若の里忍

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若の里忍 Sumo pictogram.svg
Wakanosato 08 Sep.jpg
入場する若の里関
基礎情報
四股名 若の里 忍
本名 古川 忍
愛称 コガワ、新・怪我のデパート
生年月日 1976年7月10日(38歳)
出身 青森県弘前市
身長 184cm
体重 158kg
BMI 46.67
所属部屋 鳴戸部屋田子ノ浦部屋
得意技 左四つ、寄り
成績
現在の番付 十両5枚目
最高位 関脇
生涯戦歴 885勝737敗124休(135場所)
幕内戦歴 613勝568敗124休(87場所)
優勝 十両優勝4回
幕下優勝1回
序ノ口優勝1回
殊勲賞4回
敢闘賞4回
技能賞2回
データ
初土俵 1992年3月場所
入幕 1998年5月場所
趣味 スポーツ観戦
備考
金星2個(若乃花1個、朝青龍1個)
2014年9月28日現在

若の里 忍(わかのさと しのぶ、1976年7月10日 - )は、青森県弘前市出身で田子ノ浦部屋(入門時は鳴戸部屋)所属の現役大相撲力士。本名は古川忍(こがわ しのぶ)、愛称はコガワ。身長184cm、体重158kg、血液型はO型。「怪力」として知られ、かつては大関候補と言われたが、度重なる大怪我に泣いて大関昇進は果たせていない。得意手は左四つ、寄り。趣味は野球観戦、イラスト[1]。最高位は東関脇

来歴[編集]

横綱・初代若乃花と生地が同じで四股名の由来となっているが、中学校は相撲部のある弘前市立第二中学校へ越境通学し、相撲に励んだ。

生地と川を挟んだ同県北津軽郡板柳町出身の高見盛と、青森市(旧南津軽郡浪岡町)出身の武州山は中学相撲の同学年のライバルだった。

中学を卒業する直前の冬休みの段階では、初代若乃花から部屋を譲られたばかりの初代貴ノ花)が率いる二子山部屋への入門を考えていたが、鳴戸に見学を勧められ、鳴戸部屋に入門。以降「1日100番を超える」厳しい稽古で鍛えられ[2] 、新関取以降38歳になった現在も関取の座を手放していない。 上半身の逞しい固太りの体格で、腕力が強く、がっぷり四つで本領を発揮する。右四つでの寄り・投げが得意だが、左四つでも十分に取れ、もろ差しの上手さもある。投げに関しては廻しをとっての投げよりも掬い投げを得意とする。上位陣・実力者には強く殊勲賞4回。一時は三役に定着し、大関候補筆頭と言われた時代もあった。

特に2003年11月場所と2005年1月場所の2度、関脇で連続2桁勝利を挙げ、その場所大関獲りのチャンスを掴んだものの、2度共に負け越して失敗、結局大関昇進はならなかった。大関取りが期待された2005年1月場所には角番大関の千代大海に勝ち越しを献上してしまうという屈辱を味わった。無理な体勢で出ようとしたり、いい体勢なのに攻められなかったりして、大事な星を幾つも落としてきた。何よりも、立合いの甘さは長年変わらない課題であり、カチ上げや張り差しをやるが、腰が浮いてしまう嫌いがある。

その後、2005年9月場所より度重なる怪我に襲われ、2006年11月場所には十両下位の11枚目まで陥落した。十両では格の違いを見せつけるかと思われたが下半身の不安の為思ったほど星が伸びず、1月場所では9日目を終わって4勝5敗と意外な苦戦を強いられる。それでも翌年3月場所には再入幕を果たし、その場所では11勝4敗の好成績を収めた。翌5月場所も10勝5敗と勝ち越したため、7月場所では久方ぶりに上位との対戦が組まれる位置まで上がったものの、結局5勝10敗と負け越した。その後も幕内中位では勝ち越しするものの、上位では負け越すという状態が続いていた。

