橋本テツヤ

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はしもと てつや
橋本 テツヤ
プロフィール
愛称 屋根裏のアナウンサー
生年月日 1944年11月11日(67歳)
最終学歴 慶應義塾大学文学部
所属事務所 株式会社オフィステツヤブレーン
活動期間 1964年 -
ジャンル バラエティ司会者
出演番組・活動
過去 びっくり日本新記録』、『クイズ100人に聞きました』他

橋本 テツヤ(はしもと テツヤ。1944年11月11日 - )は、キャスター放送作家コラムニスト、番組制作会社経営者。慶應義塾大学文学部卒。趣味はゴルフ、特技は着付け。

目次

[編集] 略歴

慶應義塾大学在学中、東宝の記録映画「ユニバーシアード東京大会」のナレーターに大抜擢され、試写会に来場した大会の名誉総裁である皇太子明仁親王(当時)に拝謁する栄誉を受ける。

東京六大学軽音楽ジャズフェスティバルの司会で活躍後、文化放送のパーソナリティーになる。ラジオ番組(『セイ!ヤング』等)を立ち上げ、パーソナリティみのもんたらと共に行い、後に様々なテレビ番組のアナウンサーや司会などを務める。主な出演、企画番組は『クイズ100人に聞きました』、『欽ちゃんの仮装大賞』、『アッコにおまかせ!』、『電話リクエスト』、『びっくり日本新記録』など。

中でも、関口宏が司会を務めた『クイズ100人に聞きました』では「屋根裏のアナウンサー」の愛称で親しまれ、出場者の紹介や賞品の説明や、「せきぐちーーーひろし!」「トラベルーーーッ、チャンス!!」などといった独特の軽妙な語り口で知られ、長くお茶の間に知られる存在だった。

NHK BS2の生放送「素敵な土曜日 平成小町」ではナレーターを務めたが、一切録音を用いなかった。

また、趣味として着付けを行い、国内としては民間人男性で初めて十二単着付け免許を持つ。この為、徳仁親王成婚時、雅子妃が着用した十二単の解説をした。

昭和58年12月。制作会社・株式会社オフィステツヤブレーンを立ち上げる。タレント業務のみを行うのではなく、イベント制作、番組の企画、演出、構成、撮影、音楽、ナレーションまでを担当する。

経済誌『エルネオス』で辛口コラム「一針見血」、日刊ゲンダイ「橋本テツヤ あのヒット曲を追っかけろ!」を連載。

「読んで声出す脳の若返り術」「ことわざから学ぶ人間関係」と題した講演活動も積極的に展開している。

「料理の出来る男は女にもてる。」といった概念を戦後日本社会に普及させるため、自ら調理師免許を習得。

実年齢より若くみられることが多いという。

[編集] 出演番組

[編集] ラジオ

  • 文化放送「セイ!ヤング」初代パーソナリティ、「歌謡ヤングスポット」、「イエスタディズポップ」、「ハローサタディー」
  • ニッポン放送「テッチャンカヨちゃん歌謡曲だよ」
  • TBSラジオ「歌謡天国」、「コロンビアアワー」

[編集] テレビ

  • 日本テレビ「びっくり日本新記録」初代司会者、「ルックルックこんにちは」、「欽ちゃんの仮装大賞」
  • TBS「クイズ100人に聞きました」屋根裏のアナウンサー
  • フジテレビ「奥様クイズ」司会者 
  • テレビ朝日「アフタヌーンショー」コーナー司会者 
  • 東京12チャンネル(現:テレビ東京)「ザ・ロンゲストショー」初代司会者
  • NHK「素敵な土曜日平成小町」ナレーション

[編集] 手がけた番組

  • TBS「アッコにおまかせ!」(構成)
  • テレビ東京「週末旅発見」(制作)
  • テレビ東京「虹色紀行」(制作)

[編集] 主な著作


  • 『恋女房』( ASIN B0012DRLNI )

[編集] 外部リンク

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