近江牛
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近江牛(おうみうし)は、黒毛和種の和牛が滋賀県内で最も長く肥育された場合に許される呼称であり、そのウシからとれる牛肉にも用いられる呼称。肉用牛としての歴史が長く、三大和牛の1つとされる。
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定義 [編集]
日本食肉格付協会の格付けに基いた定義がないため、上記の2つを満たせばどの肉質等級および歩留等級であっても近江牛と呼称できる。なお、A-4、B-4以上の格付けの枝肉には認定書や認証シールが発行される[1]。
歴史 [編集]
江戸時代からすでに、牛肉が「養生薬」の名目で、味噌漬や干し肉として彦根藩から将軍家へ献上、賞味されていた。
明治時代になって西洋文化の影響で牛肉食が始まると、近江牛はブランド牛として全国に普及した。これは、近江商人の活躍があったためともいわれる。なお、神戸ビーフは神戸産の牛ではなく、輸送のために神戸港に運ばれてきた近江牛(または但馬牛)を在留外国人が賞味し、名付けたともいわれる。
かつては、定義の1つの「滋賀県産」を満たすのに必要な期間の基準が無かったため、県外産の牛を1晩県内に置いて翌日に市場に出しても「近江牛」と呼称できた[2]。しかし、2005年(平成17年)に牛の肥育履歴偽装事件で近江肉牛協会の幹部が逮捕されたのを機に、同年12月に「滋賀県産」とみなす基準を含めた近江牛の定義が決められた[2]。
2007年(平成19年)5月11日、地域団体商標に登録された[3]。
生産 [編集]
主に滋賀県東部の蒲生・神崎・愛知の各郡(現在の近江八幡市、東近江市、竜王町など)において生産されてきた。これら一帯は米の生産やその他の農業も盛んな地域で、牛を肥育するための飼料とストレスの少ない気候に恵まれたためともいわれている。年間出荷頭数は5000頭[1]。
その他 [編集]
- 近江牛を扱う駅弁には、「食べ物の恨みは恐ろしい」とのキャッチコピーが書かれている。これは、近江牛を楽しみにしていた水戸藩士が、江戸幕府への近江牛の献上を断った近江彦根藩藩主・井伊直弼を恨んで桜田門外の変で討った、とする俗説に基いている。