国道11号

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一般国道

国道11号標識

国道11号
総距離 271.0 km(総延長・実延長)
246.5 km(現道)
制定年 1952年指定
起点 徳島県徳島市かちどき橋1丁目1番1
主な
経由都市
徳島県鳴門市
香川県高松市丸亀市
愛媛県四国中央市西条市
終点 愛媛県松山市二番町4丁目7番2
接続する
主な道路
記法
Japanese National Route Sign 0055.svg国道55号
Japanese National Route Sign 0192.svg国道192号
Japanese National Route Sign 0028.svg国道28号
Japanese National Route Sign 0030.svg国道30号
Japanese National Route Sign 0032.svg国道32号
Japanese National Route Sign 0033.svg国道33号
Japanese National Route Sign 0056.svg国道56号
Template(ノート 使い方) ウィキプロジェクト 道路
起点
徳島市
高松市郊外
高松東道路
高松市前田西町
終点
松山市

国道11号(こくどう11ごう)は、徳島県徳島市から香川県高松市を経由して愛媛県松山市に至る一般国道である。

概要[編集]

徳島県徳島市から、国の出先機関が多く集まる香川県高松市や愛媛県東部に広がる四国最大の工業地帯を経て、愛媛県松山市までを結ぶ。讃岐街道や志度街道など江戸時代以前から存在していた各地の主要な街道が前身。一桁国道を持たない四国にとっては最も番号の若い国道であり、国道32号国道33号国道55号国道56号などと共に、四国の大動脈となっている。徳島県から香川県にかけては高松自動車道と、愛媛県内では松山自動車道と並走する。

徳島市・鳴門市・高松市・坂出市・丸亀市・観音寺市・四国中央市・新居浜市・西条市・松山市など、各県の主だった都市を通過しており、それら沿線市町の合計人口は208万人となり、四国の人口の51%がこの沿線に集中する。特に香川県と愛媛県は、この道路沿いに町が発展しており、沿線には数多くのロードサイド型の大型店舗やファミリーレストラン、家電量販店等が建設されているなど、地域住民に与えている影響も非常に大きい。このため、全線を通して交通量が多く、特に徳島市・高松市・松山市の3都市で混雑が目立つ。徳島市の吉野川大橋付近の交通量は約85,000台/日(2003年度)で四国トップ、高松市では上に片側2車線の高速道路(高松自動車道)が通っているにも関わらず国道11号も片側3車線、松山市も中心部で片側3車線となっている。さらに2011年現在もいくつかの箇所でバイパス道路が建設、もしくは計画されている。

また、途中の愛媛県西条市(旧周桑郡丹原町)から東温市(旧温泉郡川内町)に至る桜三里は桜の名所としても知られる峠であり、登坂車線が設けられている。全路線中登坂車線があるのは、この地点と香川県さぬき市の天野峠、羽立峠(下り方面)のみである。

路線データ[編集]

一般国道の路線を指定する政令[1][注釈 1]に基づく起終点および経過地は次のとおり。

歴史[編集]

1885年明治18年)の内務省告示第6号「國道表」では、丸亀 - 松山間が国道31号「東京ヨリ愛媛縣ニ達スル路線」(現1号、2号経由、岡山で分岐し下津井 - 丸亀間は航路)の一部に、徳島附近が国道30号「東京ヨリ徳島縣ニ達スル路線」(現1号、2号経由。明石で分岐し淡路島を経由)の一部として指定された。1889年(明治22年)3月16日の内務省告示第8号で、丸亀 - 高松間が国道50号「東京ヨリ香川縣ニ達スル路線」(上記31号経由、丸亀で分岐)の一部として追加指定された。

1920年大正9年)施行の旧道路法に基づく路線認定では、旧30号がそのまま国道21号「東京市ヨリ徳島縣廳所在地ニ達スル路線(甲)」となった。その他の四国に達する国道は下津井丸亀航路経由から宇高航路(宇野 - 高松間)経由に変更された。それに伴い、高松までだった旧50号が終点を徳島まで延長して国道22号「東京市ヨリ徳島縣廳所在地ニ達スル路線(乙)」に、丸亀より直接高知方面に向かっていた旧32号が、高松 - 竜川村(現・善通寺市)間で現香川県道33号高松善通寺線(一部は現香川県道175号衣掛郷東線)のルートをとって竜川で南進する国道23号「東京市ヨリ高知縣廳所在地ニ達スル路線」に、松山への旧31号が、竜川で23号から分岐する国道24号「東京市ヨリ愛媛縣廳所在地ニ達スル路線」となった。整理すると以下のようになる。

  明治国道 大正国道 現在
徳島 - 淡路方面分岐点 30号(東京徳島線) 21号(東京徳島線甲) 11号(28号重複)
淡路方面分岐点 - 高松 指定なし 22号(東京徳島線乙) 徳島県道42号瀬戸撫養線
徳島県道・香川県道1号徳島引田線
11号
香川県道155号牟礼中新線
高松 - 丸亀・善通寺 50号(東京香川線) 23号(東京高知線) 香川県道33号高松善通寺線(国道11号と並行)
香川県道175号衣掛郷東線
丸亀・善通寺 - 松山 31号(東京愛媛線) 24号(東京愛媛線) 香川県道33号高松善通寺線
11号
愛媛県道334号松山川内線

1952年(昭和27年)12月4日、新道路法に基づく路線指定で、一級国道11号(徳島県徳島市 - 愛媛県松山市)として指定された。1965年4月1日に、道路法改正によって一級・二級の別がなくなり一般国道11号となった。

工事概要[編集]

