ヴュルテンベルク王国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ヴュルテンベルク王国
Königreich Württemberg
ヴュルテンベルク王国の国旗 ヴュルテンベルク王国の紋章
国旗 (紋章)
国歌 : Preisend mit viel schönen Reden
ドイツ帝国内でのヴュルテンベルク王国の位置
首都 シュトゥットガルト
君主号 König
君主家 ヴュルテンベルク家
面積 19,508 km²
人口 2,300,000人 (1905年)
人口密度 132
成立 ヴュルテンベルク選帝侯の王位獲得(1806年)
消滅 ドイツ革命による君主制廃止(1918年、以後ヴュルテンベルク州へ)
バーデン州と合併してバーデン=ヴュルテンベルク州へ(1952年)
連邦参議院での投票権数 4
ナンバープレート III A,C,D,E,H,K,M,P,S,T,X,Y,Z

ヴュルテンベルク王国ドイツ語: Königreich Württemberg)は、ドイツ帝国の構成国としてドイツ南部を支配した王国

歴史[編集]

神聖ローマ帝国南部の有力領邦であったヴュルテンベルク公国は、神聖ローマ帝国初期のシュヴァーベン大公領を母体とし、徐々に支配領域を拡張していった。ナポレオン戦争最中の1803年選帝侯となり、1806年に帝国が崩壊すると王国へと昇格した。この際、教会領など多数の小領邦を併合して、シュヴァーベン地方の大部分と南フランケン地方の一部を支配下に収めた。ただし、プロイセン王家=ホーエンツォレルン家の発祥の地である旧ホーエンツォレルン伯領は、プロイセン王国の飛び地ホーエンツォレルン州とされた。以後ドイツ連邦南ドイツ連邦への加盟を経て1871年ドイツ帝国の構成国となり、1918年ドイツ革命まで存続した。第二次大戦後、旧バーデン大公国領のバーデン州と合併してバーデン=ヴュルテンベルク州となった。

歴代君主一覧[編集]

  1. フリードリヒ1世1806年 - 1816年
  2. ヴィルヘルム1世1816年 - 1864年
  3. カール1世1864年 - 1891年
  4. ヴィルヘルム2世1891年 - 1918年