘ぎ苦しむ若者の為にも今まで乗り越えてきた苦境に見合うだけの深い満足を用意していた。栄光をはぎとられ、悲運の渦に投げ込まれた亡者に成り下がり、忌々しい陽光と砂の燃え滾る舌のさらし者として、絶え間なく鞭打たれた。総督の襲撃者として悪しき眼で見られ、水を強請っても消耗した力と生命を与える者はないと思われた。「主よ!我を救い給え」そのつぶやきに答えるように、神の影が彼を抱擁し、天の恵みがその身に垂れた。一杯の水によって、消え去らんとしていた生命は蘇った。

かくて神の摂理により、ベン・ハーは必ずや喜びをつかみとると誓って、立ち上がったのである。ナザレ村で水を与えてくれた命の恩人――イエス・キリスト――の平和ならしむる顔を胸に抱きながら。

スタッフ[編集]

キャスト[編集]

役名 俳優 日本語吹き替え
フジテレビ版 テレビ朝日版 日本テレビ旧版 日本テレビ新版 テレビ東京版
ジュダ=ベン・ハー チャールトン・ヘストン 納谷悟朗 石田太郎 玄田哲章 磯部勉
メッサーラ スティーヴン・ボイド 羽佐間道夫 ささきいさお 大塚芳忠 山路和弘
クインタス・アリウス ジャック・ホーキンス 島宇志夫 鈴木瑞穂 内田稔 渡部猛 稲垣隆史
エスター ハイヤ・ハラリート 鈴木弘子 武藤礼子 松岡洋子 日野由利加
族長イルデリム ヒュー・グリフィス 相模太郎 内海賢二 たてかべ和也 内海賢二
ミリアム マーサ・スコット 寺島信子 中西妙子 谷育子 吉野佳子
ティルザ キャシー・オドネル 塚原恵美子 小山茉美 勝生真沙子 幸田夏穂
ポンティウス・ピラトゥス フランク・スリング 小林清志 家弓家正 小林修 佐古正人
世古陽丸
サイモニデス サム・ジャッフェ 松村彦次郎 矢田稔 宮内幸平 大木民夫
バルサザー フィンレイ・カリー 宮川洋一 金内喜久夫 小林勝彦
小島敏彦
ドルーサス テレンス・ロングドン 富山敬 諸角憲一
セクスタス アンドレ・モレル 大木民夫 廣田行生
フレビア マリナ・ベルティ
ローマ人 ジュリアーノ・ジェンマ
イエス・キリスト クロード・ヒーター
ナレーション - 小林清志 矢島正明 小林修
フジテレビ前後編:1974年4月5日4月12日ゴールデン洋画劇場
テレビ朝日前後編:1981年5月10日5月17日日曜洋画劇場
日本テレビ旧版:1979年4月25日5月2日水曜ロードショー
日本テレビ新版:1990年6月15日22日金曜ロードショー
テレビ東京版(DVD・BD収録):2000年3月30日4月6日木曜洋画劇場

※2013年4月5日にBSジャパンの「金曜名画座」で放映される際に、初回放送時にカットされた箇所を同一声優で追加録音される。その際、故人である佐古正人小林勝彦の追加録音分は世古陽丸小島敏彦が担当する。

※また、長年チャールトン・ヘストンの吹き替えを務めてきた納谷悟朗は吹き替えのキャリアにおいてベン・ハーを思い入れの深い作品の一つとしてあげている。

受賞[編集]

脚本のクレジット問題[編集]

脚本のクレジットは映画ではカール・タンバーグ1人になっているが、実は彼とクリストファー・フライゴア・ヴィダルマクスウェル・アンダーソンS・N・バーマンの5人で執筆したものである。ヴィダルはMGMが契約を2年残して彼を自由にするという条件で、フライと共に脚本を再執筆することに合意したのだが、プロデューサーのサム・ジンバリストが死去したことで、クレジットの問題が複雑化してしまう。そこで全米脚本家組合は『ベン・ハー』の脚本のクレジットをタンバーグのみとし、ヴィダルとフライの両名をクレジットしないことで問題を解決した。

これについて、『ベン・ハー』の主演俳優チャールトン・ヘストンは、ヴィダルが執筆したと主張する(注意深く慎重に隠された)同性愛の場面に満足せず、ヴィダルが脚本に大きく関与したことを否定した[3]。しかし、『映画秘宝』が2011年にヴィダルに行ったインタビューによれば、ヴィダルは脚本を盗まれてコピーされ、ノンクレジットにされたため、裁判沙汰に持ち込んだと主張している[4]

脚注[編集]

  1. ^ a b Ben-Hur (1959)” (英語). Box Office Mojo. 2011年6月2日閲覧。
  2. ^ ヘラルドポニーレーザーディスク1989年発売)の解説文より。この解説文を書いた日野康一は当時MGM東京支社の宣伝担当だった。
  3. ^ [1]
  4. ^ [2]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]