若の里忍

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若の里忍 Sumo pictogram.svg
Wakanosato 08 Sep.jpg
入場する若の里関
基礎情報
四股名 若の里 忍
本名 古川 忍
愛称 コガワ
生年月日 1976年7月10日(35歳)
出身 青森県弘前市
身長 184cm
体重 162kg
所属部屋 鳴戸部屋
得意技 左四つ、寄り
成績
現在の番付 西十両2枚目
最高位 関脇
生涯戦歴 764勝597敗115休 (117場所)
幕内戦歴 540勝470敗115休 (75場所)
優勝 十両優勝4回
幕下優勝1回
序ノ口優勝1回
殊勲賞4回、敢闘賞4回、技能賞2回
データ
初土俵 1992年3月場所
入幕 1998年5月場所
趣味 スポーツ観戦
備考
金星2個(若乃花1個、朝青龍1個)
2012年1月15日現在

若の里 忍(わかのさと しのぶ、1976年7月10日 - )は、青森県弘前市出身で鳴戸部屋所属の現役大相撲力士。本名は古川忍(こがわ しのぶ)、愛称はコガワ。身長184cm、体重162kg、血液型はO型。怪力として知られ、かつては大関候補と言われたが度重なる大怪我に泣いて低迷している。得意手は左四つ、寄り。趣味は野球観戦、ビアガーデン巡り。最高位は東関脇

目次

[編集] 来歴

横綱・初代若乃花と生地が同じで四股名の由来となっているが、中学校は相撲部のある弘前市立第二中学校へ越境通学し、相撲に励んだ。

生地と川を挟んだ同県北津軽郡板柳町出身の高見盛と、青森市(旧南津軽郡浪岡町)出身の武州山は中学相撲の同学年のライバルだった。

上半身の逞しい固太りの体格で、腕力が強く、がっぷり四つで本領を発揮する。右四つでの寄り・投げが得意だが、左四つでも十分に取れ、もろ差しの上手さもある。投げに関しては廻しをとっての投げよりも掬い投げを得意とする。上位陣・実力者には強く殊勲賞4回。一時は三役に定着し、大関候補筆頭と言われた時代もあった。

特に2003年11月場所と2005年1月場所の2度、関脇で連続2桁勝利を挙げ、その場所大関獲りのチャンスを掴んだものの、2度共に負け越して失敗、結局大関昇進はならなかった。大関取りが期待された2005年1月場所には角番大関の千代大海(現・佐ノ山)に勝ち越しを献上してしまうという屈辱を味わった。無理な体勢で出ようとしたり、いい体勢なのに攻められなかったりして、大事な星を幾つも落としてきた。何よりも、立合いの甘さは長年変わらない課題であり、カチ上げや張り差しをやるが、腰が浮いてしまう嫌いがある。

その後、2005年9月場所より度重なる怪我に襲われ、2006年11月場所には十両下位の11枚目まで陥落した。十両では格の違いを見せつけるかと思われたが下半身の不安の為思ったほど星が伸びず、1月場所では9日目を終わって4勝5敗と意外な苦戦を強いられる。それでも翌年3月場所には再入幕を果たし、その場所では11勝4敗の好成績を収めた。翌5月場所も10勝5敗と勝ち越したため、7月場所では久方ぶりに上位との対戦が組まれる位置まで上がったものの、結局5勝10敗と負け越した。その後も幕内中位では勝ち越しするものの、上位では負け越すという状態が続いていた。

2009年3月場所11日目、前頭2枚目・琴奨菊に物言いがつきながらも土俵際の捨て身の突き落としで勝った一番で右足を痛め、翌日から途中休場(琴奨菊は負け越し)。翌5月場所は初日から休場したため、再び十両陥落が必至となった。[1]

2009年7月場所は十両に下がったものの、幕内経験で圧倒的な強さを見せ付け、益荒雄(現阿武松親方)の持つ記録(全5回)に次ぐ4回目の十両優勝を果たした。翌9月場所は、通算3回目の再入幕となった。

中学生時代に稽古を付けてもらい尊敬していた元横綱・貴乃花には一度も勝てなかった。特に、貴乃花が現役最後の場所となった2003年1月場所の初日では、若の里が貴乃花を土俵際まで追い詰めたものの、貴乃花が捨て身の小手投げを打つと若の里は思わず横転、貴乃花より若の里の方がわずかに早く体が落ちたため、惜しくも初勝利はならなかった。この場所中に貴乃花が引退を表明した後、若の里は「一度勝ちたかったなあ…」と未練を残すコメントを述べている。

速攻突き押しの元大関・千代大海(現・佐ノ山)と相性が悪く、対戦成績は若の里の5勝26敗だった。千代大海は琴欧洲と相性が悪く、対戦成績は千代大海の7勝16敗。逆に若の里は琴欧洲と相性が良く、対戦成績は若の里の9勝5敗。得意の掬い投げでひっくり返すことが多い。

