椎名和夫
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椎名 和夫(しいな かずお、1952年7月14日 - )は、日本の編曲家、ギタリスト、ヴァイオリニスト。日本芸能実演家団体協議会および実演家著作隣接権センターの常任理事。
[編集] 人物
1973年に吉田美奈子のバックミュージシャン(ヴァイオリニスト)としてプロデビュー。その後、はちみつぱいの2代目ギタリスト/ヴァイオリニスト、ムーンライダーズの初代ギタリストを務める。1977年に音楽性の相違を理由にムーンライダーズを脱退した後、編曲家、プロデューサーに転身。 その後、RCサクセションの「雨上がりの夜空に」「君は僕を知っている」や、中島みゆき「悪女」等の多くの語り継がれる名曲をはじめ、チューリップ、甲斐バンド、吉田美奈子、アン・ルイス、ブレッド&バター、上田正樹、徳永英明、中村あゆみ、白井貴子、もんた&ブラザース、マリーン、サーカス、光GENJI、少年隊、SMAP、和田アキ子、BEGIN、林田健司..数えきれないほどの編曲をこなす。1986年には、中森明菜「DESIRE」で日本レコード大賞編曲賞も受賞した。 また作曲家としても、中島みゆき、アグネス・チャン、キャンディーズ、アン・ルイス、中村雅俊、ジャッキー・チェン等に作品を提供。
また、"打ち込み"という概念の誕生とともにPOPSに大きな変革がもたらされたシーケンスミュージック黎明期から、そのプログラミング・スキルは、山下達郎、竹内まりや、吉田美奈子、山木秀夫などの多くのアーティストから絶大なる信頼を受け、そのオリジナルな存在は、数々の名作誕生の一端を担う。
そんなスタジオ・ワークとい緻密な作業に追われる日々の中、その反面で、ギタリストとしての活動にも勢力的で、山下達郎バンドのレギュラーメンバーとして数多くのツアーをこなす。特に80年代のツアーやレコーディングでメインとなったDr.青山純、B.伊藤広規、G.椎名和夫という編成は、後に山下達郎が自身のCDレビュー(参「TATS GREATEST HITS」)をはじめ至る所で、「バンド史上考えうる最高のリズム隊」と明言しており、達郎ファンの間でも黄金のリズム隊と謳われている。この他にも吉田美奈子、井上陽水、ライオネル・リッチー、岡林信康、細野晴臣、海援隊、寺尾聡、上田正樹、中島みゆき.....とまた、多くのライブサポートで、オーディエンスを沸かしてきたことから、80年代では、ミュージシャン・オブ・ミュージシャンズ、プロデューサー・オブ・ミュージシャンズの称号を得ていた。
近年では著作権ロビイストとしての精力的な活動で知られ、私的録音録画補償金制度の適用範囲拡大(iPodや汎用ハードディスクなど、あらゆるメディア・機器から補償金を徴収する)などを繰り返し主張している[1]。
[編集] 編曲
- RCサクセション「雨上がりの夜空に」「君は僕を知っている」「STEP!」「上を向いて歩こう」
- 石川秀美「ミステリー ウーマン」「素敵な勇気」
- 宇沙美ゆかり「恋はDancing」「プロローグ・アゲイン」「想い出のプラネタリウム」「空気になりたい」
- SMAP「君色思い」(コーラスアレンジ)
- SALLY「HEARTはキュートなままでいて」「プッシー・キャット」「君だけに"GOOD NIGHT"」「LADY」「ルーシー,今夜だけは…」「サマータイム・メモリー」「GOOD VIBRATIONはあの街角に」
- 中森明菜「DESIRE -情熱-」「駅」「約束」「OH NO, OH YES!」「燠火」「Teen-age blue」「危ないMON AMOUR」「赤のエナメル」「ミック・ジャガーに微笑みを」「最後のカルメン」)
- 中島みゆき「悪女」「御機嫌如何」「シュガー」「見返り美人」「仮面」「熱病(2nd Version)」「毒をんな」「片想'86」「狼になりたい」「HALF」「鳥になって」「クリスマスソングを唄うように」「阿呆鳥」「最悪」「F.O.」「この世に二人だけ」「縁」「やまねこ」「波の上」
- 成清加奈子「パジャマ・じゃまだ」(編曲)「うる星やつら」オープニング曲(第130話~150話)
- ニャンギラス「夏が来れば」「ファースト・ダンスは渚で」
- 本田美奈子「讃美歌は歌えない」「CHARLIE」
- 宮里久美「アレルギー」「WATER BLUE」「RAINY BOY」「INTO THE NIGHT」「自分自身」
- 吉田美奈子「素直じゃなくって御免」
- 薬師丸ひろ子「元気をだして」

