佐田の富士哲博

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佐田の富士哲博 Sumo pictogram.svg
Sadanofuji 2010 May.JPG
十両土俵入りする佐田の富士関
基礎情報
四股名 佐田の富士 哲博
本名 山本 哲博
愛称 コテツ
生年月日 1984年12月25日(29歳)
出身 長崎県南高来郡加津佐町
身長 190cm
体重 201kg
BMI 55.68
所属部屋 中立部屋境川部屋
得意技 突き、押し
成績
現在の番付 東十両2枚目
最高位 西前頭8枚目
生涯戦歴 362勝344敗(71場所)
幕内戦歴 94勝131敗(15場所)
優勝 十両優勝1回
データ
初土俵 2003年1月場所
入幕 2011年11月場所
趣味 DVD鑑賞
備考
2014年11月27日現在

佐田の富士 哲博(さだのふじ あきひろ、1984年12月25日 - )は、長崎県南高来郡加津佐町(現在の南島原市)出身で境川部屋所属(入門時は中立部屋)の現役大相撲力士。本名は山本 哲博(やまもと あきひろ)、愛称はコテツ。好物は刺身、ビール。[1][2]

体格は身長190cm、体重201kg、血液型はB型。得意手は突き、押し。最高位は西前頭8枚目(2013年5月場所)。

弟は同じ境川部屋に所属する小浜海。横綱千代の富士以来の5文字四股名の幕内力士である。

来歴[編集]

Sadanofuji 2010 Sept.jpg

小学校5年生のときから柔道を始め、長崎県立小浜高校を卒業するまで柔道をしていた[3]。小浜高柔道部は当時より部員が10人に満たず指導が厳格でない環境だったため、山本はこの環境を逆手にとって柔道の稽古をしないで筋トレを重ねることで大相撲の素養を育てていった。高校卒業後は恩師の勧めもあって中立部屋(現・境川部屋)に入門、2003年(平成15年)1月場所に本名である山本の四股名で初土俵を踏んだ。

同部屋同期には克の富士城ノ龍がいる。

体格に恵まれていたものの三段目通過までに3年余りを要し、滑り出しは上々と言い切れなかった。三段目時代のある日に師匠と同じ長崎県出身者、いわゆる「クニモン」の弟子から関取が1人も出ていないことに気づき「自分は安易な気持ちでここへ来てしまったのだろうか」と思い悩んでいた。だがしかし、豪栄道のスピード出世や岩木山の好調ぶりを見ている内に「水を差すことも言っていられない」と立ち直り、それ以降は相撲に対する熱心さが増した。

2009年(平成21年)11月場所までは岩木山の付き人をしていたが、師匠の境川親方(小結両国)が十両を目前に控えた佐田の富士を目にし、相撲に集中できるようにと配慮をして岩木山の付き人から外した[4]2010年(平成22年)1月場所で2場所連続で6勝1敗の好成績をおさめ、翌3月場所での新十両昇進を決めた。長崎県出身からは出羽乃富士以来7年ぶりの関取誕生であり、境川部屋からは初めて長崎県出身者の関取が誕生した。

その後はしばらく低迷が続いていたが、2011年(平成23年)9月場所では東十両2枚目で8勝7敗と勝ち越し、翌11月場所で同部屋の妙義龍らと共に5人で新入幕。1年間幕内の座を守ったが、2012年11月場所では十両へ陥落。陥落した場所では14日目までで13勝1敗と格の違いを見せつけ、千秋楽の栃乃若との相星優勝決戦を制して十両優勝を果たしている。

2013年6月21日、境川部屋で行われた記者会見で東京都内の美容室に勤務する一般人女性との婚約を発表する。[5]同年10月16日に入籍した。[6]場所後の2月16日、東京都内で北の湖理事長ら530人が出席した中で結婚披露宴を行った。[7]

2014年1月場所は場所後に挙式を控え、高校時代の恩師から「負け越したら式に出ない」と発奮を促されたが、その激励とは裏腹に6勝9敗の負け越しに甘んじた。[8]2014年3月場所は初日から8連敗の不振で、最終的には2勝13敗の大敗。翌5月場所は2度目の十両陥落となった。3度目の十両陥落となった同年11月場所は中日まで4勝4敗と一進一退であったものの後半追い上げ10勝5敗の好成績を果たした。

エピソード[編集]

  • 日本酒1升を20秒で飲み干す酒豪である。[2]
  • 下位時代には関ノ戸が胸を出して鍛えていた。関ノ戸と佐田の富士とでは取り口が大きく異なるものの、ぶちかましの技術は佐田の富士に伝わっている。佐田の富士はぶちかましを得意としているため取組で額から出血することが多い。[2]
  • 結婚式の媒酌人は元・防衛大臣久間章生相撲甚句歌手の北脇貴士が証言するところによれば、久間は佐田の富士の生家の目と鼻の先に住んでいたことがあり、少年時代より面識があったそうである。[9]
  • 新入幕を果たした際には地元の南島原市加津佐町にあるスーパー「ショッピングセンターもとやま」が自身の顔をモチーフにした「佐田ちゃんパン」を発売した。本場所中、勝った翌日のパンには笑顔を描く上に価格も120円から98円に値下げ、負けた翌日はしかめっ面になるという演出が行われていた。[10]

取り口など[編集]

