ナンバーガール
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| ナンバーガール | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | オルタナティブ・ロック |
| 活動期間 | 1995年 - 2002年 |
| レーベル | 東芝EMI |
| 共同作業者 | デイヴ・フリッドマン (音楽プロデューサー) |
| 影響 | ピクシーズ ソニックユースなど |
| 公式サイト | 狂う目 |
| メンバー | |
| 向井秀徳 (ボーカル) 田渕ひさ子 (ギター) 中尾憲太郎 (ベース) アヒト・イナザワ (ドラムス) |
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ナンバーガール(NUMBER GIRL)は、1995年8月に福岡で結成され、2002年9月に解散した日本のロックバンド。日本のオルタナティブ・ロックシーンを牽引し、近年でも多くのミュージシャンからリスペクトするバンドとして挙げられている。
目次 |
[編集] メンバー
- 向井秀徳
- ボーカル、ギター担当。現在はZAZEN BOYSでギター、ボーカル、キーボード担当として活動している。
- 田渕ひさ子
- ギター担当。現在はbloodthirsty butchersでギター担当として、toddleでギター、ボーカル担当として活動している。
- 中尾憲太郎
- ベース担当。現在は SLOTH LOVE CHUNKS、タイガンなどでベース担当として活動している。
- アヒト・イナザワ
- ドラムス担当。現在はVOLA & THE ORIENTAL MACHINEでギター、ボーカル担当として活動している。
[編集] 名前の由来
バンド名の由来は、もともと向井が宅録時代に名乗っていたユニット名が「ナンバーファイブ」(ビートルズの編集盤から命名)であり、その後バンドメンバーを募集したときのベースとドラムスがやっていたバンド名が「カウガール」(ニール・ヤングの曲名から命名)であった為、これを合体させたものだと思われる。
[編集] 来歴
1995年、バンドを結成するまで宅録でやっていた向井秀徳がバンドを組もうと決意し、当時ライブハウスで照明のアルバイトをしていた中尾憲太郎を誘う。その中尾がライブを観て是非組もうと思っていたのが田渕ひさ子であり、そのまま田渕も呼ばれることになる。その後、昔からアヒト・イナザワのドラムスタイルに惚れ込んでいた向井が、アヒトが参加していたバンドを脱退したことを聞き彼をさそい、メンバーが揃う。結成当初から地元福岡でチェルシーQなどのイベントを中心に精力的に活動しつつ、1996年『Atari Shock』や1997年『omoide in my head』など、自主制作カセットテープを作成及び販売する。1997年11月、アンダーグラウンドシーンのカリスマとも呼ばれる羽生和仁氏主宰の福岡のレーベル、automatic kissから1stアルバム『SCHOOL GIRL BYE BYE』をリリース。「Omoide In My Head」や「Iggy Pop Fanclub」などバンドを象徴する代表曲が収録されていることからも、1stアルバムから彼らのスタイルが確立されていた事が伺える。
1998年に上京したナンバーガールは東京でも1年目から40本近いライブを行い、翌年にはアメリカ合衆国オースティンでのライブも成功させている。また、前途の『SCHOOL GIRL BYE BYE』を東芝EMIのスタッフが購入した事がきっかけとなり、ナンバーガールは東芝EMIと契約、1999年5月に、メジャーデビューシングル「透明少女」を発表し、1999年7月にはメジャー1stアルバムとなる『School Girl Distortional Addict』を発表する。その後ライジング・サン・ロック・フェスティバル参加や、bloodthirsty butchersとのツアーを経て、ナンバーガールライブシリーズ『Distortional Discharger』を遂行、その最終日のライブをそのまま収録したライブ・アルバム『シブヤROCKTRANSFORMED状態』をリリース。
