瀬戸大橋

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国道30号標識
瀬戸大橋
MinamiBisanSetoOhashi.jpg
南備讃瀬戸大橋(手前)と北備讃瀬戸大橋(奥)
所在地 日本の旗 日本
岡山県倉敷市 - 香川県坂出市
瀬戸内海備讃瀬戸
長さ 9,367m(海峡部)
12,300m(全長)
最大支間長 1,100m(南備讃瀬戸大橋
35m(海峡部)
高さ 194m(南備讃瀬戸大橋北側主塔)
建設 1978年10月10日-1988年4月10日
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
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瀬戸大橋(せとおおはし)は、瀬戸内海をまたいで本州岡山県倉敷市)と四国香川県坂出市)を結ぶ10の橋の総称であり、本州四国連絡橋のひとつ。

なお、「瀬戸内海大橋」という誤記が見られることもあるが、これは本来西瀬戸自動車道(瀬戸内しまなみ海道)のことである。かつて2橋の混同を避けるため、瀬戸大橋のことを「備讃瀬戸大橋」と呼称することもあった。

概要[編集]

内陸の鉄道合流部

1978年の着工から9年6ヶ月を経て1988年4月10日供用開始され、総事業費はおよそ1兆1,338億円である。

橋梁上部構造部分は、上部に4車線の瀬戸中央自動車道が走り、下部にJR本四備讃線(愛称:瀬戸大橋線)が通る2階建ての構造であり、用途が2通りあることから「鉄道道路併用橋」と呼ばれている。

塩飽諸島の5つの島の間に架かる6つの橋梁と、それらを結ぶ高架橋により構成されており、橋梁部9,368 m、高架部を含めると13.1kmの延長を持つ。これは鉄道道路併用橋としては世界最長で、人工衛星写真でも確認できる。橋梁は吊り橋斜張橋トラス橋の3種類を併設。

工事の際には当時世界初の技術が導入され、「海底無線発破」「設置ケーソン工法」などが実用化された。また、気象条件や荷重による変形が著しいこの規模の吊り橋への鉄道の敷設は世界初の事例であり、橋梁の変形から線路を保護するための技術が新規に開発された[1][2]

橋上部構造は上部が4車線の道路(瀬戸中央自動車道)、下部が鉄道(JR四国本四備讃線瀬戸大橋線))の2層構造である。下部の鉄道は新幹線在来線合わせて4線を敷設できるようになっているが、現在は在来線用に中央寄りの2線分のみが暫定的に敷設され、使用されている。計画中の四国横断新幹線が建設される際には2線増設され、東側2線を在来線に、西側2線を同新幹線として使用する予定である[3]

鉄道部

設計最高速度は上部の道路が100km/h(第1種第2級)、下部の鉄道が在来線部120km/h、新幹線部160km/h。今のところ新幹線用のスペースのほとんどは何も設置されていないが、一部スペースに建設当初想定されていた新幹線用設備分の死重が設置されている。

1994年(平成6年)に、瀬戸大橋を経由して本州と四国を結ぶ特別高圧電線(50万V)「本四連系線」が電源開発株式会社によって敷設された(鉄道部と同レベル)。

供用が開始されると倉敷市下津井田之浦の一部住民や橋下の各島民から、瀬戸大橋線の騒音やライトアップによる公害の訴えが相次いだ。現在、橋梁のライトアップが事前に決められた日にしか行われないのは、ライトアップの光により「明るすぎて眠れない」「漁業に影響が出る」等の光害に対し住民に配慮したものである。なお、このライトは元々、橋梁の保守・点検用である。

供用開始から25年を迎える2013年4月、岩黒島橋と櫃石島橋にて、車道部を支える鉄製の継ぎ目部分に架橋当初は想定されていなかった金属疲労による5mm前後の亀裂が少なくとも11か所見つかっていたと報道された[4]。現状では、橋の通行に支障はないとしているものの、今後、橋の維持に悪影響を及ぼす恐れもあるという[4]

沿革[編集]

直島諸島から瀬戸大橋エリア空撮

着工まで[編集]

