土佐豊祐哉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
土佐豊祐哉 Sumo pictogram.svg
Tosayutaka 08 Sep.JPG
入場する土佐豊
基礎情報
四股名 土佐豊 祐哉
本名 森下 祐哉
愛称 ゴリ
生年月日 1985年3月10日(29歳)
出身 高知県土佐市
身長 178cm
体重 141kg
BMI 44.5
所属部屋 時津風部屋
得意技 右四つ、投げ
成績
現在の番付 西十両8枚目
最高位 東前頭筆頭
生涯戦歴 263勝210敗44休(44場所)
幕内戦歴 90勝109敗11休(14場所)
優勝 幕下優勝2回
三段目優勝2回
序二段優勝1回
データ
初土俵 2007年3月場所
入幕 2009年7月場所
趣味 銭湯巡り
備考
幕下以下では最長となる30連勝を記録
2014年7月27日現在

土佐豊 祐哉(とさゆたか ゆうや、1985年3月10日 - )は、高知県土佐市出身で時津風部屋所属の現役大相撲力士。本名は森下祐哉(もりした ゆうや)、愛称はゴリ。[1]身長178cm、体重141kg、血液型はO型。得意技は右四つ、投げ。最高位は東前頭筆頭(2011年7月場所)。趣味は銭湯巡り。

人物[編集]

高知県立高知工業高等学校時代に高校横綱のタイトルを獲得し、東京農業大学に進学した。学生相撲でも活躍するが幕下付出対象のタイトル獲得は果たせなかった。2007年3月場所に前相撲で初土俵を踏み、一番出世を果たした。高知工高卒業者の角界入りは柳川信行以来。5月場所を序ノ口で6勝1敗とすると、7月場所から11月場所まで序二段・三段目・幕下の各段を三場所連続で優勝すると、翌2008年1月場所は東幕下4枚目で5勝2敗とし、高鐵山(後の小結・板井)に並ぶ史上最速タイの、前相撲からの所要6場所での十両昇進を果たした。この間、2007年5月場所6日目に東洋大学出身で同期の寺下に敗れてから、2008年1月場所11日目に阿覧に敗れるまで、幕下以下の連勝記録では最長となる30連勝を記録した。

2008年3月場所で新十両に昇進した。その場所は場所前に前師匠と兄弟子が序ノ口力士暴行死事件で逮捕、書類送検された余波もあってか中盤まで不振が続き、その後持ち直したものの12日目に右足の指を痛めた影響もあり6勝9敗に終わり、5月場所は幕下筆頭に陥落したが勝ち越して7月場所には十両に復帰しその場所で勝ち越し、9月場所は11勝4敗と好成績をあげた。十両2枚目で迎えた11月場所では千秋楽で負け越して新入幕を逃した。

2009年1月場所と3月場所で連続で勝ち越し、そして東十両筆頭で迎えた5月場所で9勝6敗で勝ち越して、7月場所で新入幕。その場所は西前頭14枚目で8勝7敗と勝ち越した。翌9月場所はは6勝9敗と幕内で初めて負け越した。この場所はうっちゃりを打とうとする場面が目立ち、師匠の時津風が場所12日目の『どすこいFM』の中継で「僕も危ないから止めろって言ったんですけど、今場所はうっちゃりに賭けてますとか訳のわからんことを言ってました」とその試みを怪訝そうに見守っていた。[2]翌11月場所は8勝7敗と2場所ぶりに勝ち越した。2010年1月場所では10勝5敗と幕内で初めての2けた勝利を挙げた。2011年7月場所は東前頭筆頭まで番付を上げた。その場所は3日目の琴欧洲戦で負傷してしまい、4日目から初土俵以来初の途中休場となった。全治3ヶ月とされていたが翌9月場所は強行出場して4勝11敗と大きく負け越し、11月場所では十両に陥落。1場所で幕内へ戻ったが、翌2012年1月場所で4勝11敗と大きく負け越して、翌3月場所では再び十両に陥落した。7月場所では負傷のため8日目から途中休場、翌9月場所以降は休場を続け、三段目(西三段目84枚目)まで番付が降下していたが、2013年3月場所より復帰。その場所は7戦全勝で三段目優勝を果たし、完全復活を果たした。その後番付を西幕下12枚目まで戻したが同年9月場所は3連敗の後に途中休場してしまい、東幕下48枚目まで番付を下げた。翌11月場所では7戦全勝で単独での幕下優勝を果たした。西幕下5枚目まで番付を上げた2014年1月場所でも5勝2敗の好成績を挙げたが、再十両は見送りとなった。東幕下筆頭となった翌3月場所でも5勝2敗の好成績を挙げ、翌2014年5月場所では11場所ぶりの十両復帰となった。

エピソード[編集]

