市民ケーン

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市民ケーン
Citizen Kane
監督 オーソン・ウェルズ
脚本 ハーマン・J・マンキーウィッツ
オーソン・ウェルズ
製作 オーソン・ウェルズ
出演者 オーソン・ウェルズ
ジョゼフ・コットン
ドロシー・カミンゴア
音楽 バーナード・ハーマン
撮影 グレッグ・トーランド
編集 ロバート・ワイズ
配給 RKO
公開 アメリカ合衆国の旗 1941年5月1日
日本の旗 1966年6月4日
上映時間 119分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
製作費 68万ドル(当時)
興行収入 50万ドル(全米)
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市民ケーン』(Citizen Kane)は、1941年RKOが製作・公開したアメリカ映画。当時25歳だったオーソン・ウェルズの処女作であり、自ら製作・脚本・主演を務めた。

概要[編集]

1938年10月30日に、H・G・ウェルズのSF小説『宇宙戦争』を翻案したラジオドラマ『火星人襲来』を手掛けたオーソン・ウェルズは、ドラマの中でフィクションの火星人襲来のニュースを挿入して、全米をパニックにさせて話題になっていた。そのウェルズの才能に目を向けたのが、当時経営難に遭っていたRKOであった。ウェルズは10万ドルの報酬と、製作・脚本・監督・主演俳優の決定権を委ねるという破格の待遇でRKOと契約を結んだ。ウェルズは最初の監督作品としてジョセフ・コンラッド原作の『闇の奥』の映画化に取り掛かるが、全編一人称カメラで撮影するという技術が難しいという理由で製作が中止された[1]。その次に手掛けたのが『市民ケーン』である。この作品はハーマン・J・マンキーウィッツが書いた実在の新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルにした構想を採用して、マンキーウィッツが脚本を書き、ウェルズとともに改訂を繰り返してシナリオを完成させた。

ウェルズは自らが主宰する劇団・マーキュリー劇団の俳優であるジョゼフ・コットンらを主要キャストに起用。音楽はウェルズのラジオドラマでも音楽を手掛けていたバーナード・ハーマンが、撮影は『嵐が丘』(1939年)でパンフォーカスの技法を実験的に試んでいたグレッグ・トーランドが担当し、編集はロバート・ワイズが務めた。ウェルズ本人は監督・脚本だけでなく製作・主演も行った。

物語はウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルにした新聞王・ケーンが最期に残した言葉「バラのつぼみ(ローズバッド)」の謎を探るために新聞記者がケーンの過去を知る人々を取材していくうちに、ケーンの孤独で波乱な生涯が浮かび上がっていくというものだが、ハーストはこの内容が自分と愛人であるマリオン・デイヴィスを侮辱していると考え、映画の公開を阻止するために様々な妨害を行った。行う。まず、ハースト系の新聞が作品を批判し、やがてウェルズ本人を批判し始め、「彼の舞台やドラマは共産主義的である」などと書きたてるようになった。さらにハーストの報復を恐れたMGMの重役はRKOにネガやフィルムを焼却させることを薦めたという。批評家や劇場も買収し、これによりハーストを恐れて上映を禁止する劇場も続出してしまった。

作品は1941年5月1日に封切られ、当時は批評家から高い評価を受けるも、妨害工作の影響で興業的には大失敗してしまう。

ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞で年間最優秀作品賞を、第7回ニューヨーク映画批評家協会賞で作品賞を受賞するも、アカデミー賞では作品賞を含む9部門にノミネートされながら、脚本賞のみの受賞となり、授賞式では作品名が読み上げられてただけでブーイングが起こる始末であった。

しかし、過去と現在を交錯して描くという斬新な構成や、トーランドの撮影によるディープフォーカスの使用、ワンシーン・ワンショット撮影、広角レンズ・ローアングルの多用、極端なクローズアップなど、画期的な表現技術・撮影技術が駆使され、公開当時はその技術が革新的すぎるといわれたものの、映画史上最大の傑作として現在に至るまで非常に高い評価を得ている。

1989年アメリカ国立フィルム登録簿に登録された。

ランキング[編集]

