日本プロ野球選手会

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日本プロ野球選手会
Japan Professional Baseball Players Association
略称 JPBPA
設立年 1980年(社団法人)
種類 社団法人労働組合
目的 プロ野球選手の地位向上
メンバー NPB球団に所属日本人選手全員(一部の外国人選手を含む)
ウェブサイト http://jpbpa.net/
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日本プロ野球選手会(にほんプロやきゅうせんしゅかい、Japan Professional Baseball Players Association;略称JPBPA)は、日本プロ野球球団に所属するプロ野球選手を会員とする日本の団体である。団体の性格に合わせて労働組合社団法人の2法人登記されている。

  1. 労働組合日本プロ野球選手会 - 選手の待遇改善や地位向上など要求に基づいて団結し、団体交渉を行う。以下労働組合選手会と記す。
  2. 社団法人日本プロ野球選手会 - 野球全体の発展を目的とする社会活動を行う。以下社団法人選手会と記す。

実質的にはどちらも同一会員による同一組織で、同一団体が制度上2つの形態を有するものであり、本項目は両方を扱う。日本プロ野球選手の内、日本国籍を有する選手は全員が会員となっている。中央2組織の他に日本プロ12球団に置かれる球団選手会がある。

目次

組織概要

労働組合選手会は選手の待遇改善、地位向上を目指し、社団法人選手会は野球全体の発展を目的として、野球教室やチャリティ活動などを展開している。

2009年12月3日現在、労働組合会長は新井貴浩阪神タイガース)、社団法人理事長は井端弘和中日ドラゴンズ)が務める。

なお、労働組合選手会は、日本労働組合総連合会(連合)、全国労働組合総連合(全労連)、全国労働組合連絡協議会(全労協)のいずれのナショナルセンター・労組間共闘組織にも属しない中立の労働組合である。

球団オーナー側からは、選手個人は税法上個人事業者と扱われるため、「正式な労働組合ではない」との声もあったが、1985年に東京都地方労働委員会(現・東京都労働委員会)に労働組合として認定され、労働組合として法人登記されており、プロ野球再編問題の際、日本野球機構を相手取って合併を行わないよう求めた仮処分申請において、東京高裁は労働組合法上の団体交渉権を有すると判断している(申請そのものは棄却)。

設立経緯

1946年11月3日発足。当時の名称は日本野球選手会日本野球連盟と選手が対等な立場で様々な問題を解決していく目的から結成された。初代会長に藤本定義(当時パシフィック監督)、副会長に若林忠志(当時阪神)と中島治康(当時巨人)。

第1回の要求は「最低賃金の1500円への引き上げ」と「東西対抗戦の収益から22万円を選手の厚生資金として分配すること」の2点。これらの要求は各球団代表者会議(現・オーナー会議)でほぼ100%受け入れられた。

選手会が設立された目下の理由は、八百長賭博の排除であった。戦争が激化し始めた1940年代より、将来の不安から賭博がらみの八百長プレーに走り、金を得ようとする選手が現れた。終戦後はこの傾向が顕著になり、裏で糸を引くヤクザが時には表に出、八百長に失敗した選手に対し皆の面前で制裁を加えるということまで起こった。

八百長に最も手を焼いたのが各球団の監督である。南海鶴岡一人監督などは八百長をする選手を見極めるために動きの少ない一塁手として出場し、試合中に味方野手の動きを見張るなどかなりの苦心が見られた。選手会が連盟・各球団オーナーに10年選手制度など賃金や身分の保証を求める一方で、現場の監督達も「八百長選手が出場するチームとは対戦しない」「八百長をした選手を除名する」などの申し合わせを行った。これらの取り組みにより八百長は撲滅された。

以後も新人選手の身分保障(複数年契約を義務付け)や、現場レベルでの選手の待遇改善を要求し、連盟側も表面上それらを受け入れていたが、罰則や裁定機関がなかったために反故にされることが少なくなかった。2リーグ分立後、日本野球機構の設立とコミッショナー職の設置により一定の改善を見ることになる。

歴代会長、理事長

労働組合日本プロ野球選手会会長(選手長)

社団法人日本プロ野球選手会理事長

沿革

現在の役員

労働組合「日本プロ野球選手会」役員名簿 (2008.12.04 現在)
会長 新井貴浩(阪神)
副会長 高橋由伸(巨人)ほか9名
運営委員 宮本慎也(ヤクルト)ほか4名
会計 青木宣親(ヤクルト)、中島裕之(西武)


社団法人「日本プロ野球選手会」役員名簿 (2009.12.03 現在)[1]
理事長 井端弘和(中日)
専務理事 新井貴浩(阪神)
常務理事 倉義和(広島)、阿部慎之助(巨人)
理事 川崎宗則(ソフトバンク)、村田修一(横浜)など

プロ野球構造改革協議会

2004年、二回目のストライキを回避した時に、選手会と日本プロ野球組織 (NPB) が結んだ合意事項に、この協議会を設置して、時間をかけて各課題を徹底的に話し合うことが盛り込まれた。

おもな改革の状況、課題
  • セ・パ両リーグの交流戦が実現。
  • ドラフト改革は、高校生と大学・社会人の二回に分けて行う分離ドラフトを実施。

→現在は一括開催。

  • 大学・社会人の自由獲得枠が2枠から1枠へ。

→現在は撤廃。

  • 年俸一億円以上の選手の減俸制限が、30%から40%に緩和。
  • プロをめざす選手の受け皿を拡大するための育成枠を新設。
  • フリーエージェント権(FA権)取得年数は、現行の9年のまま。

→ドラフト自由獲得枠撤廃に伴い最短7年に短縮。詳しくはフリーエージェントの項を参照。

    • フリーエージェント (FA) 資格取得に必要な登録日数に算入できる上限を30日から60日に増やす譲歩案を日本プロ野球組織 (NPB) が提示したが、選手会側は、投手については90日とすることなどを求め、合意に至らなかった。
  • オリックスの中村紀洋の契約更新問題を受けて、戦力外となる選手の扱いなどに関するルールを明確化するように要求した。

脚注

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  1. ^ 井端新理事長[リンク切れ] - 中日スポーツ・2009年12月4日

参考文献

  • 藤本定義 『覇者の謀略 実録プロ野球四十年史』 ベースボール・マガジン社、1983年。ISBN 4583023499
  • 山本茂 『七色の魔球 回想の若林忠志』 ベースボール・マガジン社、1994年。ISBN 4583031475

関連項目

外部リンク

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