2009年3月場所11日目、前頭2枚目・琴奨菊に物言いがつきながらも土俵際の捨て身の突き落としで勝った一番で右足を痛め、翌日から途中休場(琴奨菊は負け越し)。翌5月場所は初日から休場したため、再び十両陥落が必至となった。[3]

2009年7月場所は十両に下がったものの、幕内経験で圧倒的な強さを見せ付け、益荒雄の持つ記録(全5回)に次ぐ4回目の十両優勝を果たした。翌9月場所は、通算3回目の再入幕となった。2011年11月場所も負傷休場し、2012年1月場所で十両へ陥落しているが、1場所で幕内に戻った。

2012年7月場所では10日目に嘉風に勝ち、通算勝利数が貴乃花の794勝を越えて史上11位となった。翌9月場所2日目に宝富士に勝って通算勝利数を800勝とした。800勝到達は史上10人目。なお、この通算勝利数記録の上位には、若の里と同期で現役の旭天鵬も名を連ねており、この場所中には、史上初となる800勝力士同士の対戦も実現した。さらに、同年11月場所では3日目に朝赤龍の休場による不戦勝で通算勝利数が水戸泉の807勝を越えて史上10位に、また14日目にも北太樹に勝って通算勝利数が高見山の812勝を超えて史上9位となり1場所で2つの通算勝利数の記録を更新した。

2013年3月場所では9日目に嘉風に勝ち、通算勝利数が安芸乃島の822勝を越えて史上8位となった。この場所は9勝6敗と勝ち越した。同年7月場所では常幸龍に勝って幕内勝利数を600勝とした。同年9月場所では初日から7連敗し中日に初勝利をしたが最終的には4勝11敗と大敗し同年11月場所に十両に陥落。場所後に力の衰えを感じた若の里は引退を考えるも、15歳の頃に「1場所でいいから関取に上がりたい」と口にした記憶が頭をよぎったことで初心に返る形で現役続投を決意。[4]その場所は13日目に勝ち越しを確定させ最終的には8勝7敗と勝ち越した。

2014年1月場所は膝の内視鏡手術をした影響からか、初日から4連敗するなど振るわず12日目に負け越しを確定させ最終的には5勝10敗の大敗に終わった。同年3月場所では7日目に大道に勝ち、通算勝利数が寺尾の860勝を越えて史上7位となった。この場所は9勝6敗と勝ち越した。同年5月場所では双大竜に勝ち、勝ち越しを確定させたと同時に通算勝利数が大鵬の872勝を越えて史上6位となった。翌7月場所は37歳11ヶ月の年齢で再入幕を果たし、これは昭和以降では歴代5位の高齢記録であったが、この場所は途中で左上腕二頭筋を断裂した影響で力が出ず、5勝10敗の大敗で再び十両へと下がることになった[5]

人物・エピソード[編集]

