マーシー (T-AH-19)

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USNS Mercy at Pearl Harbor, January, 2005
艦歴
起工 1974年6月12日
進水 1975年7月1日
竣工 1976年(タンカーとして)
就役 1986年11月8日
その後 就役中
性能諸元
排水量 69,360トン
全長 894 ft
全幅 105 ft, 7 in
機関 ゼネラル・エレクトリック蒸気タービン2基, 1軸, 24,500hp (18.3MW)
最大速 17.5 ノット
航続距離
乗員 民間人12名, 軍人58名
民間人61名, 軍人1,214名
活動準備期間 5日間
行動期間 約90日間

マーシー (USNS Mercy, T-AH-19) は、アメリカ海軍病院船マーシー級病院船のネームシップ。その名を持つ艦としては3隻目である。ジュネーヴ協定に従いマーシーおよびその乗員は火器を運搬しない。本艦への攻撃は戦争犯罪と見なされる。

船型は高くされた前甲板、欄間軸、球状船首、前方ブリッジを備えた拡張甲板室および航空管制システムを備えたヘリコプターデッキを装備している。

艦歴[編集]

1976年、カリフォルニア州サンディエゴのナショナル・スチール・アンド・シップ・ビルディング・カンパニーによって当初、石油タンカー「セント・ワース」として建造された。 その後、同船は海軍が取得、1984年7月に改称、病院船へ改造され、1985年7月20日に進水し、1986年11月8日に就役した。

マーシーの主な任務はアメリカ軍の陸上展開部隊、上陸作戦部隊を迅速かつ柔軟に支援し、傷病兵に対する医療支援を主なうことである。 また、平時においてはアメリカの政府系機関からの要請に基づき災害被災者や人道支援対象者に対して医療支援を行う。

1987年2月27日、フィリピン南太平洋に向けて演習および人道支援の航海を始める。スタッフはアメリカ海軍・陸軍空軍の現役および予備役兵が含まれた。フィリピンの7つの港、南太平洋の7つの港で62,000以上の外来患者およびおよそ1,000人の入院患者が治療を受けた。1987年7月13日カリフォルニア州オークランドに帰還した。

1990年8月9日オペレーション・デザート・シールドに参加。8月15日に出航、9月15日にペルシャ湾に到着する。 以降6ヶ月間にわたって多国籍軍に対しての医療支援を行い690名の患者を受け入れ、300件にも及ぶ手術を実施した。21名のアメリカ兵および2名のイタリア兵の捕虜の治療を行った後、1991年3月16日にペルシャ湾を出航、4月23日にオークランドに帰還する。

カリフォルニア州サンディエゴを母港とし、平時は縮小された人員で運用される。同艦の乗員の残りはサンディエゴの海軍医療センターで勤務している。

スマトラ島沖地震の救援任務から帰港したマーシー

2005年1月5日に、スマトラ島沖地震で生じた津波被害者支援のためアメリカ軍が行ったオペレーション・ユニファイド・アシスタンスの一部としてサンディエゴを出港した。

2006年以降数年に一度米海軍の「パシフィックパートナーシップ」活動による数ヶ月におよぶ航海を行っており、南太平洋、東南アジア諸国やミクロネシアの島々における人道的医療、歯科、エンジニアリング支援を提供しながら地域の軍、政府、災害救援活動中の人道支援団体の相互運用性を向上させる活動を行っている。

艦内設備[編集]

患者容量:

集中治療病床:80床 回復病床:20床 中間ケア病床:280床 軽傷病床:120床 限定ケア病床:500床 手術室:12 全患者容量:1,000名

部門や設備:

負傷者受付 放射線サービス メイン及びサテライトラボ 中央滅菌室 医療用電源/薬局 理学療法と火傷ケア 集中治療室 歯科サービス 視力測定/レンズラボ 遺体安置所 ランドリー 酸素生成装置

関連項目[編集]

外部リンク[編集]