存命中はほら吹き扱いであったが、のちに先見性が評価された。
紫雲丸事故後、香川県議会が「宇高連絡鉄道建設促進に関する意見書」を国に提出。
  • 1958年(昭和33年)
    • 3月19日 - 香川県議会に高松・岡山間海底トンネル架設建設促進案の調査特別委員会を設置。
    • 7月5日 - それまでの海底トンネル案に対し、香川県議会は瀬戸大橋架橋案を決定。香川・岡山間橋梁架設に関する意見書を提出。
    • 10月16日 - 香川県が第1回瀬戸大橋架橋計画書を作成。政府・国会に陳情。
  • 1959年(昭和34年)
    • 4月 - 建設省が本四連絡橋各ルートの調査を開始。瀬戸大橋は「宇野高松ルート」(Bルート)、「玉野市日比・高松市下笠居ルート」(Cルート)、「児島坂出ルート」(Dルート)の3候補。
    • 6月28日 - 建設省による初の瀬戸大橋予定海底の地質調査着手。
    • 8月31日 - 瀬戸大橋架設推進委員会香川県協議会設立。
    • 9月4日 - 東京大学教授平井敦が瀬戸大橋設計図を発表。
    • 11月17日 - 東京永田町で香川県が政府機関への瀬戸大橋架設説明会を開催。
  • 1960年(昭和35年)6月8日 - 第六管区海上保安本部が瀬戸大橋ルートの底質調査と潮流観測を開始。
  • 1961年(昭和36年)
    • 3月4日 - 瀬戸大橋の候補3ルート一本化について香川県・高松市・坂出市の三者会談が高松会館で開かれ、問題の解決を金子香川県知事及び大久保県議会議長に一任。
    • 6月1日 - 衆議院において瀬戸大橋を「岡山縣宇野附近ヨリ香川縣高松ニ至ル鉄道」として鉄道敷設法別表追加を議決。同月16日、参議院議決。
    • 6月19日 - 瀬戸大橋架橋の海底調査で建設省は坂出・児島間の地質調査を開始。東海サルベージの潜水母船海工丸(61トン)と潜水艇白鯨号を使用。
    • 6月22日 - 香川県議会に瀬戸大橋架設促進特別委員会を設置。
  • 1962年(昭和37年)
    • 3月29日 - 鉄道建設審議会が瀬戸大橋(宇野付近・高松)の調査線格上げを承認。
    • 6月10日 - 国際連合アーネルト・ワイズマン調査団一行が瀬戸大橋架橋ルートを視察し、本四連絡橋3ルートのうち瀬戸大橋ルートに優先性を与えるべきだと声明。
    • 7月10日 - 建設省土木研究所が沙弥島南方で瀬戸大橋架橋工事のためのボーリング調査を開始。
  • 1963年(昭和38年)
    • 2月25日 - 香川県下の町村議会議長会の定期総会で、瀬戸大橋架設促進を特別決議。
    • 6月5日 - 第7回四国地方開発審議会で産業計画会議が「本土四国連絡の基本方向に関する調査」について瀬戸大橋優先の調査結果を発表。
  • 1964年(昭和39年)
    • 4月6日 - 岡山・香川・鳥取・島根の4県知事会議で、瀬戸大橋の早期実現について政府・国会へ要望することを決定。
    • 9月16日 - 東京で瀬戸大橋架設推進岡山・香川両県選出国会議員団を結成。
  • 1965年(昭和40年)
    • 8月15日 - 国連地域計画調査団が瀬戸大橋架設の最終報告を発表し、5ルートのうち岡山・香川の架橋の優位性を強調。
    • 10月9日 - 香川県議会が瀬戸大橋架設促進に関する意見書を議決。
  • 1966年(昭和41年)
    • 1月5日 - 香川県瀬戸大橋架設推進本部設置。
    • 3月15日 - 県議会が瀬戸大橋ルート一本化に関する決議案を可決し、坂出・下津井ルートの早期建設に関する意見書を採択。
    • 4月14日 - 岡山・香川両県が協議し、瀬戸大橋ルートの名称を児島・坂出ルートに統一。
  • 1967年(昭和42年)
    • 5月2日 - 前日から開かれた臨時香川県議会で瀬戸大橋架設促進特別委員会の設置を決議。
    • 5月19日 - 土木学会本州四国連絡橋技術調査委員会が最終報告要旨を発表し、5ルートとも建設可能と答申。
    • 6月2日 - 瀬戸大橋架設推進香川・岡山国会議員団の新会長に大平正芳が選出。
  • 1968年(昭和43年)
    • 5月10日 - 鉄道建設公団が海底掘削実験を瀬戸大橋建設予定地の岡山県児島沖で着手。
    • 7月15日 - 日本経済研究所が「瀬戸大橋の香川県に与える影響調査」を県議会全員協議会で発表。
  • 1969年(昭和44年)10月4日 - 香川県議会が「瀬戸大橋並びに中国四国横断自動車道の早期着工に関する決議案」を可決。
