ジョン・ダウランド

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ジョン・ダウランドJohn Dowland, 1563年-1626年2月20日)は、イギリス作曲家リュート奏者である。

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[編集] 生涯

1588年にオックスフォード大学で音楽楽士となった。宮廷リュート奏者を望むも、自身がカトリック教徒であったため、イングランド国教会の英国では受け入れられず、海外に職を求めた。ニュルンベルクヴェネツィアフィレンツェなどヨーロッパ諸国を遍歴し、1598~1603年にはデンマーククリスチャン4世付きのリュート奏者を努めた。

1606年にイギリスに戻り、1612年に国王付属のリュート奏者となった。ダウランド自身は、その名のもじりである "semper dolens"(常に嘆いている)を標榜したが、陽気な人間であったと伝えられる。

[編集] 作品

残された作品は、声楽とリュート音楽に分けられる。宗教的な作品はほとんど見あたらず、愛や悲しみを歌う通俗作品が特徴的である。

声楽は世俗曲であり、1597年、1600年、1603年に歌曲集が出版され、80以上の曲が残されている。『流れよ我が涙』(Flow my tears)は当時のもっとも高名な歌である。

リュート音楽は、ファンタジアやパヴァーヌ・ガリヤード・ジグなどの舞曲を含む、独奏ないし合奏の曲である。ダウランドの曲は、広くヨーロッパで愛好され、彼のメロディーを元にして、多くの作曲家が舞曲に編曲している。

『流れよ我が涙』は、SF作家フィリップ・K・ディックにより、作品『流れよ我が涙、と警官は言った』のモチーフとしても参照された。

2006年、ポップス界の大御所スティングが、ダウランド作品集『ラビリンス - Songs from the Labyrinth』を発表して注目された。

[編集] 録音

Dowland - I saw my lady weep

[編集] 外部リンク