北太樹明義

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北太樹明義 Sumo pictogram.svg
Kitataiki 08 Sep.JPG
場所入りする北太樹
基礎情報
四股名 北太樹 明義
本名 讃岐 明義
さぬき あけよし
生年月日 1982年10月5日(31歳)
出身 東京都町田市
身長 185cm
体重 151kg
BMI 44.12
所属部屋 北の湖部屋
得意技 左四つ、寄り、うっちゃり
成績
現在の番付 西前頭9枚目
最高位 東前頭2枚目
生涯戦歴 523勝490敗2休(98場所)
幕内戦歴 203勝232敗(29場所)
優勝 十両優勝1回
データ
初土俵 1998年3月場所
入幕 2008年9月場所
趣味 サッカー
備考
2014年7月27日現在

北太樹 明義(きたたいき あけよし、1982年10月5日 - )は、東京都町田市出身で北の湖部屋所属の現役大相撲力士。本名は讃岐 明義(さぬき あけよし)。身長185cm、体重151kg、血液型B型、星座は天秤座。得意手は左四つ、寄り、うっちゃり。最高位は東前頭2枚目(2013年5月場所)。締め込みの色は緑。

来歴[編集]

小学校1年から4年まで水泳、3年から5年までサッカー(通っていたクラブは北澤豪を輩出している。ポジションはGK)、3年から6年まで柔道を経験。相撲の経験は全く無かったが、小学校5年時にはわんぱく相撲全国大会に出場した事がある。

小学校4年生の時に父の知人に紹介されて横浜巡業で北の湖と会い、以後も何度か北の湖が家を訪ねて来た。高校に進学するより普通でない道を行こうと考え、入門を決意。1998年3月場所に初土俵を踏む。

相撲教習所時代は同期生曰く「誰も関取になるとは予想しなかった。」ようであり[1]序二段三段目を往復する場所が続き苦労したが、2002年11月場所に幕下に昇進。三段目と幕下を往復する場所もあったが、2004年頃から幕下に定着した。2006年5月場所では最高位の東幕下5枚目まで番付を上げて関取目前までいったものの、2勝5敗と負け越してしまった。2007年5月場所では自己最高位を更新して東幕下3枚目まで上昇。そこで5勝2敗と勝ち越し、5月30日の番付編成会議で7月場所での十両昇進を決め、晴れて関取となった。同じ7月場所で新十両になったのは境澤保志光。北の湖部屋から関取が誕生するのは1998年の北桜以来9年ぶりのことであった(白露山二十山部屋所属時に既に関取となっており、後に師匠の死により移籍してきた)。

なお、幕下にいる間、2007年3月場所に四股名を父の勧めで北大樹から北太樹にかえている。四股名の意味は「地に根を張り、上に向かって大きく育つように」との思いを込めて父が命名した。十両に昇進したら「大」を「太」に変えようと父は考えていたが、なかなか昇進できなかったので昇進前に変えた。

新十両の場所から8勝7敗、9勝6敗と2場所連続で勝ち越した。その後、十両10枚目で迎えた2008年3月場所では肋骨を折りながら11勝を挙げた。5月場所では十両筆頭まで番付を上げて新入幕を目指したが、6勝9敗と負け越した。十両4枚目で再び新入幕を目指した7月場所では左半月板を損傷しながらも11勝を挙げ、翌9月場所で玉鷲と共に新入幕を果たした。しかし、新入幕から2場所連続で負け越したため2009年1月場所で十両に落ち、1年間は十両での土俵が続いた。東十両5枚目だった同年11月場所で10勝5敗とし、徳瀬川光龍との優勝決定巴戦で連勝して十両優勝すると、翌2010年1月場所で帰り入幕となり、13日目の土佐豊との取組に勝って勝ち越し。それ以降は幕内の地位に定着している。続く3月場所で自身初となる幕内での二桁勝利(10勝5敗)とすると、5月場所では東前頭4枚目まで躍進。上位との取組も組まれたため7勝8敗と負け越したが、この場所では大関琴光喜を破っている。その後は、2011年5月技量審査場所で大関の琴欧洲から白星を挙げている。2011年9月場所では10日目に勝ち越しを決め、終盤3連敗したものの場所を10勝5敗の好成績で終えた。その後しばらく幕内中位で過ごした後、2013年3月場所には西前頭6枚目の地位で10勝5敗の好成績を果たしたことで新三役も期待できる状況に立ったがこの場所の三役が西小結の安美錦以外全員勝ち越したことで昇進枠が思うように空かず、結果的に翌5月場所の新三役の座はこの場所を東前頭7枚目の地位での11勝4敗で終えた隠岐の海に譲られる格好となった。

2013年6月には元フリーリポーターの女性と入籍し、同年8月31日に都内で披露宴を開催した。[2]

素質・取り口[編集]

均整のとれた体格をしており、足腰は強い。また前述の通り様々なスポーツを経験しているため、高い運動神経を持ち、師匠によると入門当初から目立っていたという。

左四つ得意となっているが、差し身にはこだわらず、左右からのおっつけを生かした押し相撲を見せることが多い。また勝負勘にも長け、速攻相撲を見せる事もしばしば。うっちゃりも得意で、相手は右の上手を掴まれたら土俵際に気をつけなければいけない。

玉ノ井親方は相撲が大き過ぎるのが弱点で、もう少し緻密な攻めが出来れば十分幕内で定着できると評した。

左膝の怪我が慢性化していた時期があり、2012年7月場所にサポーターを外して本場所の土俵に上がったことが確認されるまで4年もの間において取組中に装着されていた。[3]

