四宮洋平

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四宮 洋平(しのみや ようへい、1978年12月8日 - )は、日本の元ラグビー選手である。現役時代のポジションはウィング・フルバック。

かつての代理人は、猪野仁志グルノーブル・フット38ゼネラル・ディレクター)。

来歴[編集]

神奈川県川崎市出身。桐蔭学園中学校1年でラグビーを始め、桐蔭学園高校3年時には花園に出場しベスト16入りを果たす。その後関東学院大学に進学し、1年からレギュラーで活躍。4年連続で大学選手権決勝に進出し3回優勝。3年時、Auckland Marist U-20 (NZ )でプレー。主力選手として活躍。

卒業後、ヤマハ発動機に入社。在籍中にニュージーランドに留学。2002年はNPC2部のMID CANTERBURY 州代表(NZ)、2003年にはノースハーバー州B代表(NZ)などにも選出された。同年には日本代表入りし、キャップ3を獲得。2005年7人制ワールドカップで5トライをあげる活躍。

2004年3月、ヤマハを退社し、1年間ニュージーランドNPCのノースランドでプレー。2005年1月、日本人で初めて南アフリカのプロチームと契約。ボーランド・キャバリアーズ、ヨハネスブルグ・レイダーズでプレー。同年9月、ジャパンラグビートップリーグワールドファイティングブルに入団。

2006年、南アフリカの強豪スーパー14のブルズと契約。ラグビー・ローマ・オリンピックへ移籍。ドーハ・アジア大会で金メダル 2007年、ニュージーランドに渡りエアーニュージーランドカップのマナワツ州代表に選ばれる。同年9月より、当時トップウェストAリーグの近鉄ライナーズに入団。プレーオフを制しトップリーグ昇格に貢献。

2010年、イタリア GRANDUCATO PARMA RUGBY super10に入団。5位でシーズン終了。

2011年、フランス2部AIX EN PROVENCEに入団。海外プロ契約6チーム目。海外ラグビー11シーズン目。

2012年、イタリア Rugby Reggioへ入団。

2013年6月に元バレーボール日本女子代表主将の荒木絵里香と結婚[1]。2014年1月に第1子(長女)が誕生している[2]

2013年12月に現役を引退し、東京フェニックス・ラグビークラブ監督に就任した。

名言[編集]

「飛行機を見ながら、1年オープンの航空チケットを取り出して眺めるんです。」(Number 666号 2006年11月 16日発売より。南アフリカでプレーしていた当時、異国の地での孤独を紛らわすためにやっていたこと。)

<引退のコメントブログより引用>

最後に、自分自身の事を少し書こうと思う。 プロのラグビー選手生活を終わりにしようと思う。 35歳になったらラグビー辞めると決めていた。 昨年の怪我から何とか復帰して、最後良い形で終えたいと思っていたが、世の中そんなに甘くない。 現在は95%~90%位まで回復したが、ラグビーってスポーツは100%出さないと出来ないスポーツ。今まで100%のリミット切る為に色々やってきて、95~90%から上がらないなら面白くない。 自分のキャリアを振り返ると、素晴らしい体験ばかりで思い残す事はない。何よりもラグビーを通じ沢山の友達が世界中に出来た事が一番の財産です。 今まで応援して下さった皆様、ありがとうございました。 これからも楕円とはお付き合いをしていくつもり。 世界へ羽ばたく選手の育成や、海外チームのコーチ又は、マネージャーを出来る様になりたい。

脚注[編集]

  1. ^ ラグビー四宮&バレー荒木結婚で高め合う 日刊スポーツ 2013年6月19日閲覧
  2. ^ 1月21日に無事、元気な女の子を出産しました。 荒木絵里香Twitter 2014年2月3日

外部リンク[編集]