武蔵大学

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武蔵大学
武蔵大学・大講堂
武蔵大学・大講堂
大学設置 1949年
創立 1922年
学校種別 私立
設置者 学校法人根津育英会武蔵学園
本部所在地 東京都練馬区豊玉上1-26-1
キャンパス 江古田(東京都練馬区)
学部 経済学部
人文学部
社会学部
研究科 経済学研究科
人文科学研究科
ウェブサイト 武蔵大学公式サイト
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武蔵大学(むさしだいがく、英語: Musashi University)は、東京都練馬区豊玉上1-26-1に本部を置く日本私立大学である。1949年に設置された。大学の略称は特になく、武蔵大や武蔵と呼ばれる。

概観[編集]

大学全体[編集]

根津財閥の創設者でもある初代根津嘉一郎によって1922年に設立された旧制七年制高等学校である旧制武蔵高等学校が前身。新制大学として発足する際、旧制高等学校時代の資源を活かせる文理学部を設置する案が有力であったが、戦後日本の復興に資する大学を建設するという意味で、経済学部医学部進学課程(プレメディカルコース)1962年廃止)の構成で出発した。その後、1969年人文学部を増設、1998年に人文学部社会学科が独立して社会学部が設置され、現在は3学部2研究科を有している。

建学の理念と目標[編集]

建学の理念[編集]

  • 東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物
  • 世界に雄飛するにたえる人物
  • 自ら調べ自ら考える力がある人物

目標[編集]

  • [自立] 自ら調べ自ら考える
  • [対話] 心を開いて対話する
  • [実践] 世界に思いをめぐらし、身近な場所で実践する

教育および研究[編集]

少人数教育

武蔵大学では、開学当初から徹底した少人数教育で「ゼミ(演習)」を中心にした教育を行っている。

これは武蔵大学の前身にあたる旧制武蔵高等学校時代からの伝統である。これを受け、武蔵大学も創立当初から全学生が履修できるゼミをカリキュラムの中心に置いてきた。 1951年昭和26年)にはすでに1年次から4年次までゼミが必修となり、フェイス・トゥ・フェイスの教育が学生の学習に効果を発揮した。当時多くの大学が規模の拡大を目指していた中、武蔵大学では独自のシステムを徹底した。こうしてゼミナール制度は、武蔵大学の教育の根幹として受け継がれ、同時に絶えず時代とともに進化を続けながら「ゼミの武蔵」として、社会から高い評価を受けることになった。

沿革[編集]

旧制武蔵高等学校創設者の初代根津嘉一郎像。
旧制武蔵高等学校初代校長の一木喜徳郎
  • 1922年4月 武蔵大学の前身となる、日本初の旧制七年制高等学校である旧制武蔵高等学校開校。
  • 1949年4月 学制改革により新制武蔵大学(経済学部経済学科)開設。
  • 1950年11月 四大学武蔵大学学習院大学成蹊大学成城大学)対抗運動競技大会始まる。
  • 1954年6月 大学祭始まる。
  • 1959年4月 経済学部に経営学科を増設。
  • 1963年10月 大学祭を「白雉祭」と命名。
  • 1965年6月 第1回学内運動競技大会開催。
  • 1969年4月 人文学部(欧米文化学科、日本文化学科、社会学科)を増設。大学院(経済学研究科)を設置。
  • 1972年4月 大学院経済学研究科に経済学専攻博士課程を設置。
  • 1973年4月 大学院に人文科学研究科を増設。
  • 1983年4月 武蔵学園創立60周年記念事業「濯川蘇生計画」開始。
  • 1992年4月 経済学部に金融学科を増設。
  • 1995年4月 大学院人文科学研究科に社会学専攻修士課程増設。
  • 1997年4月 大学院人文科学研究科修士課程英語英米文学専攻、ドイツ語ドイツ文学専攻、フランス語フランス文学専攻を欧米文化専攻に、日本語日本文学専攻を日本文化専攻に改組し、それぞれ欧米文化専攻博士課程、日本文化専攻博士課程を増設。同時に社会学専攻博士課程を増設。
  • 1998年4月 人文学部社会学科を改組し、社会学部(社会学科)を増設。人文学部に比較文化学科を増設。
  • 1999年4月 大学院経済学研究科に経営・ファイナンス専攻(博士後期課程)を増設。
  • 2004年4月 社会学部にメディア社会学科を増設。
  • 2005年4月 人文学部欧米文化学科、日本文化学科、比較文化学科を英米比較文化学科、ヨーロッパ比較文化学科、日本・東アジア比較文化学科に改組。
  • 2006年4月 大学院経済学研究科(博士前期課程)経済学専攻、経営・ファイナンス専攻を経済・経営・ファイナンス専攻に改組。
  • 2008年4月 大学院経済学研究科(博士後期課程)経済学専攻、経営・ファイナンス専攻を経済・経営・ファイナンス専攻に改組。
  • 2009年4月 テンプル大学ジャパンキャンパスと提携。
  • 2010年6月 朝霞グラウンドを人工芝化。
  • 2011年4月 人文学部英米比較文化学科、ヨーロッパ比較文化学科、日本・東アジア比較文化学科を英語英米文化学科、ヨーロッパ文化学科、日本・東アジア文化学科に改組。

