MONGOL800
| MONGOL800 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 別名 | モンパチ |
| 出身地 | |
| ジャンル | ビートパンク、パンクロック、ミクスチャーロック |
| 活動期間 | 1998年 - |
| 事務所 | ハイ・ウェーブ |
| 公式サイト | MONGOL800 HOME PAGE |
| メンバー | |
| 上江洌清作(ボーカル・ベース) 儀間崇(ボーカル、ギター) 髙里悟(ボーカル、ドラム) |
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MONGOL800(モンゴルはっぴゃく)は、1998年に沖縄県で結成された、日本のスリーピースパンク・ロックバンドである。ハイ・ウェーブに所属。略称は「モンパチ」。
目次 |
メンバー [編集]
- ボーカル、エレキギター担当。
- 髙里悟(たかざと さとし、1980年8月17日 - )
概要 [編集]
バンド名に深い意味はなく、ギターの儀間が、思いつきで考えた「モンゴル800」と言うフレーズをそのままグループ名にした[1]だけで、実際のモンゴル国やモンゴル人とは関係ない。2001年9月にリリースされたアルバム『MESSAGE』が、発売から7か月後のオリコンチャートで首位を獲得してインディーズとしては初の280万枚以上を売り上げ、日本のスリーピースバンドのアルバムとしては最高のセールスになった[2]。
代表曲は「Happy Birthday」、「小さな恋のうた」、「あなたに」など[1]。青春パンクの中に位置づける見方もあったが、沖縄を拠点に活動していた事もあり自ら積極的に関わる事はなかった[2]。
音楽性など [編集]
2004年まではバンド活動と学生生活を並行しており、居住地が離れていることもあって練習時間の制約などから勢いを重視する面が強かった[3]。バンドに専念するようになってからは、より深く音楽と向きあうようになったという[3]。
エレキギター、ベース、ドラムの3つの楽器しか使わず、演奏の構成は非常にシンプルである[4][5]。一方で、自分たちの音と歌に対する信用が自然な形で音楽に表れていて、シンプルな演奏であってもリスナーを退屈させない、と近田春夫は評している[5]。アレンジの知識や演奏技術については経験を積むに従って格段に向上していった[4]。
結成当初からライブが好きで[6]、『MESSAGE』がブームになった時も期待してきた観客が喜ぶ事がうれしかったという[7]。精神的に余裕がなくても、MCなどの観客とのコミュニケーションを積極的に行なっている[6]。ライブでの入場曲である『Enjoy Yourself (It's Later Than You Think)』はカバ-した『2TONE RECORDS TRIBUTE ALBUM BLACK ~RESPECT TO GANGSTERS~』に収録されている。
「琉球愛歌」や「矛盾の上に咲く花」等、琉球愛をテーマとした曲が多い[1]。故郷の沖縄のことを歌った時に、そこに自分の地元を重ねあわせて聴かれているのではないか、と上江洌は語っている[8]。 『MESSAGE』ではストレートな歌詞も多かったが、同作で聴き手の年齢層が広がったこともあって『百々』からは表現を柔らかくしたという[9]。沖縄の米軍基地に触れた曲などもあるが、「反基地を唱えることも良いが、日常の中にある大切なものを歌う方がやりたいことに近い」と述べている[10]。
活動のスタンス [編集]
デビュー以来、故郷の沖縄をずっと活動の拠点にしている[11]。『MESSAGE』のヒット直後は膨大な数の取材申し込みがあり、精神的な負担の危惧などからほぼ全てを断っていた[12]。CDを出してライブをする事で満足しており、テレビ出演には関心が薄く、PVやアーティスト写真も作らなかった[13]。こういった姿勢から、「ロック界最強のマイペース」とも呼ばれた[14]。ブームが落ち着き、バンド活動に専念するようになってからは普通に取材を受けている[12]。
テレビ出演 [編集]