立合いについては2014年1月場所14日目の大砂嵐戦で不成立が3度あったことで相手と共に注意を受け、その時の様子を審判部長の伊勢ケ濱が「北太樹はもともと合わせづらい」と評している。[4]

主な成績[編集]

2014年7月場所終了現在

通算成績[編集]

  • 通算成績:523勝490敗2休(98場所)
  • 幕内成績:203勝232敗(29場所)
  • 十両成績:107勝88敗(13場所)

各段優勝[編集]

  • 十両優勝:1回(2009年11月場所)

場所別成績[編集]

                                                  

北太樹 明義 [5]
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1998年
(平成10年)
x (前相撲) 東 序ノ口 #40
5–2
 
西 序二段 #146
3–4
 
東 序ノ口 #2
4–3
 
西 序二段 #131
3–4
 
1999年
(平成11年)
西 序二段 #144
5–2
 
東 序二段 #102
2–5
 
西 序二段 #135
6–1
 
西 序二段 #53
2–5
 
東 序二段 #80
3–4
 
東 序二段 #93
5–2
 
2000年
(平成12年)
東 序二段 #52
1–6
 
東 序二段 #83
6–1
 
西 序二段 #12
3–4
 
東 序二段 #31
5–2
 
西 三段目 #96
2–5
 
東 序二段 #20
6–1
 
2001年
(平成13年)
西 三段目 #58
2–5
 
東 三段目 #87
3–4
 
東 序二段 #2
2–5
 
西 序二段 #25
6–1
 
東 三段目 #61
4–3
 
東 三段目 #47
4–3
 
2002年
(平成14年)
西 三段目 #31
4–3
 
西 三段目 #16
5–2
 
西 幕下 #57
3–4
 
東 三段目 #9
3–4
 
東 三段目 #26
5–2
 
東 幕下 #60
3–4
 
2003年
(平成15年)
西 三段目 #16
4–3
 
東 三段目 #7
6–1
 
東 幕下 #33
1–4–2
 
西 三段目 #1
4–3
 
西 幕下 #49
3–4
 
西 三段目 #1
6–1
 
2004年
(平成16年)
東 幕下 #26
4–3
 
西 幕下 #18
4–3
 
西 幕下 #15
3–4
 
西 幕下 #19
3–4
 
東 幕下 #26
3–4
 
西 幕下 #32
5–2
 
2005年
(平成17年)
東 幕下 #23
3–4
 
西 幕下 #31
3–4
 
西 幕下 #38
5–2
 
西 幕下 #22
5–2
 
東 幕下 #12
2–5
 
東 幕下 #26
6–1
 
2006年
(平成18年)
西 幕下 #9
3–4
 
西 幕下 #15
6–1
 
東 幕下 #5
2–5
 
東 幕下 #15
4–3
 
東 幕下 #12
3–4
 
西 幕下 #20
4–3
 
2007年
(平成19年)
東 幕下 #16
5–2
 
東 幕下 #10
6–1
 
東 幕下 #3
5–2
 
東 十両 #13
8–7
 
西 十両 #10
9–6
 
東 十両 #7
6–9
 
2008年
(平成20年)
東 十両 #11
8–7
 
東 十両 #10
11–4
 
西 十両 #1
6–9
 
東 十両 #4
11–4
 
西 前頭 #13
7–8
 
西 前頭 #14
2–13
 
2009年
(平成21年)
西 十両 #7
7–8
 
西 十両 #9
10–5
 
東 十両 #3
5–10
 
西 十両 #10
9–6
 
東 十両 #4
7–8
 
東 十両 #5
優勝
10–5
2010年
(平成22年)
西 前頭 #15
9–6
 
東 前頭 #10
10–5
 
東 前頭 #4
7–8
 
西 前頭 #4
6–9
 
東 前頭 #7
9–6
 
西 前頭 #3
5–10
 
2011年
(平成23年)
東 前頭 #8
9–6
 
八百長問題
により中止
東 前頭 #3
3–12
 
東 前頭 #10
7–8
 
東 前頭 #11
10–5
 
東 前頭 #5
8–7
 
2012年
(平成24年)
東 前頭 #3
2–13
 
東 前頭 #13
9–6
 
西 前頭 #8
5–10
 
西 前頭 #11
9–6
 
東 前頭 #9
6–9
 
東 前頭 #12
8–7
 
2013年
(平成25年)
東 前頭 #10
8–7
 
西 前頭 #6
10–5
 
東 前頭 #2
4–11
 
西 前頭 #8
8–7
 
東 前頭 #6
6–9
 
西 前頭 #9
8–7
 
2014年
(平成26年)
東 前頭 #8
7–8
 
東 前頭 #9
6–9
 
西 前頭 #13
9–6
 
西 前頭 #9
6–9
 
x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 讃岐 明義(さぬき あけよし)1998年3月場所 - 2000年1月場所
  • 北大樹 明義(きたたいき - )2000年3月場所 - 2007年1月場所
  • 北太樹 明義(きたたいき - )2007年3月場所 -

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『大相撲ジャーナル』2014年2月号64頁
  2. ^ 北太樹 元リポーターの和美夫人と挙式 nikkansports.com 2013年9月1日8時49分 紙面から
  3. ^ 『相撲』2012年8月号63頁
  4. ^ 【初場所】大砂嵐と北太樹の3度立ち会い不成立に注意
  5. ^ Kitataiki Akeyoshi Rikishi Information”. Sumo Reference. 2010年1月25日閲覧。