  • 1970年(昭和45年)
  • 1971年(昭和46年)8月9日 - 瀬戸大橋架橋推進に関する説明会が坂出市の各地区で始まる。
  • 1972年(昭和47年)
    • 2月28日 - 坂出市で初の瀬戸大橋架橋計画説明会が開催され、約150人が出席。
    • 6月1日 - 本州四国連絡橋公団児島調査事務所坂出支所を設置。
    • 6月2日 - 本四架橋に関する瀬戸内海の環境保全などを話し合う初の岡山・香川県知事、議長会談を高松市で開催。
    • 8月31日 - 岡山・香川瀬戸大橋架橋連絡協議会(両県議会特別委員長・県企画部長の4者構成)が発足。
    • 11月1日 - 瀬戸大橋架橋促進預貯金運動がスタート。
    • 12月25日 - 瀬戸大橋にかかる建設資金の負担割合について、岡山・香川両県が折半する方針で合意。
  • 1973年(昭和48年)
    • 2月13日 - 本州四国連絡橋公団が坂出側陸地部ルートの測量調査範囲を発表。
    • 4月1日 - 香川県が瀬戸大橋架設推進本部を改め、香川県瀬戸大橋対策本部を設置。
    • 11月20日 - 石油危機に伴う総需要抑制策で、11月25日に予定されていた本州四国架橋3ルートの着工が延期。
    • 12月16日 - 本州四国連絡橋公団、県が関係する34漁業協同組合と南北備讃瀬戸大橋着工同意の覚書に調印。
  • 1974年(昭和49年)
    • 4月14日 - 坂出市与島連合自治会総会で瀬戸大橋の与島内測量調査を了承。
    • 12月24日 - 県知事・議長・瀬戸大橋特別委員長が瀬戸大橋の早期着工方を大蔵大臣に要望。
  • 1975年(昭和50年)
    • 8月5日 - 香川県瀬戸大橋架設協議会が高松市の香川県銀行協会で開かれ、会長に綾田整治を選出。
    • 8月15日 - 政府が本州四国連絡橋を1ルートとし、瀬戸大橋(児島・坂出)の早期完成で合意。
    • 8月31日 - 瀬戸大橋架橋に伴う漁業補償交渉が塩飽4漁協との間で妥結。
  • 1976年(昭和51年)
    • 3月31日 - 瀬戸大橋架橋に伴う漁業補償交渉のうち、与島漁協との交渉が妥結し、関連する1県漁連33漁協のすべての交渉が解決。
    • 6月1日 - 瀬戸大橋の着工を前に香川県と本四連絡橋公団が、2日間地元坂出市で現地説明会を開催。
    • 6月8日 - 瀬戸大橋関係島嶼部における埋蔵文化財予備調査を開始。
    • 8月5日 - 本州四国連絡橋公団が、瀬戸大橋の建設に伴う国鉄本四備讃線の四国側ルートを決定。
    • 9月18日 - 瀬戸大橋架橋対応上の共通点について連絡協調を図るため、高松・坂出両市で構成の連絡協議会が発足。
  • 1977年(昭和52年)
    • 4月26日 - 政府が本州四国連絡橋の当面早期完成を図るルートとして道路・鉄道併用橋の瀬戸大橋(児島・坂出ルート)を内定し、早急に環境影響評価などを推進する旨を決定。
    • 11月1日 - 瀬戸大橋架橋工事に伴う埋蔵文化財発掘調査開始。
    • 11月4日 - 第3次全国総合開発計画が閣議決定されたことで、瀬戸大橋(児島・坂出ルート)が当面早期完成を図る1ルートとして正式決定。
    • 11月19日 - 本四公団が香川知事に瀬戸大橋(児島・坂出ルート)環境影響評価書案を提出、同月22日香川県内5か所で縦覧を開始。
    • 12月13日 - 香川県・坂出市・宇多津町が瀬戸大橋環境問題連絡協議会を設置。
    • 12月29日 - 瀬戸大橋環境問題連絡協議会が開催され、櫃石島・岩黒島・与島・宇多津・坂出西部・川津の各地区の代表からの意見を聴聞。
  • 1978年(昭和53年)
    • 1月23日 - 本四公団こ対し、香川県知事が瀬戸大橋(児島・坂出ルート)環境影響評価書案に対する意見書を提出。
    • 3月27日 - 本四公団に対し、環境庁長官が瀬戸大橋(児島・坂出ルート)環境影響評価書案に対する意見書を提出。
    • 5月4日 - 本四公団が瀬戸大橋(児島・坂出ルート)環境影響評価書を公表し、関係機関等に送付。
    • 6月13日 - 瀬戸大橋建設に関して自然環境保全審議会・自然公園部会本四連絡橋問題小委員会が条件つき同意を環境庁長官に答申。
    • 8月29日 - 瀬戸大橋架設推進岡山・香川両県選出国会議員団会議を東京で開催。
    • 9月29日 - 環境庁長官が瀬戸大橋(児島・坂出ルート)の着工に同意。

