JNN報道特集
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| JNN報道特集 | |
|---|---|
| ジャンル | 報道ドキュメンタリー番組 |
| 放送国 | |
| 制作局 | TBS(JNN) |
| 出演者 | 料治直矢 田畑光永 小島康臣 小川邦雄 堀宏 蟹瀬誠一 阿川佐和子 田丸美寿々 岩城浩幸 池田裕行 ほか (「メインキャスター」参照) |
| 1980年10月から1982年3月まで | |
| 放送時間 | 毎週土曜 22:00 - 22:54(54分) |
| 放送期間 | 1980年10月4日 - 1982年3月 |
| 1982年4月から2000年3月まで | |
| 放送時間 | 毎週日曜 18:00 - 18:54(54分) |
| 放送期間 | 1982年4月 - 2000年3月 |
| 2000年4月から2008年3月まで | |
| 放送時間 | 毎週日曜 17:30 - 18:24(54分) |
| 放送期間 | 2000年4月 - 2008年3月30日 |
JNN報道特集(ジェイエヌエヌほうどうとくしゅう)は、TBS(JNN)系列で1980年10月4日から2008年3月30日まで放送された報道ドキュメンタリー番組である。アメリカCBSの『60 Minutes』に範をとったとされている。
目次 |
[編集] 概要
時事問題を様々な観点から分析。時に政治家や経済評論家らをスタジオに呼び、より詳しくニュースを解説した。“報道のTBS”の原点を築いた番組としても位置づけされる。また硬派な姿勢から、日本テレビ『NNNドキュメント』、テレビ朝日『ザ・スクープ』と並び「民放の良心」と称されることが多かった。
芸能にもかかった時事的な話題もしばしば取り上げられることがあったが、芸能の話題がこの番組で取り上げられる事は少なかった。ただし、放送前日・当日に大きな事件が起こった場合は、急遽放送内容を切り替え通常のニュースショーと同じ形態での放送となる場合もあった。
一時期、番組テーマ曲にゲームミュージックのようなテクノ調なサウンドが使用されていた。
[編集] 放送時間帯の変遷
スタート当初は毎週土曜日の22:00 - 22:54(以下、全てJST)であったが、後に、1982年4月から毎週日曜日の18:00 - 18:54に移行(それに伴い『ヤングおー!おー!』(毎日放送制作)が日曜13:00に移行したが、半年後に終了)。2000年4月からは18:30にドキュメンタリー番組枠を設置したため30分繰り上がって、17:30 - 18:24の放送になった。
CS放送TBSニュースバードでも2日遅れの火曜日の21:00 - 22:00に放送(ただし『ザ・プロ野球』放送日は再放送なし)。
2007年4月16日からはBSデジタル放送BS-i(現:BS-TBS)でも1日遅れの月曜日の20:00 - 20:54に放送された(2008年3月10日終了)。
[編集] 競合番組と盛衰、そしてスクープ狙い路線を明確に
毎週土曜日の22:00 - 22:54の放送時間帯だった時期には、日本テレビ『ウイークエンダー』、テレビ朝日『土曜ワイド劇場』、フジテレビ『ゴールデン洋画劇場』といった各局の目玉的な娯楽番組と競合していたことや、多くの視聴者が民放の報道系番組になじみが薄かったこと、インテリ受けする内容の題材が多かったことなどから、視聴率は低迷した。1981年のポーランドの民主化運動の回は世界的スクープであったが、視聴率は2%前後だったという。
初代アンカーマンの北代淳司は自分の意見を言わないスタイルを貫いたが、番組は低視聴率が続き、その座を料治直矢に譲った。この一件で、世界でもなかなか類を見ない、キャスターが自分の意見を言う日本民間放送報道の方向性が決定づけられた。
その後、毎週日曜日の18:00 - 18:54に移行した。これは、「日曜日には夕刊がない」ことなどが、ジャーナリズム的な番組が期待される時間帯と考えられたためのようである。また、『こちらデスク』(テレビ朝日)の日曜日18:00 - 18:30での成功への誘発も原因として考えられる(なお、裏番組の『こちらデスク』の最終回にはキャスターの筑紫哲也が中継で出演した)。
毎週日曜日の18:00 - 18:54に移行後は、NHKのアイドル番組『レッツゴーヤング』、フジテレビのアニメ放送枠(ダッシュ勝平→未来警察ウラシマン。ただし1983年4月に土曜日に移動)など、子供やヤング層に人気の番組と競合する時間帯だったにもかかわらず、視聴率は健闘した。1982年8月に毎週週末に台風が日本列島に接近したこと、1983年1月の中川一郎の変死スクープなどが勝因となったとされる。その間、フィリピンのベニグノ・アキノ暗殺事件の取材で20%強の視聴率を得て内外から注目されるなど、一時は時代の寵児的な報道番組であった。