※文中の対戦成績は2014年3月場所終了時点。

  • 中学生時代に稽古を付けてもらい尊敬していた、第65代横綱・貴乃花(現・一代年寄)には一度も勝てなかった。特に、貴乃花が現役最後の場所となった2003年1月場所の初日では、若の里が貴乃花を土俵際まで追い詰めたものの、貴乃花が捨て身の小手投げを打つと若の里は思わず横転、貴乃花より若の里の方がわずかに早く体が落ちたため、惜しくも初勝利はならなかった。この場所中に貴乃花が引退を表明した後、若の里は「一度勝ちたかったなあ…」と未練を残すコメントを述べている。
  • その貴乃花の兄である、第66代横綱・若乃花横綱土俵入りで、同門力士ということで露払いを務めたことがあるが、2013年1月場所現在、若乃花の土俵入りに入った力士で現役を続けている者は若の里だけとなっている。
  • 速攻突き押しの元大関・千代大海と相性が悪く、対戦成績は若の里の5勝26敗だった。その千代大海は琴欧洲と相性が悪く、対戦成績は千代大海の7勝16敗。逆に若の里は琴欧洲と相性が良く、対戦成績は若の里の9勝5敗。得意の掬い投げでひっくり返すことが多い。
  • 横綱・白鵬には初顔から6連勝したが、これは白鵬に対する連勝記録としては全力士中最多である。だがその後は一度も勝てず11連敗中である。
  • 2005年5月26日付で年寄名跡西岩を取得。西岩取得後は現在までに若ノ城隆の鶴玉乃島の3人に名跡を貸している。
  • 2011年11月7日に、入門時の師匠であった13代鳴戸が死去。師匠が不在の部屋に所属する力士は土俵に上がれないため、若の里が現役を引退して部屋を継承する可能性もあったが、若の里は現役続行を希望。部屋付きの9代西岩が鳴戸部屋を継承した。しかし、9代西岩改め14代鳴戸が、2013年に協会から年寄名跡証書の提出を求められた際に「鳴戸」の証書を提出することができずに「田子ノ浦」へ名跡変更したため、鳴戸部屋は田子ノ浦部屋に改称する形で消滅することになってしまった。
  • 2012年5月場所後には日本唯一のウォーターベッドブランド「ウォーター・ワールド」で知られるドリームベッド株式会社のCMの撮影を受け、完成したCMは同年7月からBS朝日で放送された。だがこれが雑誌『相撲』で紹介されたのはそれから1年余り後の2013年11月号が発売されてからのことであった。同月の雑誌に同じ青森出身の幕内力士である宝富士のCMがすぐさま話題になったのを聞いてライバル意識を燃やしたという。[6]
  • 巡業では風紀委員長を務めており、現役力士の中でも特に指導的な役割を与えられている。[7]
  • 高見盛の引退以降、大関千代大海龍二ら平成10年代に活躍した昭和51年(1976年)生まれの力士、いわゆる花のゴーイチ組最後の関取経験者として残っている。
  • 怪我の多さは手術の経験回数が物語っており、入門前にすでに左肩の手術を4回経験していた(中学時代の鎖骨骨折)。入門後には右膝を2回、左膝を1回、右足首を1回、右足の甲を1回手術しており、2013年12月2日の右膝の手術が9回目の手術となった。この経験から部屋の若い力士たちには「痛い痛いって、手術を5回してから言いなさい」と冗談交じりに言っているという。[8]
  • 2013年9月場所に自身初の皆勤での十両陥落を喫したことで西十両5枚目の地位を与えられた2013年11月場所に再起を懸ける若の里は、場所前の2013年10月30日の稽古中に体長5センチを超えるスズメバチに刺されそうになった。37歳にして十両落ちを経験するという苦境に立たされた若の里であったが、その11月場所は8勝の勝ち越しで終えた。結果的にハチの襲来が「8勝」を連想させ縁起を担いだ恰好となった。[9]
  • 2014年9月7日、東京都内で愛知県長久手市にある形成外科・皮膚科「カレラクリニック」の石井徹院長から新しい化粧廻しを贈られた。4本目の化粧廻しを贈られてから10年以上経過しており、既に38歳であり年齢的に関取を維持できる保証が無いにも拘らず化粧廻しを新たに贈られた本人は「いつ引退してもおかしくない若の里ですから、最初、何かの間違いかと思った。ボロボロになるまで締めたい」と関取維持に向けた奮戦を誓い、さらに「幕内で締めたいのもあるし、来年の名古屋場所でも締めてみたい」と再入幕への意欲も示した[10]

略歴[編集]