以下は日本でのランキング

  • 1980年:「外国映画史上ベストテン(キネマ旬報戦後復刊800号記念)」(キネマ旬報発表)第4位
  • 1988年:「大アンケートによる洋画ベスト150」(文藝春秋発表)第3位
  • 1989年:「外国映画史上ベストテン(キネ旬戦後復刊1000号記念)」(キネ旬発表)第4位
  • 1995年:「オールタイムベストテン・世界映画編」(キネ旬発表)第2位
  • 1999年:「映画人が選ぶオールタイムベスト100・外国映画編(キネ旬創刊80周年記念)」(キネ旬発表)第6位
  • 2009年:「映画人が選ぶオールタイムベスト100・外国映画編(キネ旬創刊90周年記念)」(キネ旬発表)第19位

ストーリー[編集]

Orson Welles-Citizen Kane1.jpg

暗く荒廃した大邸宅の幾つものショットでこの映画は始まる。屋敷の主、新聞王だったケーンが「バラのつぼみ」という謎の言葉を残して死ぬ。彼の生涯をまとめたニュース映画の試写を見た経営者ロールストンは不満を持ち、彼の命を受け、編集のトムスンは、ケーンの最後の言葉を意味を探ってケーンに近かった人間を歴訪する。すなわち、2度目の妻で歌手のスーザン・アレクサンダー、後見人の銀行家サッチャー、ケーンの新聞「インクワイラー」のブレーン、バーンステインとリーランド、邸宅の執事の5人である。

ケーンの幼少の頃、宿泊費のかたにとった金鉱の権利書から母親は大金持ちになった。財産の管理と教育のためケーンは田舎の両親から離され、ニューヨークで育った。青年になったケーンは、友人のバーンステインとリーランドの協力を得て、新聞経営に乗り出す。センセーショナリズムによってケーンの新聞は売上を伸ばすが、友人たちはケーンの手法を批判する。しかし、彼は耳を貸さず、大統領の姪と結婚し、さらに上の権力を求めた。圧勝を予想された知事選挙の前日、歌手である愛人の存在をライバルにすっぱ抜かれたケーンは落選し、妻も彼のもとを去った。彼は愛人スーザンのために巨大なオペラ劇場を建設し、自分の新聞で大々的に宣伝したが、不評は覆うべくもなかった。悩んだ末に自殺未遂を引き起こしたスーザンは大邸宅に幽閉されたが、やがてケーンの元を去った。孤独のうちにケーンは死んだ。結局、トムスンに「バラのつぼみ」の意味は分からなかった。

だが、整理されて燃やされるケーンの遺品の中には「バラのつぼみ」と書かれた、彼が幼い頃遊んだ橇があった…。

キャスト[編集]

  • チャールズ・フォスター・ケーン(Charles Foster Kane):オーソン・ウェルズ(Orson Welles)
  • ジェデッドアイア・リーランド(Leland):ジョゼフ・コットン(Joseph Cotten)
  • エミリー・ノートン(Emily Norton):ルース・ウォリック(Ruth Warrick)
  • スーザン・アレクサンダー(Susan Alexander):ドロシー・カミンゴア(Dorothy Commingore)
  • ミセス・ケーン(Mrs. Kane):アグネス・ムーアヘッド(Agnes Moorehead)  
  • ウォルター・サッチャー(Walter Thatcher):ジョージ・クールリス(George Coulouris)
  • トンプソン(Thompson):ウィリアム・アランド(William Alland)
  • バーンスタイン(Bernstein):エヴェレット・スローン(Everett Sloane)
  • ジェームズ・W・ゲティス(James W. Gettys):レイ・コリンズ(Ray Collins)

日本語吹き替え版[編集]

俳優 日本語版1 日本語版2
オーソン・ウェルズ 小松方正 市川輝夫
ジョゼフ・コットン 島宇志夫 本多啓吾
ルース・ウォリック  広瀬由紀
ドロシー・カミンゴア 小林美穂
ジョージ・クールリス かつまゆう
ウィリアム・アランド 栗田圭
レイ・コリンズ 岡本四郎

スタッフ[編集]

受賞・ノミネート[編集]

その他[編集]

  • オーソン・ウェルズはこの映画を撮る際に、映写室でジョン・フォード監督の『駅馬車』を繰り返し観て映画を勉強した。

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ この『闇の奥』は1979年フランシス・フォード・コッポラが『地獄の黙示録』の題名で映画化している。

外部リンク[編集]