しかし、1980年代末頃より視聴率の低迷が始まり、スタッフらからは焦燥感が訴えられるようになった。この主因として、裏番組の存在を挙げる向きも多い。1990年1月にフジテレビでアニメ『ちびまる子ちゃん』の放送が開始され、1988年4月にNHK総合テレビでビジネス情報番組『NHK経済マガジン』が始まったことなどである。編成部門では、『ちびまる子ちゃん』への対抗心から『少年アシベ』をアニメ化した際にこの時間に編成して『報道特集』の枠を移動することも検討されたが、実現しなかった。
2000年4月から30分繰り上がって17:30 - 18:24の放送となり、18時台後半枠のフジテレビの長寿番組『サザエさん』と競合しなくなった替わりに、17時台後半枠で日本テレビの長寿番組『笑点』と競合し、さらに2003年からはテレビ東京の『激走!GT』も猛追するようになる。
2003年秋に番組スタッフを大幅に入れ替え、後発の裏番組『真相報道 バンキシャ!』(日本テレビ)に対して明確な内容の差別化を図った。時代にあったテーマを掘り下げ、また北朝鮮問題や国内の社会テーマを中心に、他の報道番組では取り上げていないスクープを連発するようになった。その効果があって、2004年には報道番組では数少ない視聴率10%超の番組として復活、上記の裏番組と互角に争うほどになった。これ以降はいわゆるヒューマンドキュメンタリーの類をほとんど扱わなくなった。逆に、他の報道番組では避けるようなテーマにも果敢に挑戦する姿勢が明確になった。系列局のエース記者・ディレクターがしばしば作品を制作した。またプロダクションも、『NHKスペシャル』が低迷する中、『報道特集』での放送を一つのステータスにしていた。
1997年から番組終了まで、テレビ朝日から移籍の形で登板した田丸美寿々がメインキャスターを務めた。2003年9月までは岩城浩幸(現TBS外信部長・解説委員)もサブキャスターとして出演していたが、料治直矢の一時休養(その後逝去)以来、約5年半ぶりに単独キャスター制に戻った。基本的にスタジオにはコメンテーターを呼ばず、田丸単独で進行した。
[編集] 26年ぶりの土曜日枠へ
2008年4月改編で、土・日の17時・18時台の枠再編に伴い、同年3月30日放送分を持って『JNN報道特集』としての放送は終了し、同年4月5日から、毎週土曜日17:30 - 18:50の枠で、タイトルも『報道特集NEXT』とリニューアルした。
『報道特集NEXT』内では、それまで放送されてきた『JNNイブニング・ニュース』に替わる土曜日夕方のJNNニュース枠を挿入する編成となる。
なお、立ち退いた跡の2008年4月6日以降は、17:00 - 17:30は毎日放送制作のアニメ番組枠に、17:30 - 17:55は『JNNイブニング・ニュース』が30分繰り下がり枠移動、18:00 - 18:30は、日曜23:30から放送されていた『世界遺産』が『THE世界遺産』と改題して移行され、それぞれ放送されている。
[編集] 歴代出演者
[編集] メインキャスター
- 1980年10月 - 1982年9月:料治直矢・田畑光永・小島康臣・北代淳司
- 1982年10月 - 1984年9月:田畑光永・小川邦雄・料治直矢
- 1984年10月 - 1986年9月:料治直矢・堀宏・小川邦雄(田畑光永は『JNNニュースコープ』に移り降板)
- 1986年10月 - 1987年9月:堀宏・小川邦雄(料治直矢は『ネットワークJNN』に出演)
- 1987年10月 - 1991年9月:料治直矢・堀宏・小川邦雄
- 1991年10月 - 1992年9月:料治直矢・堀宏・蟹瀬誠一
- 1992年10月 - 1994年9月:料治直矢・堀宏・阿川佐和子
- 1994年10月 - 1997年2月:料治直矢・田丸美寿々
- 1997年3月 - 1998年9月:田丸美寿々(単独、第1期)
- 1998年10月 - 2003年9月:田丸美寿々・岩城浩幸・池田裕行
- 2003年10月 - 2008年3月:田丸美寿々(単独、第2期)
開始当初は、北代淳司をアンカーマンに、料治直矢・田畑光永・小島康臣のキャスターリポーター体制だった。また、1994年10月から2003年9月にはフリージャーナリストの吉岡攻が不定期でキャスターを担当した。
[編集] ナレーション
他
[編集] 備考
- 田丸美寿々は、夏休みを取っても当番組には休まずに出演した。