架橋工事[編集]

当初はオープンカット工法の計画だったが、景観上の配慮のため変更。なお、同構造の採用は世界初
建設中の南北備讃瀬戸大橋
記念貨幣(500円白銅貨)

完成後[編集]

  • 1992年平成4年)4月19日 - 高松自動車道高松西IC - 善通寺IC坂出IC - 坂出JCTが開通し、四国の高速道路と接続。
  • 1994年(平成6年) - 電源開発により、本州と四国を結ぶ高圧電線(50万V)「本四連系線」が完成。
  • 1996年(平成8年)1月10日 - 瀬戸大橋線児島 - 宇多津駅間に100円の加算運賃を設定。
  • 2003年(平成15年)7月 - 道路部の通行料金を10%値下げ。
  • 2005年(平成17年)10月1日 - 日本道路公団等民営化関係法により、日本高速道路保有・債務返済機構ならびにJB本四高速に承継。(本州四国連絡橋公団は解散)
  • 2008年(平成20年)
    • 3月31日 - 2007年度末までの車両の累計通行台数は9,860万台、JR瀬戸大橋線の利用者は約1億8,800万人におよぶ。
    • 4月1日 - 北備讃瀬戸大橋にて、開通後初めて作業員の海面への転落事故が発生。翌日、事故現場から16km離れた地点でこの作業員の遺体が発見された。
    • 4月10日 - 開通20周年を迎え、12日に香川県坂出市与島で記念式典を開催。13日には橋上で健康マラソン・ジョギング・ウォーク大会を開催。大会当日は8時~13時まで、事故や悪天候以外で初めて橋上部を全面通行止にして実施された。
    • 5月24日 - 与島において、瀬戸大橋側から本四高速、JR四国、JR西日本、オーレスン橋側からオーレスン橋公社の代表者が出席して、オーレスン橋との姉妹橋調印式を開催[5]
  • 2009年(平成21年)
    • 3月13日 - 与島PAの料金所(検札)ETCレーン設置。これによりETC車はノンストップで料金所(検札)を通過できるようになる。
  • 2013年

各橋と沿線の島々[編集]

岡山県鷲羽山からの眺め
岩黒島橋、櫃石島橋(船上より岡山県方面望む)