基本的に出演しないスタンスをとっているが、全く出演しないというわけではない。これまでに出演した番組は以下の通り。
- NHK総合テレビジョン『プレミアム10 やさしい歌は世界を変える〜MONGOL800 沖縄・奄美 トロピカルツアー'07〜』(2007年9月21日放送)
- フジテレビ系『僕らの音楽』(2007年11月2日放送分)
- 奥田民生と共演できるという理由から。また、同番組には2009年8月21日放送分にも出演。
- フジテレビ系『森田一義アワー 笑っていいとも!』(2009年11月9日放送分)
- 同番組内のテレホンショッキングに、JUJUの紹介で出演。なお、これが初のバラエティ番組への出演。
- テレビ朝日系『ミュージックステーション』(2013年1月25日放送分)
- 「小さな恋のうた」を披露。なお、これが生放送番組への初出演。
- TBS系『クリスマスの約束 2010』
- 上江洌が単独で出演し、共演者と「小さな恋のうた」を歌った[15]。
- テレビ朝日系『関ジャニの仕分け∞』(2012年9月8日放送分)
- 髙里が単独で出演し、太鼓の達人で対決をした。
来歴 [編集]
- この年の夏、浦添高校の同級生同士で「MONGOL800」が結成される[1]。最初はメンバーが4人で、単独のボーカルもいるオーソドックスなバンド構成だった[7]。THE BLUE HEARTSやHi-STANDARDのコピーバンドとして活動していたが、作曲に挑戦したところ意外な手応えを感じ、オリジナルの楽曲を演奏するようになった[7]。『START』と『新コメカミン』を自主制作した[1]が、CD-Rのコピーが途中で面倒になり予定枚数まで作らなかったという[7]。12月には宜野湾でSNAIL RAMPのフロントアクトを務めた[1]。
- 3月に高校を卒業し、メンバー3名とも進学する[16]。沖縄の若いバンドのCDを出したいと考えていた3rd WAVEから高校在学中にオファーを受けており、ゴールデンウィークにレコーディングを行なって1stアルバムの『GO ON AS YOU ARE』を作成した[16]。12月に沖縄県内限定で発売されたが、1,000枚というレーベル側の販売目標が多すぎて不安になったという[16]。一方、9月にはHi-STANDARD、10月にはBRAHMANの沖縄公演で、それぞれフロントアクトを務めている[1]。
- 『GO ON AS YOU ARE』がタワーレコード那覇店を中心に爆発的に売れ[17]、県内で11,000枚のセールスを記録し、4月に全国発売された[1]。8月にはサマーソニックとライジング・サン・ロックフェスティバルに出演した[1]。
- 9月、2ndアルバムとなる『MESSAGE』をリリース。収録曲の「あなたに」が、3月よりトップの全国CFに使われていた事がきっかけで、大ヒット[16][18]。また、大学の夏休み期間を利用して[16]全国9都市でのライブツアー10公演を行なっている[18]。
- 3月29日からGreen Dayの日本ツアーに帯同してサポートを行なった[18]。8月にはフジロック・フェスティバル、ROCK IN JAPAN FESTIVAL、サマーソニック、ライジング・サン・ロックフェスの4つの夏フェスに出場した[18]。同年の『NHK紅白歌合戦』への参加を依頼されたが、大晦日は沖縄の小さなライブハウスで年越しライブを行なった[18]。
- 3月に3rdアルバム『百々』をリリース。メンバー全員が大学を卒業した事を受け、バンド初となる全国47都道府県ツアー「MONGOL800全国 PARTY!!?百々2004?」を4月から9月まで開催し、63本の・宴Cブを行なった[16]。非常に大変だったが、いろいろな反応を見られて良かった、と語っている[16]。12月には、沖国大米軍ヘリ墜落事件を受けて上江洌の母校・沖縄国際大学で行われた、普天間飛行場の飛行停止を訴えるイベント『NO FLY ZONE』にボランティアで参加した[19]。
- 3月にマカオ、11月にロサンゼルスでライブを行った[18]。夏には3年ぶりにROCK IN JAPAN FESTIVALに出場し[6]、8月と10月には国内でミニツアーを開催している[18]。また、同年に:沖縄のアパートの1室を自分たちで改装し、拠点となる練習スタジオを作った[7]。