  • 1992年3月場所 - 鳴戸部屋に入門、初土俵
  • 1997年11月場所 - 新十両、初の十両優勝
  • 1998年5月場所 - 新入幕、10勝5敗で敢闘賞受賞
  • 1998年11月場所 - 11日目に横綱・若乃花から初金星をあげるも13日目に小結・武双山戦で右腓骨骨折、14日目から休場
  • 1999年11月場所 - 11日目で左膝関節内側半月板を損傷、公傷が認められるも回復が遅れ、翌年5月・7月の2場所は十両に陥落するも、十両では格の違いを見せつけ、2場所連続十両優勝して幕内に復帰。
  • 2000年11月場所 - 新三役(小結昇進)、横綱・を倒して殊勲賞受賞
  • 2001年1月場所 - 関脇昇進、横綱・武蔵丸を倒して2場所連続殊勲賞受賞
  • 2002年1月場所 - 2000年11月場所の小結昇進以降2度平幕に陥落したが、この場所から2005年1月場所まで19場所連続三役関脇・小結)在位。
  • 2005年11月場所 - 右大腿二頭筋断裂のため初日から全休
  • 2006年1月場所 - 番付を東前頭16枚目まで大きく下げた。勝ち越し(10勝5敗)。
  • 2006年3月場所 - 東前頭11枚目で11勝4敗の好成績を挙げ、翌場所は久々に上位復帰。
  • 2006年5月場所 - 西前頭2枚目で迎えた2日目に横綱・朝青龍から8年ぶりの金星をあげ、その翌日も大関・琴欧州を破り、期待されたが、4日目から7連敗で早くも10日目に負け越しが決定。その後粘ったが、6勝9敗。
  • 2006年7月場所 - 東前頭6枚目に番付を下げ初日から3連勝と好調だったが、4日目の前頭4枚目・安馬戦で敗れた際に右膝の前十字靱帯を損傷し、全治2ヶ月と診断され、5日目から途中休場。
  • 2006年9月場所 - 前場所での怪我が回復せず、番付は東前頭14枚目で全休。翌場所は6年ぶりの十両転落。
  • 2006年11月場所 - 東十両11枚目で勝ち越し(10勝5敗)。
  • 2007年1月場所 - 西十両4枚目で勝ち越し(9勝6敗)、2回目の再入幕を決める。
  • 2007年3月場所 - 再入幕で11勝4敗の好成績を収める。
  • 2007年5月場所 - 2場所連続の2桁勝利となる10勝を挙げる。
  • 2009年3月場所 - 東前頭5枚目に番付を下げ、5勝5敗で迎えた11日目、前頭2枚目・琴奨菊に勝った一番で右足を骨折、全治3か月と診断され、翌12日目から途中休場。
  • 2009年5月場所 - 前場所での怪我が回復せず、全休となる。
  • 2009年7月場所 - 西十両6枚目で14勝1敗の好成績をあげて4回目の十両優勝。
  • 2009年9月場所 - 3回目の再入幕。
  • 2011年11月場所 - 右大腿二頭筋不全断裂で6日目から途中休場。
  • 2012年3月場所 - 4回目の再入幕。
  • 2012年7月場所 - 通算勝利数が貴乃花の794勝を抜き史上11位となる。
  • 2012年9月場所 - 通算勝利数が史上10人目となる800勝に到達し、旭天鵬と史上初となる通算800勝以上を記録する力士同士による対決が実現。
  • 2012年11月場所 - 通算勝利数が水戸泉の807勝と高見山の812勝を抜き史上9位となる。
  • 2013年3月場所 - 通算勝利数が安芸乃島の822勝を抜き史上8位となる。
  • 2013年7月場所 - 幕内勝利数が600勝となる。
  • 2014年3月場所 - 通算勝利数が寺尾の860勝を抜き史上7位となる。
  • 2014年5月場所 - 通算勝利数が大鵬の872勝を抜き史上6位となる。
  • 2014年7月場所 - 史上4人目となる関取在位100場所を達成。

主な成績[編集]

2014年9月場所終了現在

通算成績[編集]

  • 生涯戦歴:885勝737敗124休(135場所)
  • 幕内戦歴:613勝568敗124休
  • 幕内在位:87場所
  • 三役在位:26場所(関脇17場所、小結9場所)

