PJ ハーヴェイ

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PJ ハーヴェイ
2004年
2004年
基本情報
出生名 Polly Jean Harvey
出生 1969年10月9日(44歳)
イングランドの旗 イングランドドーセット
ジャンル オルタナティヴ・ロック
インディー・ロック
ハード・ロック
Experimental rock
職業 シンガーソングライター
担当楽器 ギターピアノキーボードベースハープバイオリンチェロパーカッションハーモニカ
活動期間 1991 – 現在
レーベル Island
公式サイト www.pjharvey.net

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PJ ハーヴェイ(Polly Jean Harvey1969年10月9日)はイギリスのミュージシャンシンガーソングライター。身長162cm。

Q誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第57位[1]

来歴[編集]

生い立ち[編集]

ドーセット石工の父親の元に生まれ、農場で育った。両親は音楽好きで、幼いころからブルースジャズアート・ロックを聴かせてくれたという。「ジョン・リー・フッカーハウリン・ウルフロバート・ジョンソンジミ・ヘンドリクスを聴いて育った。」とローリングストーン誌のインタビューに答えている。サックスを8年間習い、17歳の時に曲を書き始めた。しかしミュージシャンになる予定はなくセントラル・セント・マーチンズ・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインで彫刻を勉強していた。

デビュー(1990年代)[編集]

1991年に自主レーベルからデビューシングルを発売。ローリングストーン誌のベストソングライターに選出されるなど各方面から絶賛され、カート・コバーンが「好きなアルバムTOP20」にPJハーヴェイの『ドライ』を選出したことでさらに注目を浴びる。1992年にはNME誌の表紙をトップレスで飾った。1993年にはセカンド・アルバム『リッド・オブミー』を発表。スティーヴ・アルビニのプロデュースの下で生々しいサウンドを展開した。

初期においては「PJハーヴェイ」名義のバンドで作品を発表しライヴを行っていたが、1995年発表の3作目『トゥー・ブリング・ユー・マイ・ラヴ』よりソロ・アーティストとして活動するようになる。

2000年代[編集]

2001年の『ストーリーズ・フロム・ザ・シティ、ストーリーズ・フロム・ザ・シー』でマーキュリー賞を受賞。

2010年代[編集]

2011年、8作目となる『レット・イングランド・シェイク』を発表。第一次大戦期の英国を題材にしたこのアルバムは、ヒットを記録すると同時に好意的な批評で受け入れられ、同年のマーキュリー賞に輝いた(同一アーティストによる二度目の受賞は史上初)。同年末のインタビューでPJはライヴで過去の曲を演奏しなくなった理由を聞かれて、「歌いながら信じられる曲しか今では歌わないことにしている」と答え、年を重ねたことによる変化をうかがわせた[2]

コラボレーション[編集]

ジョシュ・オムニック・ケイヴボブ・ディランスパークルホースマリアンヌ・フェイスフルらとの共演がある。

ディスコグラフィー[編集]

スタジオアルバム[編集]

コンピレーション[編集]

コラボレーション[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]