わが命つきるとも

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
わが命つきるとも
A Man for All Seasons
監督 フレッド・ジンネマン
脚本 ロバート・ボルト
原作 ロバート・ボルト
製作 フレッド・ジンネマン
製作総指揮 ウィリアム・N・グラフ
出演者 ポール・スコフィールド
スザンナ・ヨーク
ロバート・ショウ
オーソン・ウェルズ
音楽 ジョルジュ・ドルリュー
撮影 テッド・ムーア
編集 ラルフ・ケムプレン
配給 コロンビア映画
公開 アメリカ合衆国の旗 1967年12月12日
日本の旗 1967年7月1日
上映時間 120分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
製作費 200万ドル
興行収入 1275万ドル アメリカ合衆国の旗
テンプレートを表示

わが命つきるとも』(A Man for All Seasons)は、1966年イギリスの映画作品

第39回アカデミー賞では8部門にノミネートされ、うち6部門を獲得した。

概要[編集]

この作品はロバート・ボルト自作の戯曲を自ら映画用脚本に書き改めたものである。

権力をめぐる醜い陰謀と、信仰に命を懸ける人格者の生き様を見事に描いた史劇大作。イングランド国王ヘンリー8世の時代、信念を貫き通し死罪となったトマス・モアの姿を描きつつ、人間の生きる価値とは何か、と言う問題を追究しているとともに、テーマが米国で実際にあった赤狩りを彷彿させ、また信条を貫くとはどういうことか、という人生の根源の問題にもアプローチしている。

しっかりした演技力の持ち主が火花を散らして渡り合っており、当時の風俗、環境描写も実に丹念に描き込まれていた感がある。

ストーリー[編集]

1528年、イングランド国王ヘンリー8世ロバート・ショウ)は宮廷の女官アン・ブーリンヴァネッサ・レッドグレイヴ)に恋をし、王妃キャサリンとの離婚を一心に望んでいた。しかし、当時はカトリックが国教であり、離婚は不可能でローマ法王の許しが必要である。法王に対して国王の離婚を弁護できるのは、広いイギリスにひとりトマス・モア卿(ポール・スコフィールド)だけであった。ユートピアを夢見た偉大な文学者としても有名な彼は、深い教養と厚い信仰心がゆえにヨーロッパの人々から尊敬と信頼を寄せられていた。

宗教界の実力者ウルジー枢機卿オーソン・ウェルズ)はモアを呼び出し、大法官秘書のトマス・クロムウェル(レオ・マッカーン)を介して王の離婚を法王が承認するようにとりなしてくれるように依頼した。だが、モアはこれを拒絶し、枢機卿の怒りを買ってしまう。国王は法王から離脱、強引に離婚を成立させてアンと結婚する。

やがてウルジーは他界、いまやモアは大法官の地位についており、王に忠誠こそ誓ったが離婚には決して賛成しなかった。しかし、策士クロムウェルが権謀術数を弄し始める一方で、王はついに怒り心頭に発しローマ法王への忠誠を破り、自らの主義を捨てようとしないモアに死刑を宣告。孤立無援の状況下で反逆罪に問われ、弟子にさえ裏切られたモアは、信念を貫き通して、刑場の露に消えていく。

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

主な受賞歴[編集]

アカデミー賞[編集]

受賞
アカデミー作品賞:フレッド・ジンネマン
アカデミー監督賞:フレッド・ジンネマン
アカデミー主演男優賞:ポール・スコフィールド[1]
アカデミー脚色賞:ロバート・ボルト
アカデミー撮影賞 (カラー部門):デッド・ムーア
アカデミー衣裳デザイン賞 (カラー部門):エリザベス・ハッフェンデンジョーン・ブリッジ
ノミネート
アカデミー助演男優賞:ロバート・ショウ
アカデミー助演女優賞:ウェンディ・ヒラー

英国アカデミー賞[編集]

受賞
総合作品賞:フレッド・ジンネマン
監督賞:フレッド・ジンネマン
最優秀英国男優賞:ポール・スコフィールド
脚本賞:ロバート・ボルト
撮影賞 (カラー部門):デッド・ムーア
美術賞 (カラー部門):ジョン・ボックス
衣裳デザイン賞:エリザベス・ハッフェンデン、ジョーン・ブリッジ

ゴールデングローブ賞[編集]

受賞
作品賞 (ドラマ部門)
監督賞:フレッド・ジンネマン
主演男優賞 (ドラマ部門):ポール・スコフィールド
脚本賞:ロバート・ボルト
ノミネート
助演男優賞:ロバート・ショウ

ニューヨーク映画批評家協会賞[編集]

受賞
作品賞
監督賞:フレッド・ジンネマン
主演男優賞:ポール・スコフィールド
脚本賞:ロバート・ボルト

ナショナル・ボード・オブ・レビュー[編集]

受賞
作品賞
監督賞:フレッド・ジンネマン
男優賞:ポール・スコフィールド
助演男優賞:ロバート・ショウ
トップ10作品

脚注[編集]

  • 最初はトーマス・モアの娘マーガレット・モアを演ずる予定だったヴァネッサ・レッドグレイヴだったが、「ミス・ブロディの青春」の主役が舞い込み、急遽スザンナ・ヨークに変更した。しかしその後アン・ブーリンとヘンリー8世との結婚披露の場面を撮影することとなり、アン・ブーリン役の女優を探したがこれぞと思う女優を探し当てることが出来ず、困ったジンネマン監督はヴァネッサ・レッドグレイヴに1日だけの仕事を依頼して、彼女はスクリーンクレジットをしない(名前を字幕に入れない)、サラリーは要らないの2条件で出演した。したがって映画の字幕には彼女の名前はない。[2]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ ただし、スコフィールド本人はこの第39回アカデミー賞の式典に出席しておらず、代理人として共演者でもあるウェンディ・ヒラーが受賞している。
  2. ^ フレッド・ジンネマン著「フレッド・ジンネマン自伝」 312P 北島明弘訳 キネマ旬報社 1993年10月発行

外部リンク[編集]