MAXI SINGLE 『DESTRUCTION BABY』から、デイヴ・フリッドマンをプロデューサーに起用、アメリカ合衆国ニューヨーク州フレドニアで行われた。通算3枚目のアルバムとなる『SAPPUKEI』もデイヴ・フリッドマンプロデュース。『SAPPUKEI』リリース後、ナンバーガールは『Number Girl Tour Sappukei』を遂行する。その後も、eastern youth主催の対バンライブ『極東最前線』やROCK IN JAPAN FESTIVAL参加、bloodthirsty butchersとのツアー『Harakiri Kocorono Tour』、ワンマンツアー『Inazawa chainsaw』など多数のライブを行っていく。精力的なライブ活動は2001年も続き、その間ライブ記録作品『騒やかな演奏』やライブ会場限定販売カセットテープ『記録シリーズ』をリリースする。
2001年の末頃、ナンバーガールはスタジオ盤としてはラスト・アルバムとなる『NUM-HEAVYMETALLIC』のレコーディングを開始する。デイヴ・フリッドマンを三度プロデューサーとして迎えたこのアルバムは、年をまたいでの2度にわたる渡米の末、完成をみた。
2002年4月、『NUM-HEAVYMETALLIC』をリリースしたナンバーガールは全国ツアーを行い、同年9月にオフィシャル・ウェブサイトにて突然の解散を発表する。解散の理由として「ベースの中尾から別にやりたいバンドがあり、ナンバーガールからの脱退を希望。メンバー及びスタッフで話した結果、中尾、田渕、イナザワ、向井の4人でナンバーガールである、という共通の意思が強かったから」という説明が発表されている。ナンバーガールは解散発表前に計画されていた全国6カ所のツアー『NUM-無常の旅』を行い、最終日、札幌PENNY LANEのライブをもって解散した。ラスト・ライブとなったこの演奏は、ライブ・アルバム『サッポロ OMOIDE IN MY HEAD 状態』に収録され、リリースされた。
ナンバーガール解散後、メンバーはそれぞれ音楽活動を続けている。向井はZAZEN BOYSを結成するとともに、向井秀徳アコースティック&エレクトリック名義でソロでも活動中。イナザワはナンバーガール解散後は向井とともにZAZEN BOYSに参加するが、2004年末で脱退。その後、イナザワがリーダーとなりボーカル、ギターを担当するVOLA & THE ORIENTAL MACHINEを結成。精力的に活動している。田渕はbloodthirsty butchersに参加。また、自身がボーカル、ギターを務める4ピース・バンド、toddleでも活動中。中尾は自身のリーダー・バンド、Sloth Love Chunksを結成。その他、元COWPERSの竹林現動率いるSPIRAL CHORDにも参加していた。
[編集] 音楽的特徴
1980年代、90年代のピクシーズ、ソニック・ユースなどのオルタナティブ・ロックの影響を受けたといわれる、いわゆるギターロックである。1999年に発表されたシングル「DESTRUCTION BABY」あたりから、ダブ、レゲエ的な音響処理が用いられるようになり、ポストパンクを思わせるギター・プレイが色濃くなっていく。コンピレーション盤『極東最前線』に収録された「TOKYO FREEZE」においては、向井独特のラップを披露し、以降のボーカル・スタイルの雛形となる。ラスト・アルバムとなった『NUM-HEAVYMETALLIC』においては、祭囃子的な和の要素を取り入れたサウンドを展開する。
[編集] プロモーション・ビデオ
ナンバーガールのプロモーション・ビデオには向井が監督したものが多数あり、それらは「新日本現代映画」という名義でクレジットされる。実写映像以外に、向井の描いたマンガを使ったものもある。映像は不気味な雰囲気を出すにはフィルムが一番だという向井の趣向から主に16mmフィルム映像で撮られている。
[編集] メディア出演
メジャーデビュー当初から音楽専門チャンネルVIEWSIC(現MUSIC ON! TV)やスペースシャワーTV等に出演し、前に挙げた2局ではよく特集が組まれていた。地上波においては、NHKで取り上げられることが多かった。
