豊ノ島大樹
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
豊ノ島 大樹(とよのしま だいき 本名:梶原 大樹(かじわら-)1983年6月26日 - )は、高知県宿毛市出身で時津風部屋所属の現役大相撲力士。身長169cm(公称170cm)、体重146kg。得意技は左四つ、下手投げ。血液型はA型、星座は蟹座。 最高位は東小結(2007年5月場所)。明るい性格。趣味は音楽鑑賞とカラオケ。現在、幕内でもっとも身長の低い力士である。
座右の銘は「三年先の稽古」。小学生のときに相撲を教わった恩師の言葉だという。その言葉は自身のブログのタイトルにもなっている。また、自身と同じブログ力士である、雅山、普天王らとも仲が良い。酒は飲めない。
目次 |
[編集] 来歴
豆腐店の長男で小学校1~3年生まではサッカーをやっていた。1998年片島中学校3年生のとき、全国都道府県中学相撲大会で個人・団体優勝。2001年宮城国体では、県少年選抜チームの1人として相撲競技団体優勝に貢献。父親の知人が時津風部屋の後援会長をしていた縁もあり、宿毛高校を卒業後に同部屋に入門。なお、宿毛高校相撲部時代の恩師は土佐ノ海の弟にあたる。琴奨菊とは中学時代からのライバルであり親友でもある。
その後、2004年5月場所には新十両となり、第二検査受検合格者で初めて関取に昇進した。同年9月場所に新入幕。しかし幕内ではなかなか勝ち越せず、しばらく幕内には定着できずにいた。2005年9月場所では、西十両筆頭で14勝1敗と、全勝はならなかったものの自身初の十両優勝を果たした。その翌場所以降幕内に定着したが、当初はなかなか勝ちこせず、ようやく勝ち越せてもしばらくの間は幕内下位でくすぶっていた。
ところが転機は突然訪れた。2007年1月場所は双差しからの寄りと多彩な技が冴え、大活躍だった。中日以降はライバルが次々と優勝争いから脱落する中で、14日目に安馬に敗れるまで一人朝青龍を1敗差で追いかけ優勝争いを演じた。11日目には春日王の小手投げをこらえて豪快な外掛けを決め、千秋楽も琴光喜を下して12勝3敗の優勝次点の成績を収めた。前年11月場所の豊真将に続いて、敢闘賞・技能賞を同時に、しかも初めて受賞した。3月場所は自己最高位の西前頭筆頭にまで大躍進し、その場所でも2大関からの白星を含めて8勝7敗と勝ち越した。そして5月場所では小結となり新三役昇進を果たした。これもまた第二検査合格者としては初の快挙である。
しかし、2007年4月30日時津風部屋へ出げいこを行った朝青龍との稽古中に、右ひざと足首のじん帯を損傷の怪我を負った。豊ノ島は全治2週間と診断され、朝青龍には大きな批判が寄せられたが、豊ノ島自身は公式ブログ上で「稽古中の事故」としている。5月9日には時津風親方が休場の可能性を示唆したが、10日には怪我が完治していないものの強行して出場することを明らかにした。その初日に朝青龍との取り組みが組まれたが、立会いすぐに豊ノ島が腰から落ちて負けてしまった。結局その場所豊ノ島は4勝11敗と負け越してしまった。翌7月場所は怪我が完治していない中出場したが7勝8敗と負け越してしまった。
2007年9月場所では白鵬からはじめて金星をあげ(白鵬がはじめて配給した金星でもあった)、ほかにも琴欧洲、琴光喜の2大関を破って勝ち越し、本人初となる殊勲賞を受賞した。ところが、この直後部屋で不祥事が発覚し、「どう書いても何か言われそうだから」という理由で、自身のブログの更新の停止に追い込まれてしまった。
[編集] 取り口
強靭な下半身と多彩な得意技が持ち味である。その技術とセンスには定評があるが、小さい体であるにも関わらずまともに胸を出すような立ち合いをするので、解説者などからはたびたび改善を求められている。