基礎データ[編集]

所在地[編集]

大学の正門

校歌[編集]

  • 「武蔵大学讃歌」
    • 作詞 斉藤忠三
    • 作曲 柴田丈夫守住佐一郎
    • 雑誌「武蔵評論」に寄稿された同級生の作「祥瑞の白雉」に刺激された齋藤忠三が作詞。その後作曲の守住左一郎の眼にとまったのが縁で、美しい五線譜が組みこまれた。大学2回卒業生の謝恩会で発表、愛唱歌なった。

象徴[編集]

  • 校章は白雉をモチーフにしてデザインされている。
  • 武蔵のシンボル白雉は続日本紀神護景雲2年「武藏国献白雉」の故事にちなむ。
  • 3号館中庭に存在する大欅が学園の象徴になっている。

教育および研究[編集]

大学1号館 (2012年完成)
大学10号館

学部[編集]

  • 経済学部
    • 経済学科
    • 経営学科
    • 金融学科
  • 人文学部
    • 英語英米文化学科
    • ヨーロッパ文化学科
    • 日本・東アジア文化学科
  • 社会学部
    • 社会学科
    • メディア社会学科

経済学部[編集]

経済学部は経済学科、経営学科、金融学科から構成される。 大学設立当初は経済学部のみの単科大学だったため、当大学の看板学部と称されることがある。

人文学部[編集]

人文学部は、設置当初、欧米文化学科(英米文化コース・フランス文化コース・ドイツ文化コース)・日本文化学科・社会学科の3学科であった。のち社会学科が独立してあらたに社会学部となった。また、比較文化学科が設置されていたが、再編の際に吸収され現在の3学科体制となった。

人文学部の初代学部長には当初、哲学者の鬼頭英一の名が挙がっていたが、鬼頭の突然の逝去によって実現しなかった。その後、高津春繁があらたに学部長候補者となり、1968年の人文学部設置と同時に教授・初代学部長として着任した。

人文学部、とくに欧米文化学科と日本文化学科は、「文学科」の枠を超えた「文化学科」構想を実現させるカリキュラムで構成された。「文学」だけではなく、言語を中心に思想歴史など人文系・社会科学系のカリキュラムを幅広く配置し、文化の総合的・立体的な理解ができるように構成していた。また、学部改変まで設置されていた「共通科目」も「文化学科」構想の試みのひとつであった。3学科それぞれの専門科目の一部を学部共通の「共通科目」として設定し、一般教養科目として位置づけて履修を可能にした。

日本文化学科では、神田秀夫が中心となり、日本をフィールドとした文化学科の構築がすすめられた。神田は1974年、学部の学会紀要である『武蔵大学人文学会雑誌』に「「日本文化学科」管見」を掲載し、独自の文化論を背景にした「文化学科」の試みを報告、大学の学科構成における「文学科」から「文化学科」への流れをおしすすめることを提唱した。また、日本文化学科では、400字詰用紙100枚を規定とする卒業論文を必修とした。演習での論文指導を踏まえ、人文学部で卒論を必修としたのが日本文化学科だけだったことなどもあって、卒論は、日本文化学科のアイデンティティの重要な一部であった。

社会学部[編集]

社会学部は社会学科、メディア社会学科から構成される。

大学院[編集]

付属機関[編集]