- 8月8日、2年5ヶ月ぶりのアルバム『Daniel』をリリース。8月から12月にかけ、全国47都道府県ツアー「MONGOL800 Daniel's TOUR 2006」を実施。53本のライブを行なった[20]。
- 他のアーティストとのセッションやトリビュートの企画のオファーが多く、BLACK BOTTOM BRASS BANDやRYUKYUDISKOの作品に参加した[21]。8月に南西諸島で10公演を行なうトロピカルツアーを開催している[22]。
- 沖縄県内のライブハウスでサーキットツアーを行なう[22]。前年までのコラボレーション作品などをまとめた『etc works-エトセトラ ワークス-』を7月に、2ndシングルの『special thanks!!』を12月にリリースした。
- 7月8日、3年ぶりのオリジナルアルバム『eight-hundreds』をリリース。結成から10年が経ち、再出発という意味を込めてバンド名から名前を取ったという[23]。7月から11月にかけ、全国47都道府県ツアー「MONGOL800 eight-hundreds tour 2009」を実施。12月7日、MONGOL800初のアリーナ「MONGOL800 ga Live at 日本武道館」を開催[22]。
- 約2年ぶりとなるオリジナルアルバム『etc works 2』をリリース。6月には、かねて共演の多かったSPECIAL OTHERSのシングル「空っぽ」に上江洌がコラボレーションで参加[24]。また、10月1日、2日には読谷村で野外フェス「What a Wonderful World!!」を主催した[25]。
- 4月13日、同じ沖縄出身のORANGE RANGE主催の「おかげさまで10周年。琉球サミット in 江戸 〜ORANGE RANGEとMONGOL800〜」に出演。
- 1月25日、結成15周年を迎え『ミュージックステーション』に初出演を果たし、「小さな恋のうた」を披露した。リズムが少し変更してあり、東北に向けての言葉が歌詞に組み込まれていた[26]。
ディスコグラフィー [編集]
自主制作 [編集]
- START
- 新コメカミンA
アルバム [編集]
- GO ON AS YOU ARE (1999年12月・沖縄のみ発売/2000年4月7日・全国発売)
- MESSAGE (2001年9月16日)
- 百々 (2004年3月18日)
- Daniel (2006年8月8日)
- etc works-エトセトラ ワークス- (2008年7月8日)
- eight-hundreds (2009年7月8日)
- etc works 2 (2011年5月18日)
- GOOD MORNING OKINAWA (2013年2月20日)
ベストアルバム [編集]
シングル [編集]
DVD [編集]
参加作品 [編集]
- HUSKING BEE(トリビュートアルバム) (2007年3月21日)
- 14.オーバーラップワルツ
- ユニコーン・トリビュート(トリビュートアルバム) (2007年10月24日)
- 2.大迷惑
- FUNFAIR(RIP SLYMEのオリジナルアルバム) (2007年11月28日)
- 12.Remember (RIP SLYME with MONGOL800)
- おきなわのホームソング(2008年2月)
- ニーブイカーブイ(作詞:上江洌清作)
- NEW STANDARD(SOFFetのオリジナルアルバム) (2008年2月)
- 2.ひとりじゃない (SOFFet with MONGOL800)
- THE HUMAN BEATS(上江洌のみ)
- Two Shot(2012年9月19日)
他アーティストによるカバー [編集]
- 小さな恋のうた - 沢知恵、大山百合香、アンドリューW.K.、Hearts Grow、夏川りみ、SISTER KAYA、pino schizzo、新垣結衣、倖田來未、Naomile、Goosehouse、KCB (KICK CHOP BUSTERS)、大友康平
