牛タン
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牛タン(ぎゅうたん)は、牛の舌部を指す。主に、食用にする場合に用いる語。 数十センチの長さがあり、薄切りないし細切れで食用にされる。タンは、英語で舌を意味する tongue の音に由来する。
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[編集] 概要
牛肉食文化が近代になって普及した日本だが、もとは畜産副生物として、牛解体時に生じる正肉以外の部分、モツ(内臓)をも食べる習慣の広がりとも相まって、牛タンは既にポピュラーな食材である。
焼肉店でも提供されることが多く、塩味のタンは短くタン塩 と呼ばれることもある。現在、焼肉店では自分で焼いた牛タンをレモン汁に浸けて食べるのが一般的だが、これは1970年代、東京・六本木にある焼肉屋「叙々苑」の発祥という説[1]もあるが、石焼ビビンバの石鍋などの発案でも知られる銀座清香園総本店の張貞子が、スウェーデンの空港で見たタンの燻製をヒントに、同年代にタン塩をレモンで食べることを始めたとの説もある。
「仙台牛タン焼き」 の場合は、店員が塩味やタレをつけた牛タンを炭火等で焼いて出してくれ、そのまま食べる。レモン汁はつけない。また、塩味とタレでは圧倒的に塩味が多い。
[編集] 仙台牛タン
宮城県仙台市の牛タン料理は、「仙台牛タン」の名称で名物として知られている。庶民の料理から始まっているため、一般に超高級ブランド牛肉の仙台牛が牛タン定食や牛タン弁当に用いられることはない。ただし、仙台牛を用いた高級メニューが一部に存在する。
[編集] 仙台牛タンのいろいろ
牛タン専門店では、牛タン焼きに麦飯やテールスープをつけた牛タン定食が供される。白菜漬けと「南蛮」という赤唐辛子(正調では山形産唐辛子を用いる)の味噌漬けがつく場合が多いが、各店により差異がある。
仙台の牛タン焼き自体の特徴としては、店により薄切りから厚切りまで様々とはいえ、焼肉屋の牛タンと比べると総じて厚切りで、厚さにかかわらず、柔らかく焼いてある。また、牛の舌の付け根付近は、生育法によっては霜降り状になるので、その部分を「芯タン」・「トロタン」などと呼び、一般の牛タンとは別メニューで供する店もある。また、味付けは「タン塩」のほか、「味噌」「からし味噌」といったタン肉自体の味噌漬けの焼肉も定番である。
牛タン焼き以外のメニューとして、タンシチューや牛タンしゃぶしゃぶ(冬季限定)、または、生のままのタン刺しや牛タン寿司などを取り揃える店もある(しゃぶしゃぶや生食メニューなどでは、仙台牛や仙台黒毛和牛を用いる例が見られる)。お土産物用として、燻製や佃煮などもある。
[編集] 歴史
太平洋戦争後、仙台にもGHQが進駐した。その際、大量に牛肉を消費する駐留米軍が残したタンとテールを有効に活用するために、1948年(昭和23年)、仙台の焼き鳥店「太助」初代店主・佐野啓四郎が、牛タン焼きの専門店を開業したことが 「仙台牛タン」 の始まりである。佐野はタンシチューから着想して、タンを薄い切り身にして塩焼きするという調理法を考案した(米軍の残り物説について仙台牛たん振興会は全面否定しているが、佐野はむしろ公式見解として認めており、自信のある元祖とイメージダウンを嫌う新規参入業者との間で見解の相違が生じている)[要出典]。
佐野の牛タン焼きの発明から長らくは、それほど牛タン料理は市民に人気があるわけではなかった。もともとが外食から生まれた料理であり、家庭で食べられることは殆どない。むしろ珍味の扱いで、一部の愛好者や酔客が「締め」に食べる程度だった。やがて高度経済成長期になって、他都市から仙台への転勤族や単身赴任者(仙チョン族)が増えると、昼食時や夜の街で仙台牛タン焼きの味を知り、仙台赴任からとりわけ東京に戻ったサラリーマンの間で仙台牛タン焼きは評判になった。また、牛タンの高蛋白質の割に脂肪が少ないことがマスコミュニケーション等で紹介され、ヘルシー志向の人たちのみならず国民全体に牛タンが受け入れられ[要出典]ていった。このような流れに乗って仙台牛タン焼きも有名になっていった。
仙台牛タン焼きは、旅行の一般化によって観光客たちの食べるところ[要出典]となり、また、外食の一般化によって仙台市民も食べるところとなったが、最大の転機は、1991年に始まった牛肉輸入自由化である。以前は老舗業者くらいしか無かったが、牛肉輸入自由化に伴い安価に材料が入手できるようになり、ここ10数年の間に新規参入した業者が増えた。
ところで、誕生の経緯からも、庶民の味として安価に供するためにも、仙台牛タン焼きは、脂肪の付き具合いが良い米国産でなくてはならないという考え方がある[要出典]。実際、材料の牛タンは、その殆どが輸入品である。しかし、農畜産物・水産物の地元での生産と消費(地産地消)を目指している宮城県で、輸入物の牛タンを名物と称するには疑問の声もある。そういう指摘もあってか、地元の高級和牛牛肉である仙台牛を使った牛タン焼きの店も出てきた。一方、頑なに伝統を守ってアメリカ産牛肉を使っている店の中には、「仙台名物」 という代わりに、料理法および食べ方が仙台での発祥なのだとして「仙台発祥」と表現している店もある。
しかし、牛タンの原料供給の9割を米国からの輸入に頼っていたため、2004年、大手牛丼チェーンと同様、牛海綿状脳症(BSE)発生によるアメリカ産牛肉輸入停止の影響を大いに受けてしまった。アメリカ産に替えてオーストラリア産牛肉にシフトする店もあるが、頑なにアメリカ産に拘った店は、在庫不足に陥って、牛タン料理の提供を取り止めている店舗が生じている。中には支店を撤退させたり、廃業した業者もある。
[編集] 輸入再開運動
米国産牛肉の輸入が停止して以降、焼肉店(チェーン)や輸入商社、精肉卸業者、加工業者など業界でつくる団体、米国産牛肉全面的早期輸入再開を求める会が輸入再開を求めて署名運動するなどの動きがあり、それに協調して仙台市内の牛タン専門店でつくる団体仙台牛たん振興会も、米国産牛肉の輸入再開を求めて署名運動を行った。その団体の見解としては、「米国産が禁輸になって以降、他国産(豪州産など)の価格が高騰している」、「仙台牛タンは脂肪の付き具合で米国産でなくてはならない」、「牛タンは危険部位ではない」というのがその理由とする。
しかし、一般的に扁桃(舌を含む)が危険部位とされていること、自らの利益追求のためだけに「一日も早く輸入再開を」と主張する牛タン団体の見解には疑問の声もあった。
[編集] 牛タンを題材にした作品
- 大塚愛の曲である『黒毛和牛上塩タン焼680円』(作詞・作曲/愛 編曲/愛×Ikoman)
- 『大好き! 牛タンタン』
- 『牛タンラップ』
- 「牛タンゲーム」という遊びがある。1998年頃に中高生を中心に流行した。当時影響力の強かった広末涼子が『LOVE LOVEあいしてる』で発言した[2]ことがきっかけであるといわれる。