  • 図書館
    • 武蔵大学図書館研究情報センター
    • 武蔵大学洋書プラザ
  • センター
    • 基礎教育センター
    • 学生支援センター
    • 情報・メディア教育センター
    • 国際センター
    • 外国語教育センター
  • 研究所
    • 武蔵大学総合研究所

その他[編集]

学生生活[編集]

部活動・サークル[編集]

その他、サッカー部・ホッケー部・バレーボール部・バスケットボール部・ゴルフ部・剣道部・硬式庭球部・軟式野球部・弓道部・ハンドボール部・バドミントン部など活発な部活動が行われている。また、部活だけでなくテニス、ダンスなどを中心としたサークル活動も活発で、2013年には投資サークルなどが設立されました。部体育会やサークルの部室は江古田キャンパス10号館と朝霞キャンパス部室棟に設置されている。

学園祭[編集]

学園祭は「白雉(しらきじ)祭」と呼ばれ例年11月に江古田キャンパスにて開催される。白雉祭は、学生が自主的に行っている学園祭で、参加する学生それぞれが様々な企画を立て、構内の様々な場所でイベントを行っている。

大学関係者と組織[編集]

大学関係者組織[編集]

武蔵大学同窓会は1966年に会則を制定し、ホームカミングデー・土曜講座・ゴルフ会のイベントの他、年2回の会報発行などを通じて会員相互の親睦と社会的地位の向上を目的として組織されている。また、「武蔵会」「白雉会」の略称を使用して多様な職域・業種別の同窓会ネットワークが張り巡らされている。

大学関係者一覧[編集]

施設[編集]

佐藤功一の設計で1928年に落成した大講堂。
江古田キャンパス内を流れる濯川。中国の詩人、屈原の「漁父辞」の一節から名付けられた。

江古田キャンパス[編集]

池袋から7分の場所に位置しながら、武蔵野の面影を残す自然豊かな環境である。大講堂や3号館などの歴史的建築物と最新の施設・設備が共存している。

建物[編集]

大学3号館 (1923年完成)
IT設備のある大学8号館

江古田キャンパスには1号館から10号館までがある。

  • 1号館は2012年秋に完成し英語をはじめとした外国語や異文化を学ぶためのスペース “MCV”があり、地下のシアター教室は最先端の音響・映像機器を完備している。
  • 2号館には学生食堂・学生ホールがある。
  • 3号館は古く1923年建築で都内でも珍しい関東大震災を経験した建物である。人文学部GS(グループスタディ)ルームが設置されている。
  • 5号館には経済学部GS(グループスタディ)ルームが設置されている。
  • 7号館の地下には温水プールが完備されている。 社会学部GS(グループスタディ)ルームが設置されている。
  • 8号館には高度情報化時代にふさわしい情報ネットワークを完備。3階には大学の憩いの場である「空中庭園」がある。
  • 9号館には情報・メディア教育センターがあり、ICT環境の整備とともに、ICTを道具として使いこなすための情報教育を支援している。
  • 10号館には体育会系、文化系、それぞれの活動を支える部室や、板敷と畳敷の二面を備え、主に剣道、柔道、空手道、合気道、少林寺拳法の各部が利用する武道場や、ダンス練習用バーと大型ミラーを備えたホールなどが設置されている。
  • 他には3号館に隣接している大学図書館や、5号館の横にそびえる教授棟や、10号館の裏に存在する大学体育館や、入学式、卒業式や学生大会、白雉祭など、幅広い用途で使われる大講堂などがある。
  • 以前は学生会館があった。10号館が建設されたため2007年に取り壊された。跡地は「しらきじ広場」という小さなグラウンドになっている。

朝霞キャンパス[編集]

  • 交通アクセス:江古田キャンパスより運行される大学専用バスで約30分

約67,000㎡、東京ドーム約1.4個分に相当する広大な敷地に、野球・サッカー・ラグビーなどの各種グラウンド、またテニスコート、弓道場、アーチェリー場が整備されている。その他にも、合宿所、多目的ホール、部室、学生寮が所在している。

対外関係[編集]

関係校[編集]

系列校[編集]

  • 武蔵中学校・高等学校
    武蔵中学校・高等学校は同一学校法人の運営する教育機関という関係であり、系列ではあるが附属学校ではない。
    (ただし推薦枠は存在する。)

交換留学提携校[編集]

協定留学提携校[編集]

教育・学術連携校[編集]

関連項目[編集]

関連プロジェクトリンク[編集]

外部リンク[編集]