年寄名跡西岩を取得済み。2011年11月8日に同期生の隆の鶴が鳴戸部屋を継承するまでは彼に貸していた。この日の前日に師匠が亡くなり若の里が部屋を継承する可能性もあったが本人が現役続行を希望したためになしになった。

師匠が隆の鶴に代わった直後の2011年11月場所は場所中に負傷したため6日目より久々の休場となった。この場所中に引退した同門の玉乃島に年寄名跡を貸している。

[編集] 略歴

  • 1992年3月場所 - 鳴戸部屋に入門、初土俵
  • 1997年11月場所 - 新十両、初の十両優勝
  • 1998年5月場所 - 新入幕、10勝5敗で敢闘賞受賞
  • 1998年11月場所 - 11日目に横綱・若乃花から初金星をあげるも13日目に小結・武双山(現・藤島)戦で右腓骨骨折、14日目から休場
  • 1999年11月場所 - 11日目で左膝関節内側半月板を損傷、公傷が認められるも回復が遅れ、翌年5月・7月の2場所は十両に陥落するも、十両では格の違いを見せつけ、2場所連続十両優勝して幕内に復帰。
  • 2000年11月場所 - 新三役(小結昇進)、横綱・を倒して殊勲賞受賞
  • 2001年1月場所 - 関脇昇進、横綱・武蔵丸(現・振分)を倒して2場所連続殊勲賞受賞
  • 2002年1月場所 - 2000年11月場所の小結昇進以降2度平幕に陥落したが、この場所から2005年1月場所まで19場所連続三役関脇・小結)在位。
  • 2005年11月場所 - 右大腿二頭筋断裂のため初日から全休
  • 2006年1月場所 - 番付を東前頭16枚目まで大きく下げた。勝ち越し(10勝5敗)。
  • 2006年3月場所 - 東前頭11枚目で11勝4敗の好成績を挙げ、翌場所は久々に上位復帰。
  • 2006年5月場所 - 西前頭2枚目で迎えた2日目に横綱・朝青龍から8年ぶりの金星をあげ、その翌日も大関・琴欧州を破り、期待されたが、4日目から7連敗で早くも10日目に負け越しが決定。その後粘ったが、6勝9敗。
  • 2006年7月場所 - 東前頭6枚目に番付を下げ初日から3連勝と好調だったが、4日目の前頭4枚目・安馬戦で敗れた際に右膝の前十字靱帯を損傷し、全治2ヶ月と診断され、5日目から途中休場。
  • 2006年9月場所 - 前場所での怪我が回復せず、番付は東前頭14枚目で全休。翌場所は6年ぶりの十両転落。
  • 2006年11月場所 - 東十両11枚目で勝ち越し(10勝5敗)。
  • 2007年1月場所 - 西十両4枚目で勝ち越し(9勝6敗)、2回目の再入幕を決める。
  • 2007年3月場所 - 再入幕で11勝4敗の好成績を収める。
  • 2007年5月場所 - 2場所連続の2桁勝利となる10勝を挙げる。
  • 2009年3月場所 - 東前頭5枚目に番付を下げ、5勝5敗で迎えた11日目、前頭2枚目・琴奨菊に勝った一番で右足を骨折、全治3か月と診断され、翌12日目から途中休場。
  • 2009年5月場所 - 前場所での怪我が回復せず、全休となる。
  • 2009年7月場所 - 西十両6枚目で14勝1敗の好成績をあげて4回目の十両優勝。
  • 2009年9月場所 - 通算3回目の再入幕。

[編集] 主な成績

2011年9月場所終了現在

[編集] 通算成績

  • 生涯戦歴:764勝597敗115休 (117場所)
  • 幕内戦歴:540勝470敗115休
  • 幕内在位:75場所
  • 三役在位:26場所(関脇17場所、小結9場所)

[編集] 各段優勝

  • 十両優勝:4回(1997年11月場所、2000年5月場所、2000年7月場所、2009年7月場所)
  • 幕下優勝:1回(1997年3月場所)
  • 序ノ口優勝:1回(1992年5月場所)

[編集] 三賞・金星

  • 三賞:10回
    • 殊勲賞:4回(2000年11月場所、2001年1月場所、2001年7月場所、2003年9月場所)
    • 敢闘賞:4回(1998年5月場所、2000年9月場所、2001年11月場所、2003年1月場所)
    • 技能賞:2回(1999年5月場所、2004年11月場所)
  • 金星:2個

[編集] 場所別成績

                                                                                                                  

若の里忍[2]

一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1992年
(平成4年)
x (前相撲) 東 序ノ口 #17
7–0
 
