赤十字社

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赤十字社(せきじゅうじしゃ)とは、戦争や天災時における傷病者救護活動を中心とした人道支援団体である。スイス人実業家アンリ・デュナンの提唱により創立された。世界各国に存在し、それらは国際的な協力関係を持っている。国によっては赤新月社(せきしんげつしゃ)、赤十字会(せきじゅうじかい)を名乗る。

気象災害現場で支援活動を行う赤十字社職員。2008年8月、ハリケーン・フェイの被害を受けたフロリダ州デバリーにて

概要[編集]

の内外を問わず、戦争や大規模な事故災害の際に敵味方区別なく中立な立場で人道的支援を行う。「ジュネーヴ条約」とこれに基づく国内法によって特殊な法人格と権限を与えられている。活動に当たっては以下の7原則を掲げこれに基づく行動をしている。

  1. 人道:赤十字の根本。
  2. 公平:国籍や人種などに基づく差別はしない。
  3. 中立:戦地や紛争地では友軍敵軍どちらにも与しない。
  4. 独立:政府の圧力に屈さず、また活動への干渉を許さない。受けるのは補助のみ。
  5. 奉仕:報酬を求めない。
  6. 単一:一国一社。国内に複数の赤十字社・赤新月社があってはならない。
  7. 世界性:全世界で同様に活動する。世界の赤十字・赤新月は互いに支援し合う。

名称と標章[編集]

多くの国では、識別マークはデュナンの母国スイスの国旗の色を反転した、白地に赤い十字(赤十字)を採用している。呼称については「赤十字社」が一般的だが、中華人民共和国では「紅十字会」(赤は中国語では「紅」)、また朝鮮民主主義人民共和国では「赤十字会」と呼んでいる。 また、イスラム諸国では、「十字はキリスト教を意味し、十字軍を連想する」として嫌われたため、白地に赤色の新月を識別マークとし、「赤新月社」(せきしんげつしゃ)と呼んでいる(インドネシアはイスラム教国であるが例外的に「赤十字社」である。またパキスタンマレーシアバングラデシュなどは設立当初は「赤十字社」であったが、のちに「赤新月社」に変更した)。2011年12月1日現在、152か国に赤十字社、34か国に赤新月社が設立され活動を行っている(十字でも新月でもない“ダビデの赤盾”を用いるイスラエルマーゲン・ダビド公社を含めると計187か国)。

赤十字・赤新月の他にも「ダビデの赤盾」[1]、「赤獅子太陽」[2]など種々の標章が乱立し混乱を招くことから、赤十字・赤新月に代わる共通の(=第三の)標章採用が提案された[3]。これには加盟国の合意に基づくジュネーブ条約の改訂を要する為に議論は紛糾したが、2005年12月8日の赤十字・赤新月国際会議総会において、全会一致原則の総会では異例である投票による賛成多数により、赤の菱形を象った宗教的に中立な第三の標章「Red Crystal(レッドクリスタル、赤水晶、赤菱形、赤菱)」が正式に承認された。「Red Crystal」の標章の意味や法的効力は従来の赤十字・赤新月と完全に同一である。このため「Red Crystal」用いることで、イスラエルの赤盾社は国際赤十字への加盟が出来る事となり、赤十字国際委員会は同社を正式に承認した。ただし、「ダビデの赤盾」の標章は、イスラエル国内(国境紛争中のウエストバンクと東エルサレム地域を除く)のみで用いる「表示標章」であり、ジュネーブ条約の「保護標章」としては認められていない。同様に国内での宗教勢力のバランスから赤十字・赤新月の標章を併用したいと主張しているエリトリア等の国や地域でも、「Red Crystal」を使用することで国際赤十字への加盟を期待している[4]。また、この「Red Crystal」の標章は単独で用いる以外に、国際活動を行う際にホストとなる国の了承があれば、中の白地の部分に独自のマークを入れても構わない[5]

主要任務[編集]

  • 紛争や災害時における、傷病者への救護活動
  • 戦争捕虜に対する人道的救援(捕虜名簿作成、捕虜待遇の監視、中立国経由による慰問品配布や捕虜家族との通信の仲介など)
  • 赤十字の基本原則や国際人道法の普及・促進
  • 平時における災害対策、医療保健、青少年の育成等の業務

など、非常に多岐にわたる。

国際赤十字・赤新月運動[編集]

国際赤十字・赤新月運動(「赤十字運動」)は、赤十字国際委員会 (ICRC)、国際赤十字赤新月社連盟 (IFRC)、各国の赤十字(赤新月)社の3組織で構成されている。各組織は財政・政策の面で独立しており、ICRCは紛争、IFRCは自然災害、赤十字・赤新月社は主に国内で活動を展開し、それぞれの基本的な任務は異なっている。いわゆる「国際赤十字 (IRC)」はこの国際赤十字・赤新月運動を指す。