  • 1931年(昭和6年)愛媛県小松改良に着手。
  • 1934年(昭和9年)香川県内高松以東の改良に着手。
  • 1941年(昭和16年)徳島市助任町付近の改良に着手
  • 1943年(昭和18年)戦争により改良工事中断
  • 1946年(昭和21年)改築事業再開。愛媛県西条市飯岡 - 天皇工事着手
  • 1947年(昭和22年)高松丸亀間改良に着手[4]
  • 1956年(昭和31年)香川県東讃地区改良に着手
  • 1957年(昭和32年)愛媛県丹原町 - 川内町(桜三里)工事着手。
  • 1958年(昭和33年)4月徳島県内工事着手[5]
  • 1960年(昭和35年)7月、香川県天野峠~羽立峠間の改良に着手[6]。9月、鳴門市黒崎地区の改良完了[5]
  • 1961年(昭和36年)4月徳島県鳴門市内工事着手。高松市宮脇町で二次改築に着手[6]
  • 1962年(昭和37年)3月、香川県大内~白鳥間の改良完了。
  • 1963年(昭和38年)10月、高松市内高徳線立体交差事業に着手。12月、天野峠~羽立峠間の改良完了[6]
  • 1964年(昭和39年)3月三津舗装工事の完成により徳島県内一次改築完了。桜三里の改良完了。4月、高松市内バイパスの調査を開始[6]。9月、高松市内高徳線立体交差完成。香川県豊浜町箕浦の改良に着手[6]
  • 1965年(昭和40年)愛媛県川之江市内の舗装工事の完成により愛媛県内一次改築完了
  • 1966年(昭和41年)3月、豊浜町箕浦の改良完了により、国道11号全線で一次改築完了[7]

バイパスとして建設された区間[編集]

徳島県内[編集]

香川県内[編集]

愛媛県内[編集]

  • 重信道路(愛媛県東温市)

災害[編集]

  • 1976年(昭和51年)9月11日22時30分 - 14日9時30分愛媛県新居浜市船木で台風17号による斜面崩壊により全面行止め
  • 1990年(平成2年)10月8日9時50分ごろ、徳島県鳴門市北灘町鳥ケ丸の国道11号で、道路の上方63mの崖部より直径1.2mほどの岩が道路脇のストンガードを突破して、走行中の奈良交通京都支社の大型観光バス(乗客乗員 49 名)フロントガラスを直撃、3人が死亡(運転士・バスガイド殉職、他に乗客1名)、11人が重軽傷を負った。バスが100mほど暴走したが乗客がサイドブレーキをかけ停車させた。
  • 2004年(平成16年)8月30日 - 31日香川県高松市木太町から瓦町まで台風16号による高潮で冠水し全面通行止め

路線状況[編集]

バイパス[編集]

有料道路[編集]

別名[編集]

重複区間[編集]

徳島県

香川県

愛媛県

道路施設[編集]

トンネル

橋梁

道の駅

休憩所

  • うましの休憩所(香川県東かがわ市)
  • 羽立峠休憩所(香川県さぬき市)

バスの駅

事前通行規制区間[編集]

  • 愛媛県西条市丹原町志川~愛媛県東温市河之内間 L=5.8km 連続雨量300mm以上の場合通行止

交通規制を参照

地理[編集]

通過する自治体[編集]

交差する道路[編集]

徳島県

香川県

愛媛県

主な峠[編集]

  • 羽立峠(標高40m):香川県さぬき市
  • 天野峠(標高41m):香川県さぬき市
  • 綾坂(標高35m):香川県坂出市
  • 鳥坂峠(標高70m):香川県三豊市
  • 桜三里(標高313m):愛媛県東温市、西条市

自動速度違反取締装置(オービス)[編集]

上り(徳島方面)

  • 徳島県板野郡松茂町広島字北川向二ノ越82番地地先(LHシステム)地図
  • 香川県高松市御厩町字正勝1416番地1地先(Hシステム)地図

下り(松山方面)

  • 徳島県徳島市川内町字鶴島(LHシステム)地図
  • 香川県坂出市川津町(Hシステム)地図
  • 愛媛県松山市水泥町(Hシステム)地図

脚注[編集]

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出典

  1. ^ 一般国道の路線を指定する政令(昭和40年3月29日政令第58号)”. 法令データ提供システム. 総務省行政管理局. 2012年10月15日閲覧。
  2. ^ 道路統計年報2011 - II. 道路の現況 表26”. 国土交通省道路局. p. 2. 2013年1月5日閲覧。
  3. ^ 一般国道の指定区間を指定する政令(昭和33年6月2日政令第164号)”. 法令データ提供システム. 総務省行政管理局. 2012年10月15日閲覧。
  4. ^ 香川工事事務所60年のあゆみ、四国建設弘済会発行1994年6月、61頁
  5. ^ a b 建設省四国地方建設局40年のあゆみ、社団法人四国建設弘済会1999年3月発刊、96頁
  6. ^ a b c d e 香川工事事務所60年のあゆみ、四国建設弘済会発行1994年6月、63頁
  7. ^ 香川工事事務所60年のあゆみ、四国建設弘済会発行1994年6月、64頁

注釈

  1. ^ 一般国道の路線を指定する政令の最終改正日である2004年3月19日の政令(平成16年3月19日政令第50号)に基づく表記。
  2. ^ 2003年4月1日に3町が合併して東かがわ市発足。
  3. ^ 2005年10月11日に観音寺市ほか2町が合併して観音寺市発足。
  4. ^ a b 2004年4月1日から四国中央市の一部。
  5. ^ 2004年11月1日に西条市ほか1市2町が合併して西条市発足。
  6. ^ 2004年9月21日に2町が合併して東温市発足。
  7. ^ 2010年4月1日現在

参考文献[編集]

  • 徳島工事事務所50年史
  • 松山工事四十年史
  • 四国地方建設局20年史
  • 讃岐と金毘羅道(吉川弘文館)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]