東 序二段 #20
4–3
 
西 三段目 #99
3–4
 
西 序二段 #19
3–4
 
1993年
(平成5年)
東 序二段 #44
5–2
 
西 序二段 #8
5–2
 
東 三段目 #74
4–3
 
西 三段目 #52
3–4
 
東 三段目 #67
5–2
 
西 三段目 #39
3–4
 
1994年
(平成6年)
西 三段目 #56
4–3
 
西 三段目 #42
3–4
 
西 三段目 #62
5–2
 
東 三段目 #31
3–4
 
西 三段目 #52
5–2
 
西 三段目 #25
4–3
 
1995年
(平成7年)
西 三段目 #12
3–4
 
西 三段目 #25
3–4
 
西 三段目 #37
6–1
 
東 幕下 #57
4–3
 
東 幕下 #46
3–4
 
西 幕下 #60
4–3
 
1996年
(平成8年)
東 幕下 #51
4–3
 
西 幕下 #40
4–3
 
西 幕下 #30
3–4
 
西 幕下 #39
5–2
 
東 幕下 #22
4–3
 
西 幕下 #14
3–4
 
1997年
(平成9年)
東 幕下 #22
6–1
 
東 幕下 #8
6–1
 
西 幕下 #1
3–4
 
東 幕下 #5
4–3
 
東 幕下 #3
5–2
 
東 十両 #12
10–5
 
1998年
(平成10年)
西 十両 #5
11–4
 
東 十両 #1
9–6
 
西 前頭 #15
10–5
東 前頭 #11
9–6
 
西 前頭 #4
6–9
 
東 前頭 #6
7–7–1[3]
1999年
(平成11年)
西 前頭 #6
休場
0–0–15
西 前頭 #6
5–10
 
西 前頭 #10
11–4
東 前頭 #2
4–11
 
西 前頭 #6
6–9
 
西 前頭 #9
5–7–3[4]
 
2000年
(平成12年)
西 前頭 #14
休場
0–0–15
西 前頭 #14
休場
0–0–15
東 十両 #11
12–3
 
東 十両 #1
13–2
 
西 前頭 #10
11–4
西 小結
9–6
2001年
(平成13年)
東 関脇
10–5
東 関脇
6–9
 
東 前頭 #1
8–7
 
西 小結
9–6
東 小結
7–8
 
東 前頭 #1
10–5
2002年
(平成14年)
東 小結
8–7
 
東 小結
9–6
 
東 小結
8–7
 
西 関脇
11–4
 
東 関脇
8–7
 
東 関脇
7–8
 
2003年
(平成15年)
西 小結
11–4
東 関脇 #2
9–6
 
東 関脇
9–6
 
東 関脇
10–5
 
東 関脇
11–4
東 関脇
7–8
 
2004年
(平成16年)
西 小結
9–6
 
東 関脇
8–7
 
東 関脇
9–6
 
東 関脇
8–7
 
東 関脇
10–5
 
東 関脇
11–4
2005年
(平成17年)
東 関脇
6–9
 
西 前頭 #1
8–7
 
西 小結
6–9
 
西 前頭 #2
11–4
 
西 関脇
4–3–8[5]
 
東 前頭 #3
休場
0–0–15
2006年
(平成18年)
東 前頭 #16
10–5
 
東 前頭 #11
11–4
 
西 前頭 #2
6–9
東 前頭 #6
3–2–10[6]
 
東 前頭 #14
休場
0–0–15
東 十両 #11
10–5
 
2007年
(平成19年)
西 十両 #4
9–6
 
東 前頭 #16
11–4
 
西 前頭 #7
10–5
 
西 前頭 #2
5–10
 
西 前頭 #4
5–10
 
東 前頭 #8
8–7
 
2008年
(平成20年)
東 前頭 #4
7–8
 
東 前頭 #5
5–10
 
西 前頭 #10
10–5
 
東 前頭 #4
5–10
 
西 前頭 #9
9–6
 
西 前頭 #2
6–9
 
2009年
(平成21年)
東 前頭 #4
7–8
 
東 前頭 #5
6–6–3[7]
 
前頭 #7
休場
0–0–15
西 十両 #6
14–1
 
西 前頭 #13
10–5
 
東 前頭 #6
7–8
 
2010年
(平成22年)
西 前頭 #7
9–6
 
西 前頭 #1
6–9
 
西 前頭 #3
6–9
 
東 前頭 #7
9–6
 
西 前頭 #1
5–10
 
西 前頭 #5
5–10
 
2011年
(平成23年)
西 前頭 #9
8–7
 
八百長問題
により中止
西 前頭 #5
7–8
 
西 前頭 #5
9–6
 
東 前頭 #2
4–11
 
東 前頭 #9
2–4–9
 
2012年
(平成24年)
西 十両 #2
11–4
 
x x x x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 時事ドットコム - 若の里、右足骨折で休場=大相撲春場所12日目 2009-03-26 閲覧
  2. ^ Rikishi in Juryo and Makunouchi” (English). szumo.hu. 2007年9月24日閲覧。
  3. ^ 右腓骨骨折のため14日目から途中休場
  4. ^ 左膝関節内側半月板損傷のため12日目から途中休場
  5. ^ 右大腿二頭筋断裂のため7日目から途中休場
  6. ^ 右膝前十字靱帯損傷のため5日目から途中休場
  7. ^ 右足第5中足骨骨折のため12日目から途中休場
  8. ^ 右足第5中足骨骨折及び右足関節靱帯損傷のため全休

[編集] 外部リンク

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