[編集] 略歴
- 初土俵:2002年1月場所
- 新十両:2004年5月場所
- 新入幕:2004年9月場所
- 新小結:2007年5月場所
[編集] エピソード
- 2007年3月場所初日には、身長差が約35センチも高い角界最長身の大関・琴欧洲を豪快な下手投げで破った。十両時代に琴欧州を破ったときも決まり手は下手投げであり、ほぼその時のイメージどおりに倒せたと語っている。豊ノ島は琴欧洲の巨大ぶりを『風の谷のナウシカ』に登場する「巨神兵」に喩えている。ちなみに琴欧州とは新十両・新入幕ともに同時昇進である。
- サッカー選手の佐藤勇人・佐藤寿人兄弟と親交が深い。
[編集] 幕内での場所別成績
2008年3月場所終了現在
| 場所 | 地位 | 勝数 | 敗数 | 休場 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 平成16年(2004年)9月 | 西前頭15枚目 | 6 | 9 | 0 | 新入幕 |
| 平成17年(2005年)1月 | 東前頭17枚目 | 8 | 7 | 0 | - |
| 平成17年(2005年)3月 | 東前頭13枚目 | 7 | 8 | 0 | - |
| 平成17年(2005年)5月 | 西前頭13枚目 | 6 | 9 | 0 | - |
| 平成17年(2005年)7月 | 東前頭16枚目 | 6 | 9 | 0 | - |
| 平成17年(2005年)11月 | 西前頭8枚目 | 7 | 8 | 0 | - |
| 平成18年(2006年)1月 | 西前頭9枚目 | 7 | 8 | 0 | - |
| 平成18年(2006年)3月 | 西前頭10枚目 | 6 | 9 | 0 | - |
| 平成18年(2006年)5月 | 東前頭13枚目 | 8 | 7 | 0 | - |
| 平成18年(2006年)7月 | 東前頭11枚目 | 9 | 6 | 0 | - |
| 平成18年(2006年)9月 | 西前頭6枚目 | 4 | 11 | 0 | - |
| 平成18年(2006年)11月 | 西前頭10枚目 | 8 | 7 | 0 | - |
| 平成19年(2007年)1月 | 西前頭9枚目 | 12 | 3 | 0 | 敢闘賞(初)・技能賞(初) |
| 平成19年(2007年)3月 | 西前頭筆頭 | 8 | 7 | 0 | - |
| 平成19年(2007年)5月 | 東小結 | 4 | 11 | 0 | 新小結 |
| 平成19年(2007年)7月 | 西前頭4枚目 | 7 | 8 | 0 | - |
| 平成19年(2007年)9月 | 東前頭5枚目 | 8 | 7 | 0 | 殊勲賞(初)・金星(白鵬) |
| 平成19年(2007年)11月 | 東前頭4枚目 | 9 | 6 | 0 | - |
| 平成20年(2008年)1月 | 東前頭2枚目 | 6 | 9 | 0 | - |
| 平成20年(2008年)3月 | 西前頭3枚目 | 6 | 9 | 0 | - |
| 通算 | 142 | 158 | 0 | 敢闘賞1回・技能賞1回・殊勲賞1回 | |
[編集] 主な成績
2008年3月場所終了現在
- 通算成績:247勝204敗(38場所)
- 幕内成績:142勝158敗(20場所)
- 三役在位:1場所(小結1場所)
- 三賞
- 敢闘賞1回(2007年1月場所)
- 技能賞1回(2007年1月場所)
- 殊勲賞1回(2007年9月場所)
- 金星:1個(白鵬・1個)
[編集] 各段優勝
[編集] 改名歴
- 梶原 大樹(かじわら だいき)2002年1月場所-2002年5月場所
- 豊ノ島 大樹(とよのしま -)2002年7月場所-