脚注 [編集]
- ^ a b c d e f g h i MONGOL800 公式サイト BIOGRAPHY 1998-2000
- ^ a b 「モンパチを知ってる300万人の人たちが潜在してるわけですよ。それをどううまく振り向かせようかなっていう意識はしてる」『ROCKIN'ON JAPAN』、2009年8月1日、P.152
- ^ a b 「MONGOL800 最初から長くやろうと思ってたから、無理しないでやってきた それに音楽って無理して作るものでも、やるものでもないと思うしね」『音楽と人』、2巻9号、2008年9月1日、P.137
- ^ a b 『ROCKIN'ON JAPAN』、2009年8月1日、P.150
- ^ a b 近田春夫「近田春夫の考えるヒット 343回 MONGOL800人気のワケは産地直送の通販モノに通じる」『週刊文春』、2004年1月22日号、P.74
- ^ a b c 「ROCK IN JAPAN FES.2005 MONGOL800 2度目にして3年半ぶりのJAPAN登場!『MESSAGE』が日本を席巻して以降、彼らは…」『ROCKIN'ON JAPAN』、2005年9月30日臨時増刊号、P.91
- ^ a b c d e 「MONGOL800 俺らはある意味、純粋に音楽に向き合えているんじゃないかな。音楽のピュア度みたいなのが、今度の作品はかなりあるほうだと思ってて」『音楽と人』、14巻9号、2006年9月1日、P.68
- ^ 「いのちの音楽 歴史のための音楽 MONGOL800 この場所に生きるということ」『Switch』、23巻11号、2005年11月、p.44
- ^ 『ROCKIN'ON JAPAN』、2005年9月30日臨時増刊号、P.92
- ^ 朝日新聞、2005年5月15日付朝刊、P.32
- ^ 『音楽と人』、2巻9号、2008年9月1日、P.136
- ^ a b 『BRIDGE』、2009年8月1日、P.132
- ^ 『BRIDGE』、2009年8月1日、P.134
- ^ 「MONGOL800 2年3カ月ぶりのリリースに、やはり唯一無二の「純度」を見た!」『ROCKIN'ON JAPAN』、18巻4号、2004年4月20日、P.28
- ^ 「依布サラサのチョコより歌詞 リスペクトするあの人に、勝手に歌詞提供? 40回 MONGOL800さん 『やさしい花』」『CDでーた』、23巻7号、2011年7月、P.103
- ^ a b c d e f g 『音楽と人』、14巻9号、2006年9月1日、P.69
- ^ 朝日新聞、2002年7月4日付夕刊、P.12
- ^ a b c d e f g h MONGOL800 公式サイト BIOGRAPHY 2001-2006
- ^ 朝日新聞、2004年12月20日付朝刊、P.32
- ^ 「『変わらぬモンパチ』が変わった傑作ニュー・アルバム」『ROCKIN'ON JAPAN』、20巻13号、2006年9月20日、P.132
- ^ 「結成10年を経て、バンド名を冠した渾身のアルバム『eight-hundreds』そしてついに語られた『MESSAGE』の狂騒の日々の真実」『BRIDGE』、2009年8月1日、P.137
- ^ a b c MONGOL800 公式サイト BIOGRAPHY 2007-2010
- ^ 『BRIDGE』、2009年8月1日、P.131
- ^ 「SPECIAL OTHERS キヨサクとのシングルでスペアザのコラボレーションイヤーが幕開け!」『ROCKIN'ON JAPAN』、25巻9号、2011年7月、P.28
- ^ 朝日新聞、2011年10月25日付朝刊、福岡地方面
- ^ “モンパチ、MステでNOオスプレイ”. 沖縄タイムス. (2013年1月26日) 2013年1月26日閲覧。
外部リンク [編集]
- MONGOL800 HOME PAGE - 公式ウェブサイト
- ハイ・ウェーブ - 所属事務所
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