ピクシーズ
| ピクシーズ | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 別名 | ピクシーズ・イン・パノプリー |
| 出身地 | |
| ジャンル | オルタナティヴ・ロック |
| 活動期間 | 1985年 - 1993年 2004年 - |
| レーベル | 4AD エレクトラ・レコード スピンアート・レコード アーテミス・レコード |
| 公式サイト | 4AD - Pixies |
| メンバー | |
| ブラック・フランシス (ボーカル、ギター) キム・ディール (ベース、ボーカル) ジョーイ・サンティアゴ (ギター) デヴィッド・ラヴァリング (ドラムス) |
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ピクシーズ (Pixies) は、1985年に結成されたアメリカ合衆国のロックバンドである。初期オルタナティヴ・ロックシーンに活躍したバンドのひとつであり、乾いた轟音ギターにブラック・フランシスの絶叫ボーカルが重なったサウンドは、後のインディー・ロックミュージシャンに影響を与えた。
目次 |
メンバー [編集]
- ブラック・フランシス (Black Francis)
- ボーカル、ギター担当。
- 本名チャールズ・マイケル・キットリッジ・トンプソン四世。ソロ転向時にフランク・ブラック (Frank Black) に改名したが、後に芸名を再びブラック・フランシスに戻した。
- キム・ディール (Kim Deal)
- ベース、ボーカル担当。
- 1988年頃まではミセス・ジョン・マーフィー(Mrs. John Murphy)名義。
- 自身のリーダーバンド、ブリーダーズ (The Breeders) でも活動。
- ジョーイ・サンティアゴ (Joey Santiago)
- ギター担当。
- デイヴィッド・ラヴァリング (David Lovering)
- ドラムス担当。
来歴 [編集]
1986年にボストンの大学を中退したフランシスが、同級生のサンティアゴをバンドに誘う。ドラムとベースを募集するために地元紙に〈ハスカー・ドゥとピーター・ポール&マリーが好きなメンバー求む〉と募集広告を掲載したところ、ドラムのラヴァリングと結婚披露式で出会ったディールが来た。ここに、現在のピクシーズが完成した。
バンド名は、ギターのジョーイ・サンティアゴが適当に辞書を引いたところが「pixies」だったため。このバンドの正式名称は "Pixies in Panoply"であり、略してPixiesと読んでいる。
デビューの為のデモテープを制作したところ、イギリスのレーベル4ADのオーナー、アイヴォ・ワッツ=ラッセルに気に入られ同レーベルと契約する。バンドはミニアルバムの『カム・オン・ピルグリム』を制作した。このタイトルは、同アルバム内の「レヴァテイト・ミー」 (Levitate Me) の歌詞から取られたものである。このミニアルバム制作直後の1988年に、エンジニアにスティーブ・アルビニを迎え1stフルアルバム『サーファ・ローザ』を制作した。このアルバムでピクシーズは、世界の音楽界で巨大な名声を手に入れた。翌1989年にはギル・ノートンプロデュースの2ndアルバム『ドリトル』をリリース。同アルバム内の「ヒアー・カムズ・ユア・マン」 (Here Comes Your Man) と「モンキー・ゴン・トゥー・ヘヴン」 (Monkey Gone to Heaven) はイギリスのヒットチャートTop10にランクインし、また北米チャートTop100にもランクインした。1990年にはバンド最大のヒット曲「ディグ・フォー・ファイアー」 (Dig for Fire) を収録した3rdアルバム『ボサノバ』を制作した。この頃からメンバー内に軋轢が発生するようになった。この頃にディールは、ブリーダーズ (The Breeders) を結成する。1991年、4thアルバム『トロンプ・ル・モンド』をリリースしたが、結局これがラストアルバムとなった。
1993年初頭にブラック・フランシスはラジオのインタビューでバンドの解散を発表した。彼はフランク・ブラックに改名してソロアーティストとしてのキャリアをスタートさせた。
2004年にはミネソタで再結成を果たし、フジ・ロック・フェスティバルにも出演した。2010年にはサマーソニックに出演した。
評価・音楽性 [編集]
ブラック・フランシスの歌唱は、その人を食ったような歌詞と相乗し、狂気的でありながらも文学的である。それらの狂気がキム・ディールの可愛げなコーラスと合わさったピクシーズの形容しがたい表情は、アーティスティックなものとして受け入れられ「ヘヴィメタルともロックンロールとも違うギターミュージック」として、多くのフォロワーを生んだ。
フランシスの歌詞の題材になるのは、近親相姦、歪んだ恋慕、殺人、キリスト教社会・学歴社会への楯突き(これらはフランシスの人生と大いに関係している)、死生観、自然観、動物観、などである。
初期の作品はスティーブ・アルビニ録音などの影響でローファイ・アンダーグラウンド色が強く、剥き出しの音楽を生み出した。その後の作品はギル・ノートンによってプロデュースされ、メジャーシーンに進むにつれて厚いギターが目立つようになったが、その評価はいささかも揺らぐことはなかった。ローリング・ストーン誌のエーラ・バートンは「1990年代以降のギターロックの本山」として、ピクシーズに高い評価を与えている。
ピクシーズに影響を受けたバンドは数多く、ニルヴァーナのカート・コバーン、U2のボノ、ウィーザー、ブラー、レディオヘッド、ストロークス、また日本ではナンバーガール、SUPERCAR、the pillowsなどが挙げられる。特にカート・コバーンがピクシーズを崇拝していたのは有名な話で、ニルヴァーナの代表曲「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」は、コバーンがピクシーズの曲("Debaser"とも"Where Is My Mind?"とも言われる)をコピーしている時に出来た曲だといわれている。
トリビュートアルバムもいくつか作られており、1999年にアメリカでリリースされた"Where Is My Mind? A Tribute to the Pixies"にはウィーザー、ナダ・サーフ、リール・ビッグ・フィッシュらが、2000年に日本でリリースされた"Tribute to the Pixies"にはBEAT CRUSADERS、PENPALS、MO'SOME TONEBENDER、NAHTらがそれぞれ参加している。
作品 [編集]
詳細は「ピクシーズの作品」を参照
アルバム [編集]
- カム・オン・ピルグリム - Come on Pilgrim (1987年、EP)
- サーファー・ローザ - Surfer Rosa (1988年)
- ドリトル - Doolittle (1989年)
- ボサノバ - Bossanova (1990年)
- トゥロンプ・ル・モンド(世界を騙せ) - Trompe le Monde (1991年)ジーザス&メリーチェインの「ヘッド・オン」のカヴァーを収録
外部リンク [編集]
- 4AD - Pixies (英語) - 4ADレコードによる公式ウェブサイト