各段優勝[編集]

  • 十両優勝:4回(1997年11月場所、2000年5月場所、2000年7月場所、2009年7月場所)
  • 幕下優勝:1回(1997年3月場所)
  • 序ノ口優勝:1回(1992年5月場所)

三賞・金星[編集]

  • 三賞:10回
    • 殊勲賞:4回(2000年11月場所、2001年1月場所、2001年7月場所、2003年9月場所)
    • 敢闘賞:4回(1998年5月場所、2000年9月場所、2001年11月場所、2003年1月場所)
    • 技能賞:2回(1999年5月場所、2004年11月場所)
  • 金星:2個

場所別成績[編集]

                                                                                                                  

若の里忍[11]
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1992年
(平成4年)
x (前相撲) 東 序ノ口 #17
優勝
7–0
東 序二段 #20
4–3
 
西 三段目 #99
3–4
 
西 序二段 #19
3–4
 
1993年
(平成5年)
東 序二段 #44
5–2
 
西 序二段 #8
5–2
 
東 三段目 #74
4–3
 
西 三段目 #52
3–4
 
東 三段目 #67
5–2
 
西 三段目 #39
3–4
 
1994年
(平成6年)
西 三段目 #56
4–3
 
西 三段目 #42
3–4
 
西 三段目 #62
5–2
 
東 三段目 #31
3–4
 
西 三段目 #52
5–2
 
西 三段目 #25
4–3
 
1995年
(平成7年)
西 三段目 #12
3–4
 
西 三段目 #25
3–4
 
西 三段目 #37
6–1
 
東 幕下 #57
4–3
 
東 幕下 #46
3–4
 
西 幕下 #60
4–3
 
1996年
(平成8年)
東 幕下 #51
4–3
 
西 幕下 #40
4–3
 
西 幕下 #30
3–4
 
西 幕下 #39
5–2
 
東 幕下 #22
4–3
 
西 幕下 #14
3–4
 
1997年
(平成9年)
東 幕下 #22
6–1
 
東 幕下 #8
優勝
6–1
西 幕下 #1
3–4
 
東 幕下 #5
4–3
 
東 幕下 #3
5–2
 
東 十両 #12
優勝
10–5
1998年
(平成10年)
西 十両 #5
11–4
 
東 十両 #1
9–6
 
西 前頭 #15
10–5
東 前頭 #11
9–6
 
西 前頭 #4
6–9
 
東 前頭 #6
7–7–1[12]
1999年
(平成11年)
西 前頭 #6
休場
0–0–15
西 前頭 #6
5–10
 
西 前頭 #10
11–4
東 前頭 #2
4–11
 
西 前頭 #6
6–9
 
西 前頭 #9
5–7–3[13]
 
2000年
(平成12年)
西 前頭 #14
休場
0–0–15
西 前頭 #14
休場
0–0–15
東 十両 #11
優勝
12–3
東 十両 #1
優勝
13–2
西 前頭 #10
11–4
西 小結
9–6
2001年
(平成13年)
東 関脇
10–5
東 関脇
6–9
 
東 前頭 #1
8–7
 
西 小結
9–6
東 小結
7–8
 
東 前頭 #1
10–5
2002年
(平成14年)
東 小結
8–7
 
東 小結
9–6
 
東 小結
8–7
 
西 関脇
11–4
 
東 関脇
8–7
 
東 関脇
7–8
 
2003年
(平成15年)
西 小結
11–4
東 関脇 #2
9–6
 
東 関脇
9–6
 
東 関脇
10–5
 
東 関脇
11–4
東 関脇
7–8
 
2004年
(平成16年)
西 小結
9–6
 
東 関脇
8–7
 
東 関脇
9–6
 
東 関脇
8–7
 
東 関脇
10–5
 
東 関脇
11–4
2005年
(平成17年)
東 関脇
6–9
 
西 前頭 #1
8–7
 
西 小結
6–9
 
西 前頭 #2
11–4
 
西 関脇
4–3–8[14]
 
