セイコーホールディングス

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セイコーホールディングス株式会社
Seiko Holdings Corporation
Seiko logo.svg
種類 株式会社
市場情報
東証1部 8050
略称 セイコーHD
本社所在地 日本の旗 日本
〒105-8459
東京都港区芝浦1-2-1(シーバンスN館
〒104-8105
東京都中央区銀座4-5-11(登記上の本店・銀座和光内)
設立 1917年10月29日1881年創業)
業種 精密機器
代表者 代表取締役社長 服部真二[1]
資本金 100億円(2007年3月31日現在)
売上高 単体60億円、連結2,091億円(2007年3月期)
従業員数 単体57人、連結6699人(2006年3月31日現在)
決算期 3月31日
外部リンク http://www.seiko.co.jp/
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セイコーグランドクォーツ

セイコーホールディングス株式会社英称:Seiko Holdings Corporation)は、東京都港区に本社を置くセイコーグループの中心会社である。ブランド名はSEIKOおよびセカンドラインとしてALBAを使用。

目次

[編集] 沿革

銀座和光(旧・服部時計店、セイコーホールディングスの登記上の本店)
  • 1881年(明治14年)12月 - 服部金太郎が輸入時計を販売する服部時計店を創業した。
  • 1892年(明治25年)3月 - 時計工場である精工舎を設立し、国産クロックの製造を開始して、精工舎で製造した国産クロックの販売を服部時計店で始めた。
  • 1896年(明治29年) - 同社初の懐中時計「タイムキーパー20型」を発売(発売を1894年(明治27年)、または1895年(明治28年)とする異説もある。)。
  • 1917年(大正6年)10月29日 - 会社組織に改め資本金500万円の株式会社服部時計店(英文:K. Hattori & Co., Ltd.)となる。
  • 1937年(昭和12年)9月 - 工場精工舎のウオッチ部門が分離独立し、株式会社第二精工舎(現在のセイコーインスツル株式会社)となる。
  • 1947年(昭和22年)4月 - 小売部門を分離し、株式会社和光設立。
  • 1949年(昭和24年)5月 - 東京証券取引所上場
  • 1959年(昭和34年)5月 - 株式会社第二精工舎の諏訪工場が分離独立し、株式会社諏訪精工舎(現在のセイコーエプソン株式会社)となる。
  • 1964年(昭和39年)10月 - 東京オリンピック公式計時
  • 1969年(昭和44年)12月 - 世界初のアナログクォーツウォッチ アストロン 35SQ[2]セイコーエプソン製)を発売。
  • 1983年(昭和58年)8月 - 社名を株式会社服部セイコー(英文:Hattori Seiko Co., Ltd)とする。
  • 1990年(平成2年) - 英文社名をSeiko Corporationとする。
  • 1997年(平成9年)7月 - 社名をセイコー株式会社とする。
  • 2001年(平成13年)7月 - セイコーウオッチ株式会社を設立し、ウオッチ事業を分社。持株会社となる。事業子会社の「セイコーウォッチ」、「セイコークロック」、「セイコープレシジョン」、「セイコーオプティカルプロダクツ」等を統括している。
  • 2007年(平成19年)7月 - 社名をセイコーホールディングス株式会社(英文:Seiko Holdings Corporation)に変更。
  • 2009年(平成21年)10月1日 - セイコーインスツルを完全子会社化。

[編集] 概要

日本初の腕時計、世界初のクオーツウオッチを製品化し、現在も時計関連で有名であり、オリンピックなどの世界大会などで公式スポンサー、オフィシャルタイマーとしてたびたび参加している。

日本テレビ開局日の1953年(昭和28年)8月28日に前身会社である当時の精工舎が日本最初のテレビCMである正午時報を放映させた。

戦前・戦後から後楽園球場1937年(昭和12年) - 1987年(昭和62年))、東京ドーム1988年(昭和63年) - )、明治神宮野球場1980年(昭和55年) - )と球場のスポンサーになったのを日切りに、スポーツ競技場のタイマーでもおなじみ。

現在も積極的にスポーツイベントに計時支援を行っている。世界的に計時支援は、共同出資の別会社に自社ブランドの看板をもたせて支援させる方式(スイス時計メーカー出資のスイスタイミング社など)が普及しているが、セイコーはグループ内の部署に支援させて技術開発も行うスタイルを維持している。

[編集] セイコーグループ

[編集] グループ概要

セイコーホールディングスは、セイコーインスツル株式会社(SII)、セイコーエプソン株式会社(EPSON)とともにセイコーグループ中核3社といわれている。中核3社とその子会社が、腕時計事業を中心に協力関係にあり、セイコーグループを構成する。セイコーインスツルとセイコーエプソンは、服部時計店(現セイコーホールディングス)の製造部門であった精工舎を源流とする。両社は、服部家が大株主になっていたが、セイコーホールディングスとの直接の資本関係は薄く、セイコーホールディングスの子会社ではなかった。いわゆる「兄弟企業」であった。