各橋と各島の詳細は、それぞれの項目を参照。

橋名・トンネル名 全長 形式 所在地
本州 鷲羽山トンネル 205m(道路部) トンネル 岡山県倉敷市
230m(鉄道部)
下津井瀬戸大橋 1,447m 吊り橋
香川県坂出市
櫃石島 櫃石島高架橋 1,316m 高架橋
櫃石島橋 792m 斜張橋
岩黒島 岩黒島高架橋 93m 高架橋
岩黒島橋 792m 斜張橋
羽佐島 与島橋 877m トラス橋
与島 与島高架橋 717m 高架橋
北備讃瀬戸大橋 1,611m 吊り橋
三つ子島
南備讃瀬戸大橋 1,723m 吊り橋
四国 番の州高架橋 2,939m 高架橋


姉妹橋提携[編集]

記念発行物[編集]

記念切手
60円が4種類、1988年4月8日に発行された。
記念貨幣
500円白銅貨が1988年8月29日に発行された。

瀬戸大橋を記念する施設[編集]

瀬戸大橋記念公園瀬戸大橋記念館

香川県坂出市番の州緑町(番の州高架橋の西側)にある公園。1988年にこの場所で開催された瀬戸大橋架橋記念博覧会(瀬戸大橋博'88/四国)の跡地を公園としたもので、記念館はその当時のパビリオンのひとつが残されたものである。

  • 公園は道の駅にもなっている。
  • 記念館には瀬戸大橋関連の展示室のほか、200人収容のブリッジシアターがあり、瀬戸大橋関連の全天周映像作品を上演している。
  • 公園の西側には瀬戸大橋タワーがある。瀬戸大橋タワーは回転式展望室をもち、108mまでのぼる。
  • タワーの南側に香川県立東山魁夷せとうち美術館がある。
倉敷市瀬戸大橋架橋記念館

岡山県倉敷市児島にある。 

船舶信号[編集]

一番北側にある下津井瀬戸大橋の西側には、潮流信号所の電光掲示板があり、「見張励行・VHF聴守」の文字が1字ずつ表示される(道路・鉄道どちらからも見ることができる)。この電光掲示板は、船舶に対して潮流への注意を促すために設置されているものである。

他に船舶関連として、南北備讃瀬戸大橋などの橋台は、巨大さゆえに船のレーダー電波を反射してしまい、レーダーが電波の反射した位置からの電波も受け取ってしまうため、不要な電波を返さないように電波を上斜めに反射させるための細かい構造がある(橋台の横線はこの構造によるもの)。

脚注[編集]

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  1. ^ 主塔間隔が1,100mの南備讃瀬戸大橋では、1,000tに及ぶ列車が通過する際は、主塔間の橋梁は、下方に4.9m、上方に2.4mの歪みが発生する。これに起因して橋梁の端部で発生する、1.0m以上に及ぶ線路の伸縮を、専用の緩衝桁軌道伸縮装置で吸収している
  2. ^ a b 鉄道吊橋と緩衝桁軌道伸縮装置 (PDF) 鉄道総合技術研究所
  3. ^ 在来線部分に2本敷設しなかったのは、橋の片側のみに負担がかかることを避けたためである
  4. ^ a b “瀬戸大橋 鉄製の継ぎ目に亀裂”. NHKニュース (日本放送協会). (2013年4月9日). オリジナル2013年4月10日時点によるアーカイブ。. http://megalodon.jp/2013-0410-2119-24/www3.nhk.or.jp/news/html/20130409/k10013773831000.html 2013年4月10日閲覧。 
  5. ^ a b 瀬戸大橋とオーレスン橋の姉妹橋調印式について
  6. ^ トワイライトエクスプレス車両瀬戸大橋線開業25周年記念号”. 日本旅行 (2013年3月11日). 2013年5月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年1月26日閲覧。
  7. ^ 瀬戸大橋線開業25周年記念「トワイライトEXP車両乗車クルーズ」ツアーの発売”. JR四国 (2013年2月25日). 2013年3月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年1月26日閲覧。

参考文献[編集]

  • 河口栄二著『瀬戸大橋をかけた男』(三省堂、1988年、ISBN 4-385-35326-3
  • 藤川寛之著、財団法人交通研究協会発行『本州四国連絡橋のはなし-長大橋を架ける-』(成山堂書店、2002年、ISBN 4-425-76111-1

関連項目[編集]

外部リンク[編集]