入門当初130kgあった体重は右肩上がりに増え、2011年秋場所では195kgを計測。しかも体重の割に筋肉質であり、2014年1月場所初日のNHK大相撲中継では解説者の舞の海秀平が「200kgあるとは思えない」と感想を述べていた[11]。重量だけでなくリーチにも恵まれており、その体躯を活かして突っ張りや喉輪などを駆使して離れて取りながら前に出る相撲を展開するが腰高が祟って巨体に比べ腰は軽い部類に入り、投げに転がる場面も目立つ。2014年9月場所9日目に弟弟子の佐田の海が逸ノ城と対戦した際直後に「佐田の富士関の方が差したときの重さがある。」と証言している。[12]

主な成績[編集]

2014年11月場所終了時点

通算成績[編集]

  • 通算成績:362勝344敗(71場所)
  • 幕内成績:94勝131敗(15場所)
  • 各段優勝:十両優勝1回(2012年11月場所)

場所別成績[編集]

                                  

佐田の富士 哲博
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2003年
(平成15年)
(前相撲) 西 序ノ口 #31
4–3
 
西 序二段 #100
4–3
 
東 序二段 #73
3–4
 
西 序二段 #94
4–3
 
東 序二段 #65
3–4
 
2004年
(平成16年)
西 序二段 #84
6–1
 
東 序二段 #10
4–3
 
西 三段目 #92
2–5
 
東 序二段 #17
5–2
 
東 三段目 #79
3–4
 
西 三段目 #93
3–4
 
2005年
(平成17年)
西 序二段 #9
5–2
 
西 三段目 #69
2–5
 
西 三段目 #94
6–1
 
西 三段目 #35
2–5
 
東 三段目 #64
5–2
 
東 三段目 #33
4–3
 
2006年
(平成18年)
東 三段目 #23
4–3
 
西 三段目 #8
5–2
 
西 幕下 #50
3–4
 
東 三段目 #3
4–3
 
東 幕下 #52
3–4
 
西 三段目 #1
5–2
 
2007年
(平成19年)
西 幕下 #42
4–3
 
西 幕下 #35
5–2
 
東 幕下 #22
4–3
 
西 幕下 #16
3–4
 
東 幕下 #24
5–2
 
西 幕下 #15
4–3
 
2008年
(平成20年)
西 幕下 #13
4–3
 
東 幕下 #10
2–5
 
東 幕下 #22
4–3
 
西 幕下 #17
3–4
 
東 幕下 #25
5–2
 
西 幕下 #11
4–3
 
2009年
(平成21年)
東 幕下 #8
2–5
 
東 幕下 #25
6–1
 
東 幕下 #9
5–2
 
西 幕下 #3
2–5
 
東 幕下 #14
5–2
 
西 幕下 #9
6–1
 
2010年
(平成22年)
東 幕下 #3
6–1
 
東 十両 #11
6–9
 
東 十両 #14
7–8
 
東 幕下 #1
4–3
 
西 十両 #8
8–7
 
西 十両 #2
5–10
 
2011年
(平成23年)
西 十両 #7
6–9
 
八百長問題
により中止
西 十両 #9
5–10
 
東 十両 #7
9–6
 
東 十両 #2
8–7
 
西 前頭 #15
8–7
 
2012年
(平成24年)
西 前頭 #11
8–7
 
東 前頭 #10
6–9
 
西 前頭 #11
7–8
 
東 前頭 #12
5–10
 
西 前頭 #15
5–10
 
西 十両 #4
優勝
14–1
2013年
(平成25年)
東 前頭 #12
7–8
 
西 前頭 #13
9–6
 
西 前頭 #8
7–8
 
西 前頭 #9
5–10
 
西 前頭 #12
8–7
 
東 前頭 #9
7–8
 
2014年
(平成26年)
東 前頭 #10
6–9
 
西 前頭 #12
2–13
 
東 十両 #5
9–6
 
西 十両 #1
9–6
 
西 前頭 #12
4–11
 
東 十両 #2
10–5
 
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 山本哲博(やまもと あきひろ)2003年1月場所
  • 佐田の富士哲博(さだのふじ -)2003年3月場所 -

脚注[編集]

  1. ^ 佐田の富士4日ぶり白星、前日ビール効果? nikkansports.com 2014年9月23日20時16分
  2. ^ a b c 境川部屋ファンサイトの力士紹介
  3. ^ [1] 元柔道少年、佐田の富士が新十両へ/初場所
  4. ^ [2] 十両へ「一番、一番」 佐田の富士 大相撲初場所
  5. ^ 佐田の富士が婚約 来年2月に披露宴 MSN産経ニュース 2013.6.21 20:51
  6. ^ 『相撲』2013年11月号55頁
  7. ^ 『相撲』2014年3月号32頁
  8. ^ 『相撲』2014年2月号62頁
  9. ^ 境川部屋「佐田の富士」関、結婚式! 北脇貴士の大相撲甚句 2014年2月17日 (月)
  10. ^ 新入幕の佐田の富士“顔パン” 地元・加津佐のスーパーが販売  長崎新聞 2011/11/15 00:00
  11. ^ 舞の海は境川部屋の師範代を任されることがある立場でもある。
  12. ^ 【白星黒星】松鳳山、大砂嵐の突きを顔面に浴び「あれは意識を失います」 SANSPO.COM 2014.9.22 20:02

外部リンク[編集]