セイコーホールディングスは、服部時計店の時代から、腕時計の開発・設計・製造をセイコーインスツル(SII、旧 セイコー電子工業(第二精工舎))とセイコーエプソン(EPSON、旧 諏訪精工舎)とに委託しており、店(販売営業部門)と工場(製造開発部門)という関係だった。

現在もセイコーインスツルは、国内および海外の子会社(盛岡セイコー工業など)でセイコーウオッチ向け腕時計の一貫生産および材料・部品の製造を行っている。ずっと服部家を大株主とする非上場企業であったが、2009年(平成21年)10月1日をもってセイコーホールディングスの完全子会社、セイコーホールディングスグループ(SHDグループ)の一員となった。
一般的に「エプソン」と呼ばれているが、前身の「第二精工舎」や「諏訪精工舎」時代からの流れで、今も「セイコー」を名乗っている。昔は本社(長野県諏訪市)のビルにEPSONというロゴとSEIKOというロゴが入っていたが、数年前にSEIKOがはずされた。一部の工場にはSEIKOのロゴが残っている。現在もエプソンはセイコーウオッチ向け腕時計の開発と製造を行っている。電子機器・情報関連機器メーカーとして発展を遂げており、売上高や株式時価総額など企業規模はセイコーホールディングスの10倍近くである。2003年(平成15年)の株式公開(東証上場)後も服部家の個人および資産管理会社が同社の大株主であり、経営に対して一定の影響力を有している[3]。同社の副会長ポストには服部家出身者がついている。

[編集] 事業子会社(SHDグループ)

セイコーホールディングス株式会社は、2001年(平成13年)から持株会社制に移行しており、各事業は事業子会社が行っている。

  • ウオッチ事業(腕時計) - セイコーウオッチ株式会社(腕時計のマーケティング)、セイコーサービスセンター株式会社(腕時計の修理・部品販売)
  • クロック事業(置時計) - セイコークロック株式会社(旧精工舎)
  • プレシジョン事業 - セイコープレシジョン株式会社(旧精工舎、電子デバイス、プリンターなど)、セイコーNPC株式会社(半導体)、セイコーインスツル(旧第二精工舎、メカトロニクス、電子デバイス、情報システム機器、科学機器など)
  • 眼鏡事業 - セイコーオプティカルプロダクツ株式会社
セイコーグループとペンタックスグループの眼鏡レンズ販売事業を統合。2004年(平成16年)1月1日設立。SEIKOおよびPENTAXの両ブランドを活用した商品展開を行っている。
  • その他の事業 - 株式会社和光(高級装飾品等の小売)、株式会社クロノス(時計・宝飾・眼鏡の小売)、セイコースポーツライフ株式会社(ゴルフクラブ、ストップウオッチ、家電用品小物など)、セイコージュエリー株式会社(宝飾品)、セイコータイムシステム株式会社(設備時計、スポーツ計時計測機器など)、株式会社オハラ(光学ガラス、東証1部 5218、持分法適用関連会社、セイコーホールディングスが32.2%を所有)

[編集] 経営

創業以来、頑なに服部一族による血族経営方式を守ってきた企業である[4]。セイコー創業者は服部時計店を興した服部金太郎。その長男の玄三が二代目社長、二男の正次が三代目社長を務め、四代目社長に玄三の長男の謙太郎、五代目社長に二男の礼次郎が就いた。セイコーインスツルを解任された純市(後述)は謙太郎の長男。

六代目以降は一族以外から就いたが、長年に渡り、礼次郎[5]とその威光を受けた鵜浦典子(2002年(平成14年)より和光取締役、2007年(平成19年)よりセイコー取締役)が経営の実権を握ってきたとされる。十代目社長の服部真二[6]就任で再び創業家に戻ったが、礼次郎は名誉会長の肩書のまま残っている。

2006年(平成18年)、電子部品会社・セイコーインスツルの会長兼社長代行を務めていた創業家一族の服部純市が取締役会の緊急動議で解任される。

2010年(平成22年)までに、労組の調査などで、礼次郎と鵜浦が和光本館周辺に新たに店を出す「和光スクエア構想」を単独で進めるために、多額の不動産を取得していたことが発覚する。これを背任として、労組は経営陣に対する株主代表訴訟の手続きに入った。経営側も実態を調査し、社外取締役原田明夫(元検事総長)が「刑事事件民事事件の事件になりかねない」と判断、2010年(平成22年)4月30日の取締役会で緊急動議を発動。その場で礼次郎、鵜浦を和光の役職から解任すると同時に、「両氏の専横を止められなかった」として村野晃一をセイコーホールディングス会長兼社長の役職から解任。後任に副社長の服部真二が昇格、村野の解任と自身の新社長就任を自ら発表した。