赤十字運動の最高決定機関は赤十字・赤新月国際会議と呼ばれ、この国際会議は原則として4年ごとに開催される。国際会議には、ジュネーヴ諸条約締約国政府の代表、ICRCの代表、IFRCの代表、各国赤十字・赤新月社の代表が参加する。

赤十字運動の各組織は独立しているが、活動上は連携しており、ICRCは各国赤十字社と連携して任務にあたっている。例えば日本赤十字社は、紛争地におけるICRCの支援活動に日本人職員(主に医療スタッフ)を派遣している。また追跡事業では、世界を網羅するICRCのネットワークに加え、各国に根を張る赤十字・赤新月社のネットワークも活用されている。

保護標章[編集]

赤十字の標章及び赤新月の標章(類似のものを含む)は、「戦地にある軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関する1949年8月12日のジュネーブ条約」(ジュネーブ諸条約の第一条約。傷病者保護条約)第44条により赤十字社・赤新月社と「軍隊およびこれに準ずる組織の医療・衛生部隊の人員・施設資機材」、つまり衛生兵が独占的に使用することになっており、条約加盟国では他の法人などがこの標章を使うことはできない。これは、赤十字・赤新月の関係者・施設資機材は、人道上、戦地・紛争地でのあらゆる攻撃から無条件で保護されねばならない存在だからである。単に医療施設を表すのではないことが厳格に規定されている。ただし、各国赤十字社・赤新月社から許可を受けた上での、救急車や救護所での平時の使用は例外的に認められている(条約第44条第4項)。

日本国内においては、「赤十字の標章及び名称等の使用の制限に関する法律」によって、第1条に規定された赤十字、赤新月、赤のライオン及び太陽[6]の標章及び名称の使用は、日本赤十字社(第2条)及びその許可を受けた者(第3条)のみに制限されており、みだりに使用した場合は懲役または罰金刑に処される(第4条)。しかし、一般の病院、薬局、テレビ番組、広告などでの誤った使用が後を絶たないことから、日本赤十字社では誤用しないように呼び掛けている[7][8]

なお、武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律第157条第2項では、武力攻撃事態等においては、指定行政機関の長又は都道府県知事が、医療機関や医療関係者に赤十字標章等を使用させることができるとされている。

また、商標法第4条第1項第4号においては、赤十字の標章及び名称等の使用の制限に関する法律第1条の標章及び名称については、商標登録を受けることができないとされている[9]

歴史[編集]

  • 1859年 - アンリ・デュナン、北イタリアソルフェリーノの戦いに遭遇
  • 1863年 - 「国際負傷軍人救護常置委員会」(五人委員会。現・赤十字国際委員会)が発足。赤十字標章等を定めた赤十字規約を採択。
  • 1864年 - スイスなど16カ国が参加した外交会議で、最初のジュネーブ条約採択(陸戦に適用)
  • 1867年 - 第一回赤十字国際会議
  • 1876年 - 赤十字国際委員会結成、イスラム圏で赤新月の使用始まる
  • 1877年 - 日本赤十字社の前身、博愛社結成(10年後の1887年に改称)
  • 1881年 - アメリカ赤十字社結成
  • 1888年 - 従来は戦時救護だけだったのが、磐梯山の噴火で世界初の平時救護活動を行なう。日赤初の災害救護活動でもある。
  • 1899年 - ハーグ陸戦条約締結。ジュネーブ条約の適用を海戦にも拡大 
  • 1901年 - アンリ・デュナン、第1回のノーベル平和賞を受賞
  • 1907年 - ハーグ陸戦条約改定、中国紅十字会結成
  • 1914年 - 第一次世界大戦勃発
  • 1917年 - 赤十字国際委員会がノーベル平和賞受賞
  • 1919年 - 赤十字社連盟(LRCS)結成(本部:パリ
  • 1928年 - 赤十字国際規約採択
  • 1929年 - 捕虜の待遇に関する条約を追加したジュネーブ条約に約50カ国が批准、加盟。イスラム圏における赤新月マークの公認
  • 1939年 - 第二次世界大戦勃発、赤十字社連盟本部パリからジュネーブに移転
  • 1944年 - 赤十字国際委員会が2回目のノーベル平和賞を受賞
  • 1949年 - ジュネーブ四条約を採択
  • 1963年 - 赤十字国際委員会、赤十字社連盟とともにノーベル平和賞受賞
  • 1977年 - 四条約に追加される2つの議定書を採択
  • 1983年 - 赤十字社連盟、赤十字赤新月社連盟と改称(レッドクロスとレッドクレセントの頭文字が共通なので略称は変わらず)
  • 1991年 - 赤十字赤新月社連盟、国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC 存在しなかった「国際」の名が追加され、「リーグ」から「フェデレーション」に変わる)と改称
  • 2005年 - 新たな標章(レッドクリスタル)を定めた第3追加議定書を採択