- 初期の頃、エイプリルフールの冗談で「放送5000回を目指す」と宣言したことがあった。なお、週1回の放送で放送5000回を実現するためには100年近くかかる。
- 1992年9月までは、女性キャスターを置かなかった。そのことと、特に料治直矢・堀宏の「鬼瓦コンビ」と呼ばれる武骨な顔立ちの男性キャスター陣が独特の雰囲気を醸し出し、一時期、同日の『JNNニュースコープ』の後のジャンクション(毎日放送のみは『毎日新聞テレビ夕刊』終了時に放送)でも「相変わらずのトリオでお送りする報道特集…」との台詞があった。
- スポンサーは時代によって変わっているが、当初はあまりテレビ番組のスポンサーになったことのない企業の多さで知られた。時間帯移動後の一時期は、ライターや禁煙パイポなどの喫煙具、事務機などのスポンサーが見られた。特にメインスポンサーだったCanonは事務機中心のCMが多かった。
- 2003年10月の番組リニューアルでは、これまでほとんど見られなかった項目クレジットが表示されるようになった(VTR中は右上に番組タイトルロゴと項目、スタジオ内では左下に項目)。
- 番組初期、テレビ山口では、TBSのドラマの遅れ放送をしていたため未ネット。琉球放送も、日曜日に移動後半年間は、日本テレビのドラマ(正確には金曜劇場)の遅れ放送をしていたため未ネット。厳密にはJNN協定に違反するが、地方独自の事情に配慮した特例と考えられる。
- フジテレビの『めちゃ×2イケてるッ!』でパロディーコーナー『MNN報道特集』が放送されていた。
- MBS/TBS系全国ネットで放送されたアニメ『機動戦士ガンダム00(ダブルオー)』の本編にも『JNN報道特集』の名前のまま登場していて、現在から約300年後の世界においてもガンダムが所属する部隊のソレスタルビーイングの創設者・イオリア・シュヘンベルグについて調査及び報道(主に絹江クロスロードが担当している)を行っている事となっている。放送系列局が同じな為に可能なパロディーである。このアニメ作品と同じ時間帯に、当番組がNEXTに改題して放送している。
[編集] 参考文献
- 「武骨の人料治直矢」 滝井宏臣/著(講談社)
- 「テレビ報道 『報道特集』の現場から」/ 堀宏/著(サイマル出版会)
- 「テレビ ヒット番組のひみつ 「ジェスチャー」から「おしん」まで」(志賀信夫/著)、日本放送出版協会(1984年の書籍のため、初期についてのみ。台風が番組の視聴率アップの一因となった等記載)
[編集] 関連項目
- 60 Minutes(アメリカCBS、当番組のモデル・原型となった番組)
- 報道
- TBSテレビ制作番組一覧
- JNN
- 報道特集NEXT(後継番組)
[編集] 外部リンク
- JNN報道特集(現:報道特集NEXT)公式ホームページ - この番組で放送された内容についても一部閲覧可能。
- TBS『JNN報道特集』番組紹介ページ
[編集] 番組の変遷
| TBS系列 土曜22時台 | ||
|---|---|---|
| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
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JNN報道特集
(1980年10月 - 1982年3月) 【この番組からTBS制作】 |
ザ・サスペンス
※21:02 - 22:54 |
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| TBS 日曜17時台後半枠 | ||
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JNN報道特集
(2000年4月 - 2008年3月) |
||
| TBS系列 日曜18時台前半枠 | ||
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JNN報道特集
(1982年4月 - 2008年3月) 【この番組からTBS制作】 |
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| TBS 日曜18:24 - 18:30枠 | ||
|
ミニ番組
|
JNN報道特集
(1982年4月 - 2000年3月) |
|
| TBS 日曜18時台後半枠 | ||
|
JNN報道特集
(1982年4月 - 2000年3月) |
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