2002年には日本テレビ系列のドラマ『私立探偵濱マイク』にゲストとして出演した。
[編集] 作品
[編集] カセットテープ
- Atari Shock (1996年2月)
- Omoide in my head (1996年6月)
[編集] シングル
- DRUNKEN HEARTED (1998年8月20日)
- 透明少女 (1999年5月26日)
- オリコン85位
- DESTRUCTION BABY (1999年9月22日)
- オリコン50位
- URBAN GUITAR SAYONARA (2000年5月31日)
- オリコン33位
- 鉄風 鋭くなって(2000年11月29日)
- オリコン30位
- NUM-AMI-DABUTZ (2002年3月20日)
- オリコン26位
- I Don't Know (2002年4月8日)
- 映画『害虫』サウンドトラック
[編集] アルバム
- SCHOOL GIRL BYE BYE (1997年11月1日)
- SCHOOL GIRL DISTORTIONAL ADDICT (1999年7月23日)
- オリコン42位
- SAPPUKEI (2000年7月19日)
- オリコン24位
- NUM-HEAVYMETALLIC (2002年4月26日)
- オリコン15位
[編集] ライブ・アルバム
- シブヤROCK TRANSFORMED状態 (1999年12月16日)
- オリコン58位
- サッポロOMOIDE IN MY HEAD状態 (2003年1月29日)
- オリコン20位
[編集] 映像作品
- 騒やかな演奏 (2001年6月20日)
- NUMBERGIRL映像集 (2003年3月26日)
- オリコン18位
- Live at Factory/ Number Girl (2009年1月28日)
- オリコン89位
[編集] ボックス・セット
- OMOIDE IN MY HEAD 1 〜BEST & B-SIDES〜(2005年3月2日)
- オリコン19位
- OMOIDE IN MY HEAD 2 記録シリーズ1 (2005年6月22日)
- 4枚組ライブ盤。初回DVD付。オリコン47位。
- OMOIDE IN MY HEAD 2 記録シリーズ2 (2005年6月22日)
- 4枚組ライブ盤。初回DVD付。オリコン52位。
- OMOIDE IN MY HEAD 3 記録映像 (2005年9月28日)
- 4枚組DVD。オリコン23位。
- OMOIDE IN MY HEAD 4 珍NG & RARE TRACKS (2005年12月14日)
- 初回DVD付。オリコン43位。
[編集] ライブ会場・通販限定販売
- 記録シリーズ黒 (2001年、カセットテープ)
- 記録シリーズ黄 (2002年、2枚組CD)
- 記録シリーズ緑 (2002年、2枚組CD)
[編集] その他
- V.A 『SUPER NOVA VOL.1 UNI』 (1999年1月20日)
- 「SAMURAI」と「ウェイ」の二曲を収録。
- V.A 『極東最前線』 (2000年7月16日)
- 「TOKYO FREEZE」を収録。
- V.A 『けものがれ、俺らの猿と オリジナル・サウンドトラック』 (2001年5月30日)
- 「ZAZENBEATS KEMONOSTYLE」を収録。
- 『クイック・ジャパン』Vol.42 (2002年4月)
- 雑誌付録シングルCD。「NUM-AMI-DABUTZ(猫町version)」を収録。同名曲を向井の自宅にて打ち込みで再録音したもの。バンド名義だが実質は向井ソロ。
- V.A 『タダダー! トリビュート 至福刑事 Vol. 2』 (2002年5月10日)
- 「U-REI」のレイ・ハラカミリミックスを収録。
- グループ魂 『Run魂Run』 (2002年12月25日)
- 「あの歌の故郷を訪ねて」にメンバー全員で参加。バンドとしての最後のスタジオレコーディング音源はコントだった。
[編集] 関連項目
- ライオン丸G - 各タイトルは、ナンバーガールの楽曲が元ネタになっている。