戦場での効果と実際[編集]

ジュネーヴ条約などにより、標章を掲げた施設やスタッフは攻撃を受けないこととなっているが、戦場では必ずしも守られるとは限らない。また、その特別な立場を悪用するケースも見られる。

  • アメリカ軍により、第二次世界大戦時には、病院船ぶゑのすあいれす丸の撃沈事件や、大山口列車空襲事件のような機銃掃射事件も発生した。また、橘丸事件のように、違法に軍事輸送に加担し、拿捕された例もある。
  • アフガニスタンでは赤十字旗のある救援拠点が米国軍により攻撃され[10]2006年に発生したイスラエル軍のレバノン侵攻におけるレバノン政党ヒズボラとの戦闘の際には、レバノンの赤十字スタッフが執拗な攻撃を受けている。また、2008年から2009年にかけては、ガザ地区で11台以上の救急車がイスラエル軍の攻撃により破壊され多くの医療スタッフが犠牲となっている[11]
  • 2003年10月27日イラクバグダード市内に存在した国際赤十字事務所が「自爆テロ」の犠牲となった。非正規の軍事組織は、捕虜などの扱いでジュネーブ条約の庇護を受けないこともあり、赤十字の組織の有効性に一石が投じられる事件となった。
  • シリア騒乱により市街地戦の舞台となったホムス旧市街地では、2012年以降、孤立した住民に対して赤新月社による救援物資の輸送ができないほど治安が悪化した。2年後の2014年2月、政府軍と反政府軍との間で結ばれた限定的な停戦状態の下、赤新月社の救援物資輸送が行われたが、輸送中のトラックの一部が銃撃を受け、スタッフが負傷する事件も発生した[12]

脚注[編集]

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  1. ^ イスラエルでの呼称はマーゲン・ダビド公社(=ダビデの赤盾社)
  2. ^ 王制当時のイランにおける「イラン赤獅子太陽社」・イラン革命で王制が倒れて以後の1980年からは使用されていないが、国際条約や関係法令の条文上には現在も残っており、正式に「保護標章」として用いることが可能である。
  3. ^ なお「ダビデの赤盾」は今までに承認されたことはない
  4. ^ 赤十字新聞 第794号 2006年7月1日発行
  5. ^ ただし、中の白地部分に独自のマークを入れて用いるのはあくまでも「表示標章」としての場合に限られ、「保護標章」としてはRed Crystalを単独で用いる必要がある・詳細は日本赤十字社『赤十字と国際人道法普及のためのハンドブック』p.28-30および井上忠男『第2版 医師・看護師の有事行動マニュアル』第7章を参照
  6. ^ ダビデの赤盾やレッドクリスタルについては明文規定がないが、「これらに類似する記章若しくは名称は、みだりにこれを用いてはならない。」とされている。
  7. ^ 赤十字マーク誤用しないで 「法律違反」と日赤 共同通信(47NEWS)、2008年5月2日
  8. ^ 「知っていますか?このマークの本当の意味」日本赤十字社 2007年1月発行
  9. ^ 商標審査基準 第4条第1項(不登録事由) 第1項第4号(赤十字等の標章又は名称)
  10. ^ 日本赤十字新聞
  11. ^ “ガザ、救急車も標的。11台破壊、医療関係者44人死傷”. Asahi.com (朝日新聞社). (2009年1月9日). http://www.asahi.com/special/09001/TKY200901090007.html 2012年6月7日閲覧。 
  12. ^ “シリア赤新月社、ホムスに初の支援物資届ける 車両狙った攻撃も”. AFP (フランス通信社). (2014年2月9日). http://www.afpbb.com/articles/-/3008094 2014年2月12日閲覧。 

参考資料・関連文献[編集]

  • 『世界の赤十字社、赤新月社』(日本赤十字社、2004年)
  • 『知っていますか? 「赤十字マーク」の本当の意味』(日本赤十字社)
  • 『日本赤十字社を知ってみよう』(日本赤十字社)
  • 『赤十字って何?』(監修:日本赤十字社・発行:(株)日赤会館)
  • 『赤十字の諸原則』(編:日本赤十字社・発行:(株)日赤会館)
  • 『赤十字の源泉を求めて』(日本赤十字社)
  • 『赤十字と国際人道法 普及のためのハンドブック』(編:日本赤十字社・発行:(株)日赤会館)
  • 『ソルフェリーノの思い出』((株)日赤会館)
  • 『赤十字新聞』各号(日本赤十字社)
  • 吹浦忠正『赤十字とアンリ・デュナン』(中公新書、1991年)
  • 『赤十字手帳 2007年版』(編:日本赤十字社・発行:(株)日赤会館)
  • 井上忠男『医師・看護師の有事行動マニュアル』(東信堂、2007年)
  • 井上忠男『第2版 医師・看護師の有事行動マニュアル』(東信堂、2011年)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]