東 前頭 #3
休場
0–0–15
2006年
(平成18年)
東 前頭 #16
10–5
 
東 前頭 #11
11–4
 
西 前頭 #2
6–9
東 前頭 #6
3–2–10[15]
 
東 前頭 #14
休場
0–0–15
東 十両 #11
10–5
 
2007年
(平成19年)
西 十両 #4
9–6
 
東 前頭 #16
11–4
 
西 前頭 #7
10–5
 
西 前頭 #2
5–10
 
西 前頭 #4
5–10
 
東 前頭 #8
8–7
 
2008年
(平成20年)
東 前頭 #4
7–8
 
東 前頭 #5
5–10
 
西 前頭 #10
10–5
 
東 前頭 #4
5–10
 
西 前頭 #9
9–6
 
西 前頭 #2
6–9
 
2009年
(平成21年)
東 前頭 #4
7–8
 
東 前頭 #5
6–6–3[16]
 
西 前頭 #7
休場[17]
0–0–15
西 十両 #6
優勝
14–1
西 前頭 #13
10–5
 
東 前頭 #6
7–8
 
2010年
(平成22年)
西 前頭 #7
9–6
 
西 前頭 #1
6–9
 
西 前頭 #3
6–9
 
東 前頭 #7
9–6
 
西 前頭 #1
5–10
 
西 前頭 #5
5–10
 
2011年
(平成23年)
西 前頭 #9
8–7
 
八百長問題
により中止
西 前頭 #5
7–8
 
西 前頭 #5
9–6
 
東 前頭 #2
4–11
 
東 前頭 #9
2–4–9[18]
 
2012年
(平成24年)
西 十両 #2
11–4
 
西 前頭 #13
8–7
 
東 前頭 #10
5–10
 
西 前頭 #14
8–7
 
西 前頭 #11
7–8
 
西 前頭 #12
8–7
 
2013年
(平成25年)
東 前頭 #11
4–11
 
西 前頭 #16
9–6
 
東 前頭 #12
6–9
 
東 前頭 #15
7–8
 
東 前頭 #15
4–11
 
西 十両 #5
8–7
 
2014年
(平成26年)
西 十両 #4
5–10
 
西 十両 #8
9–6
 
西 十両 #3
9–6
 
東 前頭 #16
5–10
 
東 十両 #5
6–9
 
x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

主な力士との幕内での対戦成績[編集]