一連の騒動について、マスコミは「オーナー一族による会社の私物化が、上場企業としての企業統治(ガバナンス)をマヒさせた」(産経新聞)[7]などと報じた。

[編集] 労働組合

社内労組はセイコーグループユニオンパワーハラスメント左遷人事などの被害報告が寄せられており、中村昇造(組合長)は「退職や鬱(うつ)病(びよう)になった被害者は報告されただけで50人を超える」とマスメディアの取材に応えている[8]

[編集] 日本最初のテレビCM

日本最初のテレビCMは、1953年(昭和28年)8月28日日本テレビで放映された、当時の精工舎時報である。当時の放送関係者の証言によると放送機材の操作に慣れていなかったため、フイルムが裏返しだったので音がまったく出ず、音なしの状態で30秒間放送された。当時のフィルムの場合、映像の横に音を再生するためのサウンドトラックがあり、フィルムが逆向きになると音が再生されなかった。なお、時報音はフィルムと関係なく挿入されたため正確に出た。ちなみに、同日の午後7時の時報は無事に放映され、これが現存する日本最古のテレビCMである。翌日の正午、テレビCM第1号になるはずだった正午の時報も無事に放映された

[編集] 内容
  • (午後7時の時報編)
右上に「JOAX-TV」「日本テレビ」の字、中央に精工舎の社章と英字ロゴタイプ共に「こちらは日本テレビでございます」と女性のナレーション。社章とロゴが「精工舎の時計」というテロップに変化する。
が置き時計のゼンマイを巻くアニメーションが流れる。同時に「時計のゼンマイは、一定の時刻に静かに一回お巻き下さい」とナレーション。ゼンマイを巻いた鶏が時計の文字盤と顔を合わせると、文字盤が顔に変わる。
最後に時報メロディが流れ「精工舎の時計が7時をお知らせ致します」というナレーションと共に、7時を指している精工舎の置き時計が次々と表示される。
  • (正午の時報編)
7時編と同じく中央に社章・英字ロゴタイプが表示され「こちらは日本テレビでございます」とナレーション。社章・ロゴが「時計はセイコー」というテロップに変化する。
ラジオの上に置き時計が置かれている映像が映され「時計をラジオやテレビの上に置かないように致しましょう」とナレーションが入る。
次にテレビの内蔵部品が映され「ラジオやテレビは磁気を帯びている為、時計の時刻が磁気によって不正確になる」といった旨を実験映像やナレーションで解説。
最後に「精工舎の時計が正午をお知らせ致します」のナレーションと「精工舎の目覚時計」と、そのテロップで締め括られる。

従来、「3秒で放送中止となった」というのが定説だったが、これは間違いである[9]

[編集] 日本最初のラジオCM(時報)

なお、日本最初のラジオCM(時報)も、当時の精工舎の午前7時の時報であった[10]。1951年9月1日に中部日本放送で放送された。その内容は、精工舎から中部日本放送に提供された時計の予報音楽(リズミカルな音)に続いて通知音が鳴り「精工舎の時計が、ただ今、7時をお知らせしました」というものだった[11]

[編集] 提供番組

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[編集] 関連項目

札幌オリンピック
バルセロナオリンピック
リレハンメルオリンピック
長野オリンピック
ソルトレイクシティオリンピック(以上オフィシャルタイマー)
世界陸上大阪(2007年開催)

[編集] 注記・参考資料

  1. ^ 代表取締役の異動に関するお知らせ セイコーホールディングス株式会社、2010年4月30日
  2. ^ セイコー クオーツアストロン 35SQ(エプソン マイルストンプロダクツ)
  3. ^ アニュアルレポート2006(PDF版,2.7MB) 47ページ「大株主との関係について」を参照
  4. ^ 「工場」軽視が招いたセイコーの落日 日本経済新聞、2010年5月18日
  5. ^ 服部礼次郎は、1983年(昭和58年)に服部セイコーの社長に就任。4年で社長の役職を退いたが、以降は取締役でもない名誉会長の肩書でグループのトップに君臨していたとされる。
  6. ^ 真二は四代目・謙太郎の二男で叔父に当たる礼次郎の養子
  7. ^ MSN産経ニュース 【ドラマ・企業攻防】名門セイコーの“病巣” 血族たらい回しで統治機能マヒ
  8. ^ MSN産経ニュース 【ドラマ・企業攻防】名門セイコーの“病巣” 血族たらい回しで統治機能マヒ (1/3ページ)
  9. ^ [http://www.enjoy-cm.com/pc/lib rary_1950.html CMのCMキャンペーン テレビ元年、CMスタート]
  10. ^ 日本最初の時報以外のラジオCMは、新日本放送(現・毎日放送)のスモカ歯磨のCMである。詳しくは、コマーシャルメッセージを参照。
  11. ^ 検証した内容を記したサイト中部日報放送ホームページ

[編集] 外部リンク

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