  • 四股名は出身地の土佐と祖父の戒名の一字の豊を組み合わせたものである(先々代の時津風親方など、部屋ゆかりの四股名・豊山の豊、とは言っていない)としている(改名は先述の事件より前)。
  • 顔立ちがゴリラに似ていると言われており、ゴリラの顔が描かれた化粧廻しも贈られている。
  • 2012年3月場所中に卵アレルギーが発覚する。これまで時折上半身に発疹が現れていたという。[3]
  • 大銀杏の先端が後頭部の真ん中に位置しており、これは同部屋所属の床山である床好が結う大銀杏の特徴である。本人曰く「投げの打ち合いとか微妙な勝負になったとき、先にまげがつかないようにだと聞いています」とのことであり、実際にそれで勝負をものにしたこともあるという。同じような結い方をする力士として他に同部屋の時天空、双大竜がいる。[4]
  • 2012年9月場所以降幕下に陥落した土佐豊は幕内在位13場所の実績を持っており本来ならばちゃんこ番を免除されるのだが、力士12人のうち関取3人という部屋の事情によりこなさなければならないことになった。ただ、師匠の配慮により付け人の仕事は免除され稽古に励んでいた。[5]
  • 2014年7月2日には直後の名古屋場所に向けた験担ぎとして愛知県犬山市の日本モンキーセンターを訪れ、41歳になるニシローランドゴリラのタロウと2年ぶり3度目の対面を果たし、そのおりの中に育っている「奇跡のみかん」の枝を貰った。20年以上前にタロウのふんに混じっていた種が芽を出し、奇跡的に実を結んだ甘夏の枝であり、その確率は18粒(平均的な甘夏の種の数)×10個(一日に与える甘夏の数)×365日×30年(創設以来の年数)=197万1000粒に1つ(モンキーセンター計算)という。[6]

主な成績[編集]

2014年7月場所終了現在

通算成績[編集]

  • 通算成績:263勝210敗44休(44場所)
  • 幕内成績:90勝109敗11休
  • 幕内在位:14場所

各段優勝[編集]

  • 幕下優勝:2回(2007年11月場所、2013年11月場所)
  • 三段目優勝:2回(2007年9月場所、2013年3月場所)
  • 序二段優勝:1回(2007年7月場所)

場所別成績[編集]

                                                                                    

土佐豊祐哉
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2007年
(平成19年)
x (前相撲) 西 序ノ口 #9
6–1
 
東 序二段 #57
優勝
7–0
西 三段目 #57
優勝
7–0
西 幕下 #33
優勝
7–0
2008年
(平成20年)
東 幕下 #4
5–2
 
西 十両 #12
6–9
 
西 幕下 #1
4–3
 
西 十両 #14
9–6
 
東 十両 #10
11–4
 
西 十両 #2
7–8
 
2009年
(平成21年)
西 十両 #3
9–6
 
東 十両 #2
8–7
 
東 十両 #1
9–6
 
西 前頭 #14
8–7
 
東 前頭 #10
6–9
 
東 前頭 #13
8–7
 
2010年
(平成22年)
西 前頭 #12
10–5
 
西 前頭 #4
3–12
 
東 前頭 #9
7–8
 
西 前頭 #10
8–7
 
西 前頭 #7
6–9
 
西 前頭 #10
9–6
 
2011年
(平成23年)
西 前頭 #7
7–8
 
八百長問題
により中止
東 前頭 #9
10–5
 
東 前頭 #1
0–4–11[7]
 
東 前頭 #14
4–11
 
東 十両 #5
10–5
 
2012年
(平成24年)
西 前頭 #12
4–11
 
西 十両 #2
6–7–2[8]
 
西 十両 #6
6–9
 
西 十両 #8
2–6–7[9]
 
西 幕下 #3
休場
0–0–7
西 幕下 #43
休場
0–0–7
2013年
(平成25年)
東 三段目 #24
休場
0–0–7
西 三段目 #84
優勝
7–0
西 幕下 #47
6–1
 
東 幕下 #21
5–2
 
西 幕下 #12
0–4–3[10]
 
東 幕下 #48
優勝
7–0
2014年
(平成26年)
西 幕下 #5
5–2
 
東 幕下 #1
5–2
 
東 十両 #10
8–7
 
西 十両 #8
11–4
 
x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 森下 祐哉(もりした ゆうや)2007年3月場所
  • 土佐豊 祐哉(とさゆたか-)2007年5月場所-

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 2009年9月場所12日目の『どすこいFM』では解説を務めていた錣山(元関脇・寺尾)と時津風(元幕内・時津海)の発言
  2. ^ 結局この場所は1番もうっちゃりを決まり手とすることができなかった。
  3. ^ 『相撲』2012年4月号66頁
  4. ^ この力士は誰? 夏場所ポスター 大銀杏の結い方 中日スポーツ 2014年4月29日 紙面から
  5. ^ 『相撲』2013年12月号68頁
  6. ^ ゴリちゃん土佐豊がゴリラと再会 200万分の1の「ウン」ゲット 中日スポーツ 2014年7月3日 紙面から
  7. ^ 左膝前十字靱帯及び外側側副靱帯損傷により全治3カ月、4日目より途中休場。
  8. ^ 左膝関節捻挫及び左膝外側半月板損傷により全治4週間、13日目より途中休場。
  9. ^ 左下腿筋挫傷により全治3週間、8日目より途中休場。
  10. ^ 4番相撲から途中休場

外部リンク[編集]

執筆の途中です この「土佐豊祐哉」は、相撲に関連した書きかけ項目です。記事を加筆・訂正してくださる協力者を求めていますPJ相撲)。