2014年9月場所終了現在

力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数
碧山 1 1 蒼樹山 0 2 安芸乃島 4 2 安芸乃州 1 0
1 1 朝青龍 10(1) 19 朝赤龍 7 7 朝乃翔 4 1
朝乃若 1 3 旭日松 0 3 旭豊 3 0 東龍 0 1
安美錦 12 9 荒鷲 1 0 阿覧 5 6 1 2
岩木山 12 3 潮丸 1 0 皇司 2 3 大岩戸 1 0
大日ノ出 1 0 小城錦 1 1 隠岐の海 2 6 魁皇 13 21
魁聖 1 4 海鵬 9 3 臥牙丸 1 8 鏡桜 1 0
垣添 9 8 鶴竜 4 6 春日王 2 2 春日錦 2 0
片山 1 0 巌雄 3 1 北勝鬨 1 0 北桜 1 1
北太樹 4 6 皇風 0 1 木村山 6 0 旭鷲山 13 8
旭秀鵬 1 0 旭天鵬 23 14 金開山 0 1 豪栄道 2 6
光龍 1 0 五城楼 1 0 黒海 11 9(1) 琴稲妻 1 0
琴欧洲 9 5 琴春日 2 0 琴奨菊 5 6 琴錦 1 1
琴ノ若 9 10(2) 琴光喜 15(1) 18 琴勇輝 0 3 琴龍 8 2
常幸龍 3 2 磋牙司 2(1) 0 佐田の海 0 1 佐田の富士 4 4
里山 1 0 敷島 2 1 霜鳳 6 3 十文字 3 0
駿傑 1 0 翔天狼 8 5 松鳳山 1 1 蒼国来 1 2
双大竜 1 0 大道 6 1(1) 貴闘力 3 1 貴ノ浪 13 5
貴乃花 0 9 高見盛 21 4 宝富士 2 4 豪風 7 18
玉飛鳥 2 1 玉春日 8 2 玉乃島 15 7 玉鷲 4 7
千代大海 5 26 千代大龍 3 1 千代天山 2 1 千代丸 0 1
出島 19 14 寺尾 2 2 天鎧鵬 0 2 闘牙 8 8
時津海 8 4 時天空 11 11 德勝龍 3 0 德瀬川 1 2
土佐ノ海 19 8(1) 土佐豊 4 3 栃東 10 14 栃煌山 1 6
栃栄 5 0 栃ノ心 2 5 栃乃洋 18 15 栃乃花 2 2
栃乃和歌 1 0 栃乃若 2 3 豊桜 2 0 豊ノ島 6 6
豊響 6 5 白馬 4 1 白鵬 6 11 白露山 4 0
濱ノ嶋 6 0 追風海 0 2 把瑠都 1 7 日馬富士 1 9
肥後ノ海 5 2 富士東 3 3 武州山 3 1 普天王 4 6(1)
寶智山 2 0 豊真将 9(1) 5 北勝力 8 8 将司 1 0
舛ノ山 1 4 水戸泉 2 1 湊富士 2 3 雅山 20 16
武蔵丸 5 10 武双山 8 17 猛虎浪 2 0 嘉風 8 12
龍皇 1 0 露鵬 3 3 若麒麟 0 1 若荒雄 0 4
若兎馬 1 0 若ノ城 3 0 若乃花 1 1 若ノ鵬 1 2
和歌乃山 3 1

(カッコ内は勝数、負数の中に占める不戦勝、不戦敗の数、太文字は2014年9月場所終了現在、現役力士

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 小学生時代にコンクールで入賞した経歴があり、絵に対する造詣がある。
    若の里が似顔絵披露「才能あるんですよ」 nikkansports.com 2013年12月29日18時30分
  2. ^ 東奥日報 2014年7月14日
  3. ^ 時事ドットコム - 若の里、右足骨折で休場=大相撲春場所12日目 2009-03-26 閲覧
  4. ^ 朝日新聞 2014年7月26日21面
  5. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2014年9月号(秋場所展望号) 52頁、66頁
  6. ^ 10月11日にCMが収録されてその4日後に配信されたことが若の里のCM話題と共に『相撲』2013年11月号に掲載されており、紹介に至るまでの早さの違いが同士でネタになった。
  7. ^ 『相撲』2013年11月号46ページ
  8. ^ 若の里、3連敗でも… 弟弟子の稀勢に背中でエール中日スポーツ 2014年1月15日 紙面から
  9. ^ 若の里「ビックリ」稽古中スズメバチ襲撃 nikkansports.com 2013年10月30日19時49分
  10. ^ 若の里に新化粧まわし 中日スポーツ 2014年9月8日 紙面から
  11. ^ Rikishi in Juryo and Makunouchi” (English). szumo.hu. 2007年9月24日閲覧。
  12. ^ 右腓骨骨折のため14日目から途中休場
  13. ^ 左膝関節内側半月板損傷のため12日目から途中休場
  14. ^ 右大腿二頭筋断裂のため7日目から途中休場
  15. ^ 右膝前十字靱帯損傷のため5日目から途中休場
  16. ^ 右足第5中足骨骨折のため12日目から途中休場
  17. ^ 右足第5中足骨骨折及び右足関節靱帯損傷のため全休
  18. ^ 右大腿二頭筋不全断裂のため6日目から途中休場

外部リンク[編集]