ガールズバンド

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ガールズバンドとは女性だけで構成されているバンドのことであり、メインボーカルを除くメンバーそれぞれがギターやドラムなどの楽器を担当するものを指す。「スプリームス」や「スパイス・ガールズ」、あるいは日本の「キャンデーズ」や「SPEED」といった、メインボーカル以外のメンバーがコーラスを担当するガールグループとは、基本的に区分される。アジア圏、特に日本の場合は、狭義では、ガールズグループとの差別化を図ることを目的として、結成時に10代から20代前半の女性だけで構成されているルックス先行のアイドル系女性バンドを指す場合が多いが、その他に「レディースバンド」という呼び方や「ウーメンズバンド」なる区分が存在しない故、これらの年齢条件を満たさない女性バンドもガールズバンドと呼ばれる事がある。

世界で最も成功しているガールズ・バンドの一つ、バニラニンジャ
  • 日本のガールズバンドは、「ガール」を「ギャル」と俗称する引用で、「ギャルバン」と略称されることもある。アイドルっぽさとポップさを基調にしている即効性の商用バンドが多いが、男性だけのバンドに技術的に劣らない音楽性を重視する女性バンドも極稀に存在する。このようなロックバンドの事を特に「ガールズロックバンド」や「女性ロックバンド」と区別して呼ぶこともある。
  • ロックのジャンルでは打楽器の奏者がほとんど男性である事情から、女性ドラマーの確保が難しく、男女混合バンドと比べても、純粋なガールズバンドは圧倒的に少ない。
  • アメリカやヨーロッパでも、1960年代の「スプリームス」や1990年代の「スパイス・ガール」といったいわゆる女性だけのコーラスグループである「ガールグループ」の方が圧倒的に多く、ガールズバンドの存在は希薄である。よって西洋音楽に追随するアジア圏でも、その存在は極稀であり、戦後の音楽史においては、1980年代から1990年代にかけての、日本のプリンセス・プリンセスSHOW-YAなどが、音楽CDの売上を基準にした上で、辛うじて目立つ存在と言えなくもないが、そういった存在を基調としているという意味では、「ガールズバンド」とは日本限定の造語に近く、日本の特有のアイドル音楽と言える部分が多いと考えられている。

歴史[編集]

  • アメリカチャート
    • 女性バンドの起源は定かではないが、その中でも 1950年代のthe International Sweethearts of Rhythm が挙げられる。彼女らは第二次世界大戦の時期に最大17人を誇るビッグ・バンド(これは本来ジャズバンドに対する呼称でありその点では誤り)として名を馳せ、現在でもその名を残している。その後は1960年代ガレージ・ロック・ブームに多くの女性バンドが登場したが、男性と比較して大きな評価を得るバンドは現れなかった。
    • 女性だけの編成による女性バンドして注目を集めるには、1970年代のランナウェイズの登場まで待つ必要があった。彼女たちは初めて商業ベースで成功した女性ロックバンドであり、同時にメンバーが10代後半というガールズバンドであった。
    • アメリカで全米ナンバーワンを保持している女性バンドは、アルバムチャートにおいては1980年代のGo-Go'sのみ、シングルチャートにおいても1980年代のバングルスのみである。
  • 日本チャート
    • 日本では長らく欧米と比べて、女性の社会進出度や文化の違いにより、ZELDAなどの登場はあったものの、女性ロックバンドやガールズバンドはなかなか表舞台にでてこなかったが、1980年代後半にはロックバンドの公開オーデション番組「イカすバンド天国」にあわせたバンドブームからの追い風もあって、SHOW-YAプリンセス・プリンセスGO-BANG'SPINK SAPPHIREなどが台頭する。
    • しかし、めぼしいロックバンドの台頭が無いまま、バンドブームの沈静化とともに女性バンドも目立たなくなっていき、プリンセス・プリンセスの解散後、同じバンドブーム期に活躍したレベッカLINDBERGの影響を受けたJUDY AND MARYthe brilliant greenHysteric Blueなどといった女性ボーカルの周りを男性が固める「男女混成バンド」が主流になり、ガールズバンドのヒットはほぼなくなることになる。
    • また、アジア圏のなかの、特に日本人バンドにおいて、海外で話題になったガールズバンドに、1980年代少年ナイフ1990年代チボ・マットがいるが、音楽性ではなく女性アイドル文化を先行させるアジア音楽の紹介といったスタンスであって、特に話題になることはなかった。
    • 2000年代の代表的なガールズバンドとしては、WhiteberryZONE中ノ森BANDなどが挙げられる。中でも2000年代前半に活躍したWhiteberryとZONEは、デビューから解散に至るまでメンバーが全員10代で、とりわけZONEは「secret base 〜君がくれたもの〜」以降のシングルの全てがオリコンチャートの最高位で1桁を記録していたが、どちらもメンバーが一人も成人すること無く解散している(ZONEはメンバー全員が成人した後の2011年に再結成している)。中ノ森BANDは2000年代後半に活躍し、結成時には10代のメンバーと20代のメンバーが両方在籍していたが、間もなく全員が成人しており、2000年代後半以降では、チャットモンチーSCANDALらが紹介されているのみである。
  • ガールズグループとの差別化という意味での日本のガールズバンド
    • 1980年代のプリンセス・プリンセスや2000年代のZONEなどは、いずれも同時期にブームとなったWINKSPEEDなどガールズグループとの比較の中で、差別化という商用戦略として輩出された向きが大きい。同時代の夕やけニャンニャンASAYANといった公開オーデションテレビ番組を介したルックス優先の女性アイドルコーラスグループに対し、楽器を演奏することで差別化を図り、音楽性に焦点をあてPRするといった手法の成功例だったと言えるが、メンバーの大半が10代であり、また10代のうちに解散した事実が物語る通り、本質的には日本の音楽界のアイドル至上主義に対する便乗商法に過ぎず、徹底した音楽性の追求に重点を置くバンドは皆無だったと言える。

ガールズバンドをテーマにした